<   ―― 冥界 ――   >

 境界封穴にて神を食らう蛇に飲み込まれ、なすすべもなく冥界に落ちた低級神ボルニス。

 打ち捨てられるように地面へ投げ出されたボルニスだったが、その頭を踏みつけられた。

 冥界にはふさわしくない、活気に満ちた表情を浮かべる赤髪の少女だ。


「また変なのが落ちてきたね」


 頭を踏みつけられたままボルニスが視線だけを上にあげると、やけに見覚えのあるものが視界に入った。


「その派手な耳飾りは……」


「おやおや、これかい? これは私の手作りだよ。ほかに持っているとすれば、お兄ちゃんくらいかな。魔力を込めてあるんで、簡単には壊れないはずだよ」


「兄? カカッ、そうか。そう言われると面影はある」


「面影って、誰と勘違いしてるのかわかんないけど見間違いでしょ。うっかり病気で死んじゃった私と違って、お兄ちゃんはまだ地上の世界で元気に生きてるよ。……うんうん、ずいぶん弱っているみたいだけど、こんなのでも神には違いないね。だったら人間の敵だ。あんたも粉々に砕いてやろうか?」


「砕く? 砕いてどうするつもりだ。神が不死なのは知っているだろう」


「試してみる?」


 そう言って、にやりと笑った彼女は両手を組み合わせて指の骨をポキポキと鳴らした。

 単なる威嚇行為かと思えば、その手が次第に魔力を帯びていく。

 ただの魔力ではない。精霊術でも、魔法でもなく、神性をも超えかねない力だ。

 ボルニスはその力の正体を見抜いた。


「そうか、エウカリテリの魂を現代に受け継いだ人間の一人はすでに冥界に落ちていたのか」


 彼女が手に宿しているのは「神砕かみくだき」の力。

 かつての戦争にて、不死の神さえも殺した八種の力のうちの一つである。


「壊すのはやめておけ。そのガイコツには使い道があるんじゃないか」


 そう声をかけたのは一人の青年だ。足をガイコツの頭にのせたまま、少女が首をかしげながら振り返る。


「……使い道って?」


「神が一人くらい仲間にいたほうがいい。それだけの話だ。あまりにも強すぎると俺たちが利用されてしまうが、そいつは弱っている。放っておいても冥界では神性が完全な状態までは回復しそうにない。神輿みこしにはちょうどいい」


「よくわかんない。けど、そだね。つい最近死んだばかりの君は頭がよさそうだから言うことに従っておこう」


「そうしてくれ。不死の神はおとりにも使える」


 それで話が終わったらしく、頭の上に乗っていた少女の足がどけられ、神食いの蛇にほとんどの力を吸い取られてしまったボルニスがボキボキと骨を鳴らしながら立ち上がった。


「……お前たちは?」


 まずは青年が答える。


「俺はエナルド・ファナン。自刃した罰として冥界の化け物に臓物をむしばまれ続けていたところを助けられて、たった一人で旅をしていた彼女の力になることを決めた男だ。他に目的はない」


 続いては少女が答えた。


「そんで私はキュリゼイ。キュリゼイ・ネイナード。地上の世界に戻ろうとする悪しき神たちの野望をくじくため、冥界を支配しようってのろしを上げた女さ」


 そしてこの日、少女と青年と一体のガイコツは一つの派閥を作り、冥界に落とされた神々の戦争に正式に身を投じることとなる。

 地上と冥界の二つの世界から、新しい神討ちの物語が始まる。

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精霊契約<エンゲッシュ> 一天草莽 @narou_somo

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