第12話:優雅な半妖 と 無様な従姉

『うぅ……ひ、ひどい目にあったわ』


 隣山の山中。

 ナルの従姉――正確には彼女がリンクしている蝙蝠がフラフラと立ち上がる。他の蝙蝠達は完全にノビており、当分は目を覚まさないだろう事は想像に難くない。従姉ですら山に墜落した衝撃でしばらく目を


回しており、ようやく復帰できたところなのだ。


 それでもダメージは大きく、今となっては本体として使っていた蝙蝠の正体も顕わになってしまっている。でっぷりと丸いポヨンポヨンボディで愛くるしいゆるキャラのような蝙蝠は、一際力が強い個体だっ


たため利用するのにちょうどよかったのだが。


 とはいえ、である。

 まさか半妖の姪に意地悪をするだけして居心地を悪くしたらさっさと撤収しよう。

 そう考えていた彼女の思惑は大きくズレてしまった。


『まさか、あんなのがいるなんて……』


 あの無礼な男の姿は、従姉の脳内に強く焼きつけられていた。

 一体どこの大妖怪なのかはわからないが、よほど上手く本性を隠しているのだろうと彼女は確信している。


 そうでなければ、学園の教師なんてやっているはずがない。やれるはずもないのだ。

 常識外れの馬鹿げた力を持つ者。平伏して従うことが最良と即座に判断してもおかしくない輩。もしアレが本気で従姉を攻撃していたとすれば今頃ミンチにされていてもおかしくない。


 要は見逃されたのだ。

 その事実が悔しくないハズもないが、格の違いがありすぎて逆に諦めもつく。


『……落ち着いたら、さっさと戻ろ」


 吹き飛ばされたショックでいまだ平常心に戻れず、術は続いたままだ。現在のナルの従姉は意識を蝙蝠に移しているような状態であり、術を解かないと元には戻れない。術を解くにはショックから立ち直る必


要があり、もうしばしの時間を要する。


 だから彼女は、少しでも気持ちを安定させるためにふわりと飛び立った。今日は雲のない空に月が美しい、吸血鬼が好む環境下。

 こんな日はいつもより血が欲しくなる。

 従姉はナルと違って純粋な吸血鬼であり、ナルのように吸血を避けたりはしない。味にはうるさいが。


 ぼんやりと月光浴を楽しむようにフラフラと飛行する。

 もうあんな化物に近づくことはない。さっさと意識を身体に戻して、上質なワインと好みの血を味わいたい。


 自室で優雅にくつろぐ。

 そんな自分の姿が思い浮かべていた、その時。


「あっ、いた」


 耳元で声がしたと思った矢先に、ナニカが高速でビュンと通り過ぎた。ゆるきゃら蝙蝠ボディではあんな速度は出したくても出せない。


 ――まさか、あの化物が追いかけてッ?!


 その反射的な思考は杞憂だった。

 だが、目の前で大きな翼を広げて立ちはだかった者の姿は、化物教師が追いかけてきた時以上のショックを従姉に生み出した。


「こ、こんばんはお姉さま。見てください、わたし……ほら♪」


 無邪気に翼を見せてくるナル。服装による地味さはすっかり成りを潜め、輝くような金色の長い髪をたなびかせ、立派な翼を備えた姪の姿に従姉は息を呑んだ。


 そこに、自分の理想像たる吸血鬼の姿を垣間見てしまったのだ。

 ただ残念な事に、


「見てくれましたか? もう、わたしは飛べもしないダメダメっ子じゃないんです」


 念願の飛行を成し遂げたナルは、狐狸を吸血した影響もあってか普段の彼女よりも大分興奮しており、


「それから、それから……狐狸先生の特別授業はまだ終わってませんとお伝えさせていただきます。わたしは、お姉さまにカマしてこいって指示されたので……その、なんと言えばいいか」


 要するに、ナルを知っている人間からすればだいそれている上にハメを外し過ぎな行動すら出来ちゃう状態だった。


「今まで意地悪された分……カマさせてもらおうかなって♪」


 姪の可愛くも最悪な発言に、従姉の顔が引きつった。

 チキン肌がみるみる広がっていき、リンクを閉じるための平常心があっさり失われてしまう。


 捕まったらナニをされるかワカラナイ。

 なまじ自分がこれまで姪にしてきた事を思い返してしまい、それら全てが一挙に襲ってくると想像してしまったゆえに、ビビリ度は桁違い。


 狐狸がこの場にいればさぞ大笑いしながら告げたであろう。

 自業自得だ、と。


『……ひぅッ』


 小さな悲鳴をあげて、従姉は全力で飛び去った。

 がむしゃらに、ひたすらに、優雅さも全部置き去りにして。


 だが、


「つーかまえた♪」


 逃げられない。

 あっさり並行飛行された上に、ガシッと両手でキャッチされてしまう。

 じたばた暴れてもビクともしない。今度こそ逃げ場などない。


『な、ナル! 手を放しなさい、あたしにこんな事してあんたタダで済むと思って――』

「……何をおっしゃってるんですかお姉さま。“する”のはこれからじゃないですか」


 にこやかな笑み。

 逆にそれが怖い。


 間違いなく意地悪してきた姪の頭は怒りで煮えたぎっているのだから。


「ちょっと待っててくださいね。お姉さまにされた事を思い出してからどうするか決めますので」

『ね、ねえナル? あたしは知ってるのよ、あんたは優しい子だからね。血の繋がった家族にひどい事なんて出来る子じゃないでしょ。 そ、そうよ。あたしが悪かったわ、今までの事はちゃんと謝るから……


