第9話 フィーネという少女
「フィーネは昔、誘拐された事があったのよ。誘拐犯は全員20代の男たち」
「その誘拐が原因で男嫌いになったんですか」
「多分、女1人であの子を育ててきたから男に慣れてなくて」
男に慣れてないから、子供の頃自分を誘拐した野郎達のせいで男という存在が怖くなってしまったのか。
だけど一つだけ疑問に思う事がある。
「それじゃあ、旦那さんは?」
子供は男と女がいて、やる事をやらないと出来ない。
だから男嫌いでも、身近な男して父親はどうしたのか気になった。
「彼女の父親はどうしたのですか」
いやこの質問は無粋だったかもしれない。
彼女の父親は、早くに亡くなったかもしれないのだから。
それだと答えたくない質問に答えさせることになってしまう。
女性は俺の質問に顔を引きずった。
「すみません。人様の家系に首を突っ込むような質問をして」
「いいわよ別に。気にしなくても」
だけど女性は笑顔で俺の質問に答えてくれた。
「今日会ったばかりの貴方にいうのもあれなんだけど、あの子はね。私の実の娘じゃないの」
「え、そうなんですか」
目の前の女性は彼女と血の繋がった親子ではないと語った。
「あの子は16年前に、歳の離れた弟が連れてきた子供なの」
「弟、それじゃあ姪っ子という事ですか」
「私はそうだと思っているわ」
そうだと思っている。
あれ、何でそんな曖昧な言葉で質問を返してきたのだろう。
「どういう事ですか」
「弟は結婚していないから」
「結婚していない?」
「だから相手の女性について何も知らないし、弟は詳しい事情を話さなかったのよ」
「ちなみに弟さんは今どこで」
「赤ちゃんだったフィーネを、私に預けてから行方をくらまして、1年後に亡骸になって帰ってきたわ」
つまりフィーネの父親はもうこの世にいないということか。
いや、話を聞く限り実の母親もおそらく他界しているのだろう。
「弟は何かに怯えているような、マントで顔を隠し私の元にフィーネを預けに来たのよ。その時変な事を言ったのよね」
「変な事ですか?」
「そう。確か、えっと。あれ、忘れちゃったわ。何せ16年も前のことだから」
16年前か、確かにそんなに月日が経てば色々忘れるよな。
「それを彼女には」
「まだ、話してないわ。いずれ言わなければいけない事だけど、どのタイミングで話せばいいか分からなくてね」
そんな話し合いをしていると、奥に入って行ったフィーネがリビングに戻ってきた。
「お風呂掃除終わったよ」
「お疲れ様。これからご飯を作るから少しだけ待ってて」
「分かったわ」
お風呂掃除が終わった後、彼女は近くにある椅子に座った。
「さて、やりますか」
「あの、手伝います」
「大丈夫、フィーネが持ってきたファングウルフの肉を焼くだけだから」
フィーネの母親は肉を切り、フライパンにのせて火で炙った。
その炙っている時間を使って冷蔵庫らしい黒い箱から野菜を出す。
野菜はにんじん、ジャガイモ、を一口サイズに、トウモロコシの芯と実を分けてフライパンの空いたスペースにのせて焼き、肉をひっくり返す。
そして再び箱からパンを取り出して皿に盛り、焼いた肉と野菜を皿に移す。
時間的に約3分ほどでご飯を作り終えた。
「出来たわよ」
慣れた手つきであっという間に作り終える。
料理ののった皿、3人分をテーブルに置く。
「あれ、3人分?」
「何してるの、貴方も食べなさい」
「え、いいんですか?」
泊めてもらえるだけでありがたいのにまさか食事まで用意してくれるなんて思ってもいなかった。
「いいわよ。私とフィーネだけじゃこの肉腐らせてしまうからね、処理してくれる人が1人でもいればこっちとしては助かるのよ」
「ありがとうございます」
俺は言葉に甘えて椅子に座った。
「いただきます」
俺は手を合わせて食事の前の挨拶を言った。
「何、そのいただきますって」
「食べる前の挨拶だよ。命あるものから命を奪って食べる。その食べ物への感謝の言葉だよ」
「へぇ、そんな、言葉があるのね。いただきます」
俺の言葉を聞いてフィーネの真似して手を合わせた。
そして肉を口にする。
俺も目の前の肉からナイフとフォークを使って口に運んだ。
「美味しい。こんなうまい肉食べたの初めて」
食感は馬肉に似ているが口に入れた瞬間に溢れ出す肉汁が広がり、とても美味しかった。
無論、1週間まともな食事をとっていないということもあるだろうけど、それでも目の前の食事は何も付かなくても充分食べられるものだ。
野菜だって、肉汁のお陰で味が染み付いていて何を食べても満足のいく料理だった。
だけどこんな美味しい料理にフィーネは顔を悩ませていた。
「うーん」
「どうしたの?」
俺の質問に、彼女はある事を思っているようで口を開いた。
「何か調味料が欲しいわ」
味に変化が欲しいという事だ。
確かに毎日食事が取れて、しかも食べ慣れた物を口にすれば調味料が欲しいと思うのも当然の事だろう。
「仕方がないでしょ。物価が上がっていて、野菜やパンを買うだけで家は精一杯なのよ」
「それは分かっているけどね、同じようなものばかり食べていると欲しくなっちゃて」
「まあ、私も同じ事を思うわよ。塩が買えればねぇ」
塩か、そういえば日本でも昔塩は国が所有するものだって聞いた事があるな。
塩は財宝だったなんて今の日本人からしたら考えられない事だ。
だけど、この世界では塩は貴重なものなのだろう。
塩を取るのに1番使われる方法は海な水を熱湯で蒸発させる。
でも口で言うほど簡単な方法ではない。
1リットルで取れる塩は30グラムしかない。
大さじスプーン二杯分しかないのだ。
一般人が塩を取るのには相当の揚力が必要だし、この近くに海がないと塩は取る事ができない。
だから貴重なものなのだろう。
それに塩や胡椒、他にも調味料の取り合いで昔戦争になったこともあったらしいし。たかが調味料といえどバカには出来ない。
「昔は安値で手に入ったのにね」
「あの、少ないですけど塩なら俺持ってます」
「「え?」」
俺はバックの中に入れた塩を取り出して、机の上に置いた。
色々な家を周って集めたから大体2キロはあるだろう。
「これでよければ」
「塩だ。久しぶりの塩」
「良かったら、今日晩ご飯をいただいて、一泊させてもらったお礼に差し上げます」
「いいのかしら」
「はい。どうぞ」
「良かった。今月は街へ銀貨一枚持って200グラムの塩を買いに行かなくてすみそうだわ」
家に着くまでの間にこの世界の通貨についてフィーネに教えてもらった。
通貨は銅貨、銀貨、銀貨、白金貨の4種類あり銅貨50枚で銀貨1枚、銀貨50枚で金貨1枚、金貨50枚で白金貨1枚の価値があるらしい。
銀貨1枚か、確か銅貨1枚でパンが買えるから塩200gだけでパンが50個分か。
日本円で例えたら約5000円。
いや、この世界の収入が低ければそれ以上の価値があるかもしれない。
そう考えると簡単に、この世界の塩は手を出せる代物ではないだろう。
2人は肉に塩を振りかけた。
「うん。美味しい」
俺も塩をかける。
味について気にした事は無かったけど、塩味が効いて肉がさらに美味しくなった。
異世界で魔王生活を始めます 小林 祐一 @kamarisa
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