第11話:強引な指導で解放されるチカラ
「…………」
なんで狐狸が吸血鬼の事情に詳しいのか、ナルにはわからない。
ただ、それは紛れもない事実だった。出来損ないと蔑まれた者であっても、そのルールは適用されてしまう。
たとえナルが、その行為を嫌っていたとしても。
「最後に飲んだのはいつだ」
「……一週間くらい、前です。学園(コッチ)に向かう前に、吸血鬼用の特製ジュースで……」
「ソレで済むなら、まったく便利な時代になったもんだ。だが、所詮は代用品。本当の渇きは潤すなんてこたぁない」
「…………」
それも当たっていた。
要するにナルが飲んでいたものは、必要な物と比べたら一時しのぎの粗悪品に過ぎない。いずれ本物が要る。
「とどのつまり、お前はロクにエネルギーを補充できていないわけだ」
「わたしは……この体質が嫌いです。でも、我慢するのも辛くて……」
「だったら我慢しなきゃいいとは思わねえのか?」
「……血を、吸いたくないんです。……普通の食事の方がずっと美味しいし」
「ハハッ! つまり不味いから嫌なのか。そりゃイイな」
自分の子供っぽさを指摘された。そう感じたナルは恥ずかしさで俯いてしまった。けれどストレートに言えないだけで不味い物は不味い。
さらに言えば、ナルの身体が血を必要とするようになったのは比較的最近の事で、それまでは人間と変わらぬ食事で大丈夫だった。
それがハーフの難儀な事情。
半分妖怪で半分人間のハーフが、いつどちらに傾くかはある程度成長してからでないとわからない。血が目覚めたら目覚めたで、これまでと違う生活を余儀なくされる事もある。
ナルの場合は、気持ち的には拒絶したい血を摂取する必要が生まれたのが大変だった。大昔ならいざしらず、現代ではその辺にいる人から吸血するのは難しい。
吸血鬼だとバレたら大変な騒ぎになるから。
そして、そもそも人から血を吸う行為が、ナルの一般常識的に考えて変態的すぎて許容できない。
思春期まっただ中の少女にとって、十分すぎる程に由々しき事態なのだ。
「悩み多き生徒の顔は良(い)いな。ゾクゾクする」
「先生は生まれつき変態のいじめっ子か何かですか」
「生意気な口だな。誰に向かって言ってるつもりだ」
「はうぅ……」
傍若無人なパワハラ教師に睨まれて、ナルがしゅるしゅると縮こまっていく。
「だが、俺はお前のようなヤツは嫌いじゃない。だから、吸え」
狐狸の指が首筋をトントンと叩いた。
「考え方を変えろ。吸血行為は吸血鬼にとって必要なもので、人間に例えるなら輸血だ。さながら俺は献血希望のボランティアってとこか」
「輸血……」
「別に悪意を持って吸い殺そうとかじゃねえんだ。ついでに言うと、俺なら万が一にも眷属になったり副作用もない。初心(うぶ)な生徒のザコ妖気にあてられたりなんてしねえよ」
狐狸の自信が、ナルにはうらやましく映る。
そんな風になれたら……などと考えてしまうのは、こっそり言霊でも使われているのか。
もしかしたら彼を吸えば、少しはその自信にあやかれたりするのだろうか。そんな欲深さが徐々に滲み出てきそうだった。
「……はうぅ」
ただ、だからといってこれまでの陰鬱な体験から来るビビリが即座に改善されるわけもない。いまひとつ、一歩を踏み出せない。
それに対して悪い先生は、
「あああああ、めんどくせえ!!」
痺れを切らして、いきなり距離を詰めた。
しっかりと少女を抱き寄せると、その小さな口を自分の首元へ押しつけるように首を傾けさせる。
「☆!?◆■Ю★」
強制的に噛むポジションにさせられたナルが軽くパニックになる。
上着を半分脱いでる男(先生)に無理くりに吸血を促がされてるこの状況は彼女には刺激が強すぎた。
ただ、それは恥ずかしいと一緒に、美味しい食べ物を前にした時の待ちきれなさをも込み上げさせてくる。
「あとは自分でやれ」
「…………………………ふぁい」
ゴトリと重い心が動き始める。
艶めかしい吐息をしながら、少女は狐狸の首筋に鋭い八重歯を差し込んだ。
音にすれば“かぷっ”程度のものだが、十分に大きな前進だった。
「よーし、そのままゆっくり吸ってけ。別に逃げも離れもしねえ。怯える必要も全くねえ」
赤子をあやすように、柔らかいふさふさがナルの背をポンポンと叩く。狐狸の両手は塞がっている。ならば、それの正体は?
正解は彼の尾。キツネ色をした尻尾だった。
不思議な安堵感を得ながら、ナルがゆっくりと狐狸の血を吸っていく。
当初の彼女は、狐狸の負担にならないよう最低限の摂取で終えるつもりだったのだが、
(お、美味しい?!)
記憶にある味とは全く異なる甘美を、彼女は夢中で味わった。
歯止めが効かない。
満足するまで離したくない気持ちが次々にあふれてくる。
ぢゅーーー。
ぢゅーーーーーーーーー。
ぢゅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
「吸い過ぎじゃボケ」
「へぶっ!?」
容赦のない脳天チョップによって、ナルは正気に戻った。
「……はっ、わたしはいま何をッッ」
「白々しいフリは止めろ。お前はアレか、ご馳走を前にしたら限界知らずで必要以上に喰いまくるいやしんぼか」
「そ、そんなつもりは……ないんですけど」
やんわり否定した直後に、ナルの口から「けぷっ」という音が漏れた。反射的に手で口元を抑えはしたが、傍にいる狐狸にその音が届かないはずがない。
「吐いたらぶっ飛ばすからな?」
「ストレートな脅しが怖いです」
などと口にするナルだったが、その態度に怯えはない。
むしろ気分は絶好調。いまだかつてない程に清々しくハイになっていた。
身体も軽く、今なら空を自由に飛べそうな気さえする。
(なにこれスゴイ!)
その気概に呼応するように、背中に翼が生まれ強くはためく。
これまで幾ら練習しても上手く動かせなかったソレが、手足のように自由に動かせそうだった。
「……えい!」
高揚に身を任せて、ナルが枝から跳んだ次の瞬間。
彼女は闇色のオーラを纏った翼で、夜空に羽ばたいた。
(すごい、すごいすごいすごい!)
まだぎこちなさはあるが、上にも下にも、左にも右にも動ける。旋回したってバランスは崩れない。速度もあまり変わらない。
望めば、どこまでも行けるような――そんな気持ちになれる。
「ふふっ……アハハハハ♪」
飛び立った大木の周りを何周かしていると、悪そうな笑みで自分を見上げている狐狸が目に入った。
両手で大きく手を振ると、「やれやれ」といった感じに小さく手を振り返される。
(よーしっ)
気持ちよく飛ぶ自分の姿を見せつけるように、ナルは高く高く舞い上がる。大きな月を目指すように一直線に。
そして高度を保ったまま山間を見下ろすと、弱々しく動いている従姉の気配を察知した。
「……あそこ」
目標を定めたナルは、口元から牙を覗かせながら急降下する。
月光に照らされたその横顔はとても嬉しげだった。
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