ね? どうか許して――』


 限界まで赤子のようなキラキラした瞳を作って、従姉が懇願する。

 なんとも勝手な話だが、それぐらいしか彼女にはできなかったのだ。

 ただタイミングが悪かった。


「……あんたなんて家族じゃない、そう言ったのはお姉様です。わたしは家族じゃない人に優しさで返せる程、器が大きくありません」

『ひいぃぃん……』


「必要な持ち物を隠されました。登校日を間違えるよう仕向けたり、居場所がなくなるよう大事な秘密を暴露されたり……他にもたくさんありましたよね。……あ、バケツ一杯の水をかけられたりもしましたっ


け。…………このまま蝙蝠とリンクしたままバケツに沈めたらどうなるんだろ」

『怖い! 姪の発想が怖いぃぃ!!』


 もしソレをやられた場合、リンクしている従姉はとても苦しい目に遭う。

 死にはしないだろうが、その分ずっと続けられたりでも心がまいるどころの話ではない。


『ひうぅぅ、許して~~お願いよ~~~』

「……あ、そうだ。従姉様、空中連続火の輪くぐりに興味ありません?」

『あるわけないでしょバカじゃないの!?』

「そっか……残念です。やってくれたら狐狸先生にカマし方を決めてもらう必要もなかったのに」


 従姉にとってある意味地獄の二択である。

 どう考えても狐狸に決めてもらう方が凶悪なのだが、火の輪くぐりも選びたくない気持ちでいっぱいだった。


『ひんひん』


 もう従姉は完全に泣き崩れてしまっていた。

 あの意地悪な従姉がそんな顔を見せた事で、ナルの胸が一気にすいていく。


(……や、やりすぎちゃったかな?)


 口に出しこそしないが、段々テンションが落ち着いてきたナルには徐々に罪悪感とやりきれない気持ちが沸いてきていた。

 これはもう十分カマした事になるだろうから、この辺で話の決着を……。具体的にはしっかり謝ってもらった上で、これからは意地悪をしないでくれればいい。


 そこまで考えた辺りで、ナルの身体から力がカクッと抜けた。


「……えッ」

『ちょ』 


 翼に力が入らず空中で姿勢を保ってられない。

 身体が斜めに傾き、不恰好な体勢が少しだけ続いて、


「あわ、あわわわわわ!!」


 吊り下げていてくれた糸が切れたかのように、ナルは地上へ向けて落下をはじめた。


「はうぅーーーーーー!?」

『いーーーやーーーーー!!』


 掴まれたままの蝙蝠も道連れに、姪と従姉が仲良くフリーフォールしていく。


「はわーーーーー!?」


 どうして落下しているのかもわからず、ナルが翼を使って再度飛行を試みる。が、駄目。

 まったく動かないどころか翼はすっかり小さくなってしまい、必要な浮力をまったく生み出さなくなってしまった。


『な、ナル! ナル!! はやくもう一回飛んで! こ、このままじゃ地面にぶつかっちゃう!』

「や、やろうとしてるんですけど……む、無理ーーーーー!?」


 身体はすっかりうつ伏せのようになり、山間の地面はグングン近づいていく。しっかり見えているナルも怖いが、両手で掴まれたままの従姉に至っては後頭部から落下しているようなもの。いつ地面に激突す


るかもわからない恐怖は、落下の怖さを倍加させていた。


 その結果。


『あ、も、ダメ……きゅう』


 恐怖が限界突破した従姉(がリンクしている蝙蝠)が白目を向いて首をカクンと落とす。それはもう見事な意識の手放し方だった。

 案外繊細だったのか。はたまた飛べる吸血鬼が激突から逃れられないという初体験がそうさせたのか。


 ナルにはわからない。

 そもそも、従姉に気を回す余裕などないのだ。


「やーーーーーー!!? と、飛んでーーー!! 開いて―――!!」


 泣けど騒げど翼は反応なし。

 走馬灯がよぎりはしないが、激突まであと十数秒もないだろう。


(う、受け身! 受け身をとれば助かるかな?!) 


 ナルはこれまで受け身の訓練など受けた事は無いので、それは本当にダメで元々だった。

 いっそ気絶すればとも思ったが、早々従姉のようにコロッとはいけなかったのは幸か不幸か。



「わたしなんかが調子に乗ってすみません! もう無謀に飛んだりしないから、誰かなんとかしてーーーーーー!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る