第10話:吸血鬼のお時間
「ちょ――」
声を出す暇もなく、ナルの身体がグンと空に向かって引っ張られる。
――狐狸が片手でナルを抱きとめながら跳躍したのだ。
尋常ではないぐらい高く、遠くへ。
瞬くまに、先程まで居た広場がかなり下の方に見えた。
そこで初めて、狐狸が跳んだのだと彼女は理解した。
単なる跳躍。
されどそれは飛行と勘違いする程に高く、距離も長い。
風を切りながらの大きな上下運動は軽やかでふわふわと浮かんでいるような錯覚すら覚える。
「た、たかっ……!!?」
「ハハハハハッ! 舌噛まねえように気ぃつけろよ!!」
(それどころじゃないんだけどッッ?!)
幾度もその跳躍は繰り返された。
それはむき出しの地面だったり、大きな岩だったり、木の太い枝だったりしたが、狐狸の動きは何一つブレない。
ナルは慌てて狐狸の身体にしがみついたものの、そこには身を任せられる安心感がある。日本の有名なアニメ映画で、ふかふかの毛を纏った森の妖精に少女達がしがみついてるシーンがあるが、それが頭をよぎる。
「よっ、と」
あっという間に、二人は隣の山間――ナルの従姉が墜落した現場近くにあった大きな樹木の大枝に到着した。
てっぺんに近い丈夫な枝の一角。そこにナルがポイッと下ろされる。
「……ああ、今日は月が綺麗だな」
「はう!? 死ぬのは嫌ですよ!?」
咄嗟に「死んでもいいわ」のフレーズが思い浮かんだナルがそう反応すると、「ぶはっ!」と狐狸がワイルドに噴き出した。
「あー……ほんとにお前は面白れぇなぁ。誰もこの場で文豪ネタなんて求めちゃいねえってのに」
「す、すみません……」
「謝るこたぁねえ。むしろ俺を面白がらせてるんだ、褒めてやりてえぐれえだ」
「は、はぁ……」
とても自信ありげな狐狸は、ナルからしても「こんなに自信たっぷりな人初めてみた」レベルだった。しかし、その態度に見合う妖力の気配は鈍感なナルでも感じられる程に強い。
ナルの力が10だとしたら、狐狸は200ぐらい余裕で出せそうだ。既にその能力は従姉を吹き飛ばしたり、ナルをここまで連れてきた時に発揮されている。
つまりこの状況は、ライオンの檻に入れられたウサギみたいなモノだった。ビビらない方が無理だ。
「改めてこれから特別授業に入る。ナル!」
「は、はい」
「お前、ちょっとあのイケすかねえ従姉にぶちかましてこい」
「…………は?」
その指示の意味がわからず、少女から間の抜けた声が漏れる。
「あんな好き勝手言われてムカつくだろ。どーせコッチに来るまでにも散々いびられてきたんじゃねえか? そーいうのをまとめてお返ししてこいつってんだよ」
「……い、いやいや! わたしが? お姉様を!? そ、そんなことできません!」
「なぜだ」
「は、反抗なんてしたらやり返されます……。もっとひどい目に遭うんです」
「なら、やり返されないようにすればいい。あのバカがお前に余計な真似をしないよう、高慢ちきなプライドをボキッと折ってこいボキッと」
「…………どうやってですか? ……関節技?」
「その意外な攻撃的発想は悪かねえが、あの女がお前をバカにしてきた事柄で見せつける方が効果的だ。……そーだな、ちょっとひとっとび飛んでって、使い魔の本体を叩き落としてこい」
従姉の姿で声が聞こえてきたからといって、従姉が本当に学園近くにいるわけではない。アレは吸血鬼の使い魔たるコウモリと己をリンクさせて生み出した虚像である。
それを理解している狐狸は、ナルにもわかるように説明した。
ただ、それを聞いたナルは浮かない顔だ。
――そもそも前提に無理があると思っている。
従姉に馬鹿にされる理由のひとつ。
ナルは、飛べない。
吸血鬼であれば極当たり前で、家族は皆が出来る。
それが出来ない。出来たことがない。
「不安か」
「…………」
心を見透かしてくる狐狸の発言に、ナルは黙って答えた。
「“安心しろ、俺がお前を指導してやる”」
「……どーやってですか」
「こうだ」
「……はい? って、何して……ええええええ!?」
いきなり狐狸が服をはだけはじめたので、ナルから叫び声があがる。両手で顔を覆って見ないようにしたが、衣擦れの音は聞こえるし、止まる気配もない。
「よし、準備ができたぞ。……何で手で顔を覆ってる」
「い、いいきなり男の人が服を脱ぎ始めたんですから当然の反応では!?」
「安心しろ。肌着は着てる」
(そういう問題じゃないでしょ!)
と思いつつも、ナルは指の隙間を広げてちろりと視線を向ける。
男性の引きしまった左上半がしっかり目に入った。
「ないじゃないですか! 肌着なんて! どこにも!!」
「バッチリ見てるじゃねえか、このむっつりスケベガールめ」
「そもそもあなたが嘘をつかなければいい話ですよね!?」
「うるさいうるさい。一度しか言わないからよーく聞け」
さっきまでの詐欺師面はどこへやら。
急に真面目くさった表情で狐狸が続ける。
「吸血鬼が生きるためには血が必要だ。たとえ、半分しか血族の血を引いていないヴァンパイアハーフだとしても例外じゃない。血を吸わないヤツはエネルギー不足になって力をロクに発揮できない」
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