第8話 少女との出会い

 ここまで歩くのに1週間以上かかっている。

 それなのに、この先3日も歩き続けるとなると心が折れそうだ。

「はは、3日か」


 1週間食べ物を口にしていない。

 今、パンを食べられたとは言えど、それだけで3日凌ぐのは辛すぎる。

「困っているのなら少しの間、私の家に来ない。ここから1時間のところにあるけど」


 困っている俺を見て少女は、自分の家に招待してくれた。

「え、いいの」

「人間困った時は助け合いでしょ。あまり広い家じゃないけどそれでいいなら」


 それでも充分すぎる。今の俺にとってはありがたい。地獄に仏の話だ。

「ありがとう。それじゃあお言葉に甘えさせて欲しい」

「だったら付いてきて」


 俺は彼女の後ろをついて歩いた。

「ねぇ、一番近い村でもここから3日以上かかるって言ってなかった」


「私は人里離れた森の中に小屋を建てて住んでいるのよ」

「え、何で人里から離れた所に住んでいるの」

「色々と事情があってね」


「そうなんだ」

 これ以上、彼女の事情に突っ込んではいけないような感じがした。

「私の名前はフィーネ」


「フィーネ?」

 その名前、何故かで聞いた事があるような気がした。

「どうしたの」

「いや、何でもない」


 きっと気のせいだろう。

 異世界転生系の小説ではありふれた名前だから、それで聞き覚えがあると勘違いしたんだと思う。


「俺の名前は守仁光」

「守仁光、変わった名前ね」

「そうか?」

「それに、自分の事を俺って言うなんて、変なの」


「ははは。そうかな。」

 俺は苦笑いして誤魔化した。

 フィーネという少女に連れられて、1時間かけて道を歩き、彼女の家に到着した。


「ここが私の家よ」

「森の中にあるんだね」

「そう。隠れて過ごすには、森の中に家を建てるのが1番いいのよ」


 人里から離れる理由に関しては気になるが、それは触れてはいけない事だろう。

「だけど、こんな森の中で過ごしていたら魔物に鉢合わせとかしないの」


「それは大丈夫。魔法が使えればこの辺の魔物は恐るに足りないからね」

 そんな話をしていた時、ガルルルという声が聞こえていた。


 振り返ると赤い瞳で30センチ以上の牙を2本生やした狼が目の前に現れた。

「ひぃ、あれは何だ」

「ファングウルフね。見た事ないの」


「あ、あぁ。その狼どころかモンスターを見るのが初めてだ」

「よく、今まで生きて来れたわね」

 そりゃそうだ。


 人里ではないモンスターの集う野外で今まで鉢合わせなかったのは奇跡に近い。

 この世界の常識は俺にはないが、普通に考えて1週間も旅をしていれば1体や2体、いやそれ以上のモンスターと出会うだろう。


「今までモンスターに出会わなかったなんて運がいいわね」

「は、はぁ」

「でも、こいつうまいのよね」

 ファングウルフは俺たちを食料と認識して襲い掛かろうとしている。


 フィーネはナイフを持って刃先をモンスターに向けた。

 襲いかかってくるファングウルフ、フィーネは呪文を唱えた。


「火炎ボール」

 一直線に向かってくるファングウルフに真正面に火の魔法を放つ。

 ファングウルフはジャンプを左方にして魔法攻撃を避ける。


「身体強化」

 すると今度は別の呪文を詠唱し、目にも止まらぬ速さでファングウルフに接近し、クビにめがけてナイフを振り下ろす。

 刃は首から上を一刀両断した。


「す、すごい」

 血飛沫が吹き上がりながら、魔物は地面に倒れた。

 これが魔法、俺はただ見ていることだけしかできなかった。


「今日の晩ご飯、確保」

 可愛い声でファングウルフの肉体を解体し血抜きをしていくフィーネ。

 フフフ、と鼻歌を挟みながら慣れた手つきで。

 

