第7話 放浪

 村を出て約1週間。

 道筋を歩いているのに、別の村に着く事ができなかった。


 村を出る時、万が一の時のため水筒らしき物があったから、川を見つけてその水を水筒に入れて1週間耐えてきた。


 だからこの1週間、水だけで飢えを凌いでいたからお腹が空いていた。

「腹が減った」

 まさか人里を見つけるのに1週間以上かかるなんて思っていなかった。


 日本だと、田舎にいても1時間歩けば何処かにコンビニがあるのは普通だった。

 だけどこの世界は人里を探すだけでもかなり苦労する。


 しかもワンピースだと風通しがいいから寒くて仕方がない。

 え、俺が何でワンピースを身につけているかだって。


 先に言わせてもらう。1人だからって誰もいないからという理由で女装に興味が出たわけではない。

 それは仕方がない事だったんだよ。

 今から5日前、村を出て2日目の頃。


 川を見つけた俺は汗を流したくなり、周囲を確認し服を全て脱ぎ、川で水浴びをしていた。

 本当はお風呂に入りたかったが、そんな悠長な、事は言ってられない。


 汗を洗い流せるときに洗い流さないとどんどん臭くなるから。

 その水浴びついでに着ていた服を手洗いして、木の枝を使い、干していた。


 充分汗を洗い流し終えたとき、干していたズボンが枝から落ちて川に流されたのだ。

「お、おい待て」

 追おうとしたが川の流れが早く、とても水の中では追いつけそうになった。


 だから俺はバックの中にある女物の服を着てズボンを追いかける事にした。

 それから約5分、追いかけた先で、気に引っかかったズボンを見つける事が出来た。


「良かった。此処にあった」

 ズボンを手に持ち回収しようとした時、ビリビリという音がした。


「な、何だ今の音は」

 確認すると、ズボンは股の下から左足の先端に向けて引き裂いてしまったのだ。

「う、嘘だろ」

 正直どうしようもなかった。


 ちょっと破れたり、穴が空いただけなら縫って直すことも出来ただろう。

 そのために裁縫道具も持ってきていた。

 だけど大きく引き裂かれた状態じゃ、直すことは無理だ。


 そこまでの裁縫能力は俺にはなかった。

 ビリビリに破れたズボンを見て、修復を諦める選択肢を取る。


 だけど、下着姿でうろつくわけにもいかないため、今こうしてワンピースを着ているのだ。

 スカート類の服なんて初めて履いた。


 持ってきた服に、今まで着ていた物の他に、パンツ系のズボンがなかった。

 男物の服が欲しい、そう思っていたが誰にも見られなく、5日も経過したため、履く事に慣れつつあった。


 正直、この感覚に慣れる事が怖い。

 女装に抵抗がなくなってしまうと、男としてのプライドを捨てる事になるんじゃないかと思ってしまうから。


 だけど今の俺はそんな事を気にするほどの余裕は当然ない。

「ヤバい。死にそう」

 1週間もまともに食事をしていないのだ。

 

 水だけで飢えを過ごすのは限度がある。

「もうまともに歩けそうにないな」

 俺はその場で倒れた。

 異世界に来てから1週間で俺の2度目の人生が終わるなんて予想していなかった。


「はは、もうダメだ」

 そう思っていた時だった。

 目の前に、何かが現れた。

 

