第12章 アフターコロナの未来は? そして石松の旅立ち

 日本で開発された新型コロナウイルスに対する治療薬プロテアーゼI.H2021t-19は政治的な利用が行われるのを避けるため、WHOを通じて世界中の国々に各国の感染者数と重症者数の割合に従って、平等に配布された。やがて、新型コロナウイルスは終息を迎え人々はその恐怖から解放された社会生活が送れるようになった。

 しかしながら、新薬が開発されていなければ、ワクチン接種だけではコロナ禍を終息できず、やがて強力な変異株が出現し、自分自身やその家族が亡くなる危険にさらされ、30年後には荒廃した世界になり、人類滅亡の危機に陥ることを誰も想像すらしないであろう。なぜならば、ワクチンや治療薬によってコロナ禍を克服することは、過去の感染症の経験から見ても想定内の事だったからである。

 

 ウイルスは人類が誕生するはるか前から地球上に存在した微生物で、単独では生きていくことが出来ず、宿主である生物の細胞内でしか増殖していくことはできない。つまり、生物と共存共栄しながら進化してきた微生物である。

 新型コロナウイルスは動物由来のウイルスでSARS(重症急性呼吸器症候群)コロナウイルスやMERS(中東呼吸器症候群)コロナウイルスと同じ人獣共通感染症である。近年このような感染症が多くなってきた要因は、人口が増え、都市化が進み、元々野生動物が生活していたエリアに人が入り込むことで、動物由来のウイルスに感染し、そのウイルスが変異する可能性が高くなったこと、さらに交通網の発達によりウイルスが世界中に拡がりやすくなったことである。つまり、今後も第2第3の新型ウイルスによるパンデミックが起こる可能性が十分にあるということである。

 だからと言って、すべてのウイルスが悪者という訳ではなく、同定され病原性が確認されているウイルスは極一部に過ぎない。それ以外は非病原性あるいは有用なウイルスまたはほとんどが未同定のウイルスである。

 中でも生物が環境の変化に適応するため進化してきたことや、哺乳類が胎盤という臓器を持つことができたのは、レトロウイルスが関与し、動物の遺伝情報を書き換えてきたからだと言われている。また、コロナウイルスに対する遺伝子組み換えワクチンにはアデノウイルスが利用されており、さらにウイルスによって腫瘍細胞のDNAを書き換える治療方法も研究されている。


 2019年からの新型コロナウイルス感染症による危機によって、現在人類が抱える問題がよりクローズアップされたとも言える。それは地球温暖化による気候変動や生態系の破壊、食糧や水の問題、エネルギー問題、生産と消費のシステム、格差社会など、これらの問題は感染症の発生と蔓延に直接あるいは間接的にかかわっているからである。

 これらの問題を解決するべくアフターコロナの社会に対して求められていることは、以前から提案されていることでもあるが、人や家畜の健康と同時に自然の健康も守るという“One Health”が重要と言われている。食物連鎖というピラミッドの頂点にいる人類にとっては、ピラミッドの基礎を支える自然環境と動植物が崩壊してピラミッドが崩れれば、人類の生きる道も絶たれるということである。

 地球温暖化はさらに加速して進むことが予測されており、環境の変化によって絶滅する動植物が出てくる可能性は十分あり得る。生物の歴史を振り返ると生き残れる生物は決して強い者ではなく、環境変化に適応出来た者たちである。もし生物の進化の過程でウイルスが関与しているのであれば、人類はウイルスと共存し、遺伝子を書き換えることでさらに進化した動物として存続するか、あるいはそれがうまく行われずに絶滅危惧種になっているか、その結果は数千年から数万年後でないと分からないのかもしれない。


 

 さて、時は2035年。

 テクノロジーの進歩は目覚ましく、特に5Gから6Gになった高速通信、GPSの高精度化、AIの進歩と普及により社会生活は日々変化しつつあった。そんな中、ひろしと優希は9年前に結婚し、共に動植物最先端技術研究所で研究活動を続けていた。石松はタイムスリップから戻って14年が経ち、年齢的にはもう30歳になるところだが、臨床検査でも特に異常を認めず、元気に猫生活を楽しんでいた。

 その長生きしている要因について、ひろしらは研究所の仲間と共に検討していたが、ただ単に人工腎臓を移植して慢性腎障害が改善されただけではなく、何か他の要因があるのではないかと推察していた。考えられることは人工骨や人工腎臓の再生に使われた生理活性物質が老化遺伝子の発現を遅らせているのではないかということだった。

 その生理活性物質についてデバイスを解析したAIの予測では、製造に必要なレアメタルが沖永良部島周囲のEEZ内の深海から見つかるということだったが、実際に2030年メタンハイドレートの発掘調査中に偶然見つかり研究が進められている。

 ライフデバイスに関しては、まだ体内埋め込み型は実用化されていないが、首輪の内側に取り付ける皮膚接触型として、GPS機能、Wi-Fi機能、体温、心拍モニターが搭載されたものが実用化されていて、データはリアルタイムでAIが解析し、異常アラートは飼い主に通知するシステムになっていた。

 


 その日、優希のスマートフォンにAIから緊急アラートが入る。


「石松さんは3分前より期外収縮が頻発しています。

 A17エリアで動けずにいるようです。」


「分かったわ。

 一番近くのスタッフに連絡して、石松をER(Emergency Room)に運ぶように言ってくれる。

 私は直接ERに行くから。

 あと、ERに必要なスタッフを集めておいて。」


「分かりました。」


 石松がエマージェンシーカートに乗せられてERに着いた時には、すでに心電、血圧、血液生化学などのモニターセンサーが取り付けられ、血管確保、酸素吸入もされた状態であった。

 優希はAIに状況を確認した。


「状況は!」


「はい、意識レベル、血圧は徐々に低下しています。

 急性心筋梗塞を起こしていて、

 このままですと5分以内に心停止を起こす確率90%です。」


「了解。

 心筋梗塞のプロトコルの薬剤投与と、

 DC(除細動器)と人工心肺をスタンバイして!」


「はい、分かりました。」


 しばらく薬剤投与と酸素吸入による救命救急処置が行われたが、状態は上向かず急変する。


「心室細動です。」


「DCチャージ!

 離れて!」


 ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ、・・・・


 カウンターショック(電気的除細動)をかけた瞬間、石松は目の前から一瞬にして消えた。その場では各種モニターのアラームが鳴り響き、優希やスタッフは呆然と立ち尽くすだけであった。

 再び時空の旅に出てしまった石松。果たしてどこへ、そしていつ戻ってくるのであろうか。

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親分猫「石松」物語  ~獣医師と猫の奇跡の出会い、そしてウイルスの脅威から人類を救うため、時空を超えた旅が始まる~ 俊幹 @myagu

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