 乙女な外見をしてやっている事は一流のハンターだった。

「これ、生臭くなるのが嫌なのよね」

 愚痴を吐きながら、血抜きの終えたモンスターの死体を解剖し、肉にしていく。


「手際がいいな」

「慣れてるからね」

 モンスターの腹部から5キロの肉を取り出す。

「上質ね。これなら1週間は余裕で待つわね」


 フィーネは肉を持ったまま家の扉を開けた。

「ただいま」

「お帰りなさい」

 出迎えてくれたのは白髪ショートヘアーの綺麗な女性だった。


「お母さん。今そこでファングウルフを狩ってね。久々にいい肉が取れたよ」

「あら、それなら今日は美味しいお肉料理にしましょうかしらね」


「え、お母さん?」

 俺はフィーネの言葉を聞き驚いた。

 何故なら彼女がお母さんと言うには目の前の女性がとても若く見えたからだ。


「若くて、綺麗な母親だな」

「あらあら、嬉しい事を言ってくれるわね」

 見た目的には20代半ばから後半に見える。

 とても、俺と同じ年齢を持つ子供の親には見えない。


「うちの母親今年で40よ」

「え、マジで」

「フィーネ。何、人様にお母さんの何歳を教えているの」


「別にいいでしょ。別に減るものじゃないし年齢くらい教えても」

「あなたもその内、分かるわよ。人前で年齢を言う事がどれほど嫌か」


 まあ女性に対して年齢に関する事を質問すると失礼だからな。

 歳を取れば取るほど自分の年齢を隠したくなるのだろう。


 男の俺からすると何故、そうするのか訳がわからないけど。

「フィーネ、その子は何」

「この子は、道端で行き倒れていたのよ。ほっとけないから連れて帰ってきた」


 その言い方的に、俺は捨て犬かよ。

「そんな捨て犬みたいな言い方で人間連れて来られてもね」

「いや、家で飼いたい。なんて言ってないでしょ私。捨て犬扱いしたら彼女に失礼よ」


「それじゃあどうするの」

「取り敢えず、今日はもう遅いから一日、家に泊めてあげて、明日話し合って決めようと思う」


「分かったわ。一応言っておくけど、家は2人で生活していくだけでも厳しいから、もし一緒に暮らすとなると、その子にも色々手伝って貰うからね」


「別に問題ないでしょ」

「う、うん。一晩だけでも泊めてもらえるだけで助かりますし、それに自分にできる事があれば何でもやります」


「そう。それなら色々とやって貰おうかしら」

「はい」

「それじゃあ私は、お風呂の掃除をしてくる」


 フィーネは家の奥に入って行った。

「取り敢えず、貴方の事情を聞かせてもらってもいいかしら」

「はい」


 俺は先ほど、彼女にした話と同じ事を目の前の女性にも話した。

「なるほどね。それでその服を着ていたのね」

「えぇ、まあ」


 その時、女性の言葉に違和感がした。

「え、この服おかしいですか?」

「いや、貴方。見た目は華奢で声が少し高いけど男の子でしょ」


「分かっていたんですか」

「40年も生きていれば何となくだけど分かるのよ。男の子にしては声が高いし喉仏も無いけど女の子ほどに声は高く無いし、腕や足の筋肉が男の子の付き方してるからね」


 そう。俺は男にしては声が高い方だ。

 女性の声が低い方、というよりも両声類の人の声と言った方がいいかもしれない。

 それに男にしては身長が低く、158センチ程しか無い。


 だから前世で制服の時は無かったけどジャージの時は身長の少し高めな女の子と初対面の人に勘違いされていた。


 それが女装している状態で男だと見破られたのは驚きだった。

「慧眼ですね」

 女性は大きなため息を吐いた。


「どうしたんですか」

「あの子、貴方を女の子だと思って家に連れてきてるからね。どうしたものかと思って」

「それもそうですよね。すみません今晩だけでも泊めてください」


 年頃の娘を持つ親として同年代の男の子と一緒にさせるのは抵抗があって当然だろう。

「別にそんなつもりはないの。ただ、あの子は男嫌いだから」


「え、そうなんですか?」

「うん。だから貴方が男の子だって知ったらどうなるかと思ってね」

 女性はフィーネの素性について、俺に話し始める。

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