エピローグ


 全ての準備が整ったのは、23時間目のことであった。

 あらゆる手段を使い、ようやく呪いの転用方法が掴めたのだ。


 いよいよ実験の最終段階を迎えようとしていた。


 7日間にも及ぶ逃亡生活にも、鈴の闘魂は尽きることはなかった。

 一方、彼女の背後には無残にも全てを搾取されつくした、哀れな男女が横たわっていた。

 彼女の容赦のない実験に巻き込まれてしまったのだ。


 この時になって、ようやく五郎は理解した。

 なぜ彼女が"天災科学者"と呼ばれているのか、を。

 彼女は『特異点』なのだろう。いわばブラックホールのようなものだ。


 全てを吸い寄せる。


 人の羨望も、好意も、嫉妬も、恐れも。そして、想像もしない不運ですら吸い寄せる。

 全てを吸い寄せてなお、彼女の核となる探究心が折れることはない。

 むしろ、吸い寄せた全てを原動力にするのだ。


(近づくべきではなかった……こんな女……手に負えるはずがない!)


 後悔するが、全ては手遅れであった。

 これほどの思いをするくらいならば、自分の呪いで死んだほうがマシとさえ思った。

 しかし、一度彼女に吸い寄せられてしまったら後戻りはできない。

 自分の全てを吸い尽くされてしまった。


(もう嫌だ!この実験が終わったら僕は自首する!やってきたことをすべて白状し、実証して有罪になる!これ以上、彼女の近くにいたら僕は……!)


 五郎が何よりも恐れたのは、この1日間、彼を搾取し続けた鈴の存在だった。


 理解できないことは容赦なく問い続け、分からないものは徹底的に検証する。

 あまりにも純粋な科学に対する探究心。同じ科学者として到底かなわないと認めざるを得ず。

 そして、そんな彼女の姿をと感じてしまったのだ。


 隣に同じように横たわる珠江を見やる。

 今の五郎と同じようにぐったりと地面に横たわっていた。

 疲労困憊といった感じだが、その顔にはどこか満足そうな笑みが浮かんでいた。

 魔性の女に魅入られてしまった、恍惚の笑みである。そして、今の自分も同じような顔をしているのだろう。


「フフフ……フフフフフフ……グフ……グフフフフフ……!」


 全てを吸い寄せる"天災"は、今は二人にも目をくれず、感極まった表情で手にした白い球体を眺めていた。


「……必要な道具はすべてそろった。あとは、素晴らしい"呪い"の力であなたを世界最高の発明品に進化させてあげる……!」


 自分を殺そうと襲いかかってきた"呪い"の力を褒め称え、慈しむようなそぶりすら見せる。

 むしろ毒リンゴを作り上げる魔女のような仕草で、鈴はモニターの中に浮かぶ"十和子"の像を優しくなぞった。


 そんな彼女のPCに、もう一通のメールが届いていた。

 もちろん、世紀の大実験を目前に控えた彼女にはそんなもの目に入っていなかったが。

 メールの件名には、こう書かれていた。


『おめでとうございます。あなたは異世界に召喚されて邪神を討伐する勇者に選ばれました』


 彼女は全てを吸い寄せる。

 予想すらしない不幸であっても、あるいは異世界への招待状ですら。 


 この数分後、メールに書かれていた文面通り、

 彼女は精霊と邪神が支配する異世界に召喚され、勇者として邪神を討伐する羽目になってしまうのだが


 それはまた別のお話


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天災女科学者 呪いのビデオをユニークすぎる方法で解析して倍返しする【改訂版】 rkp @rkp_rkp

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