「ねぇ、貴方。大丈夫」

 それは可愛らしい女の子の声だ。

「お」

「お?」

「お腹すいた」


 返事をするとグゥ。というお腹の音がしてしまう。

 男だから平気だと思っていたが、この状況でお腹を鳴らすことが、恥ずかしくて顔が真っ赤になってしまった。


「こんなものしかないけど、良かったら」

 そう言って、目の前の少女は俺にパンを差し出してきた。


 俺は差し出されたパンを、右手で受け取り口に入れた。

 本来なら疑ったりするだろう。

 異世界に来て早々に食べ物で騙されているのだから。


 だけどそんな事を考える余裕はない。

 1週間、何も食べてなければお腹が減るのは当然のことだ。

 例え腐っていら事がわかっても、毒が入っていると言われても迷わずに食べている。


 それほどにまでに今の俺はヤバかった。

「助かった。ありがとう」

 パンを食べた事によって元気が出た俺は、立ち上がり少女の顔を見た。


「それは良かった」

 アイドル顔負けの美少女だった。

 綺麗で腰まで伸びるな赤い髪に、無駄のない華奢で美しい体。

 整った顔立ちはとても可愛らしく、笑顔を見ているとなぜか癒される。


 正直、男ならこの少女を見て一目惚れしても仕方がないだろう。

 飢えているところにパンを与えてくれる彼女をみて、俺は天使か女神に思えた。


「それで、こんなところでどうしていたの」

「話せば長くなるんだけど、実は」

 俺は自分が異世界人であるという事を隠して自分の事情を全て話した。


 素性だけは辺境の田舎育ちだという事にし、服屋のおじさんに追い剥ぎにあった事、そして街を出てからここまで歩いていた事を。


「なるほどね、多分だけど、貴方が食べたものはリーマの実よ」

「リーマの実?」

「そう。リーマの実というのは赤くて丸い果実なんだけど、魔力を込める事で込めた人が見せたい幻覚を見せる食べ物なの」


 彼女は自分が持っていたバックから、真っ赤な果実を取り出した。

 その形は以前食べたリンゴによく似た果実。

「これがリーマの実よ」

「確かにこれだ。で間違いない」


「やっぱりね。このリーマの実は食べたものに幻覚を見せるだけでなく思考能力を低下させる効力もあってね、これを口に入れればまともな判断ができなくなるのよ」


「それって麻薬に近いんじゃ」

「麻薬の原料としても使われているわね。思考能力が落ちるからまともな判断が出来なくなって、普通に考えたらおかしいと思うこともそう思えなくなってしまうの」


 確かにそうだ。

 誰かが着ていた服を買うのに5年どころか、1年の生活費分の金をかける人間は普通に考えていない。


 冷静に考えれば分かることなのにそれが出来なかったのはリーマの実という果実の効力だったのか。

「リーマの実は中々手に入る物じゃないからそのおじさんがどこで入手したのかは分からないけどね」


「でも、何で服を盗んだのか謎なんだよな」

「それは多分貴方の顔じゃない」

「え、顔」

「うん。可愛い子が着ていた服ってなると貴族の変態は欲しがるから。」


「え、可愛い」

「そう。私も着ている服を高値で売ってくれないかって貴族の変態に言われた事があるから」

 可愛い子って言われた。

「もしかして勘違いしてる」


「勘違いって何」

「それは、・・・いや。何でもない」

 男だと言おうとした瞬間、自分が今着ている服を見た。

 ワンピース。これで自分が男ですなんて言ったら女装好きの変態に思われてしまう。

 

「変なの。それと、服の質が良かったら例え古い服でも金貨10枚分の価値はあるわ」

金貨10枚か、あのおっさんは金貨200枚で5年は遊んで暮らせると言ったから、10枚もあれば大体3ヶ月は遊んで暮らせる余裕があるのか。


「まあ、貴方の場合は可愛い子の服が欲しいという意味で服を奪われたんだろうけど」

 完全に自家発電のネタにされたと誤解しているな。

 まあ、無理もないか、はっきり言って今の俺の服は安物でしかも女物。


 高い服を着ていたとは思われないだろうな。

 学生服は安い服じゃないし。

「それで人里に向かって歩いていたんでしょ」

「そう。君みたいな女の子がいたという事は此処から村や町は近いのかな」


「残念だけど、ここから一番近い村でも歩いて約3日はかかるわよ」

 それを聞いた俺はショックで膝から倒れ落ちたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る