第10話:握手

 俺が歪な仲間意識を芽生えさせた日。ボリスは反省文を、ベアと俺は広場200周を言い渡された。


「1辺が100mとして……、あと……」

「考えないほうが良いんじゃない?」


 昼食の時間。食堂へと人が集まるのを尻目にかけながら、ただ何周走ったかだけを考えて足を動かす。


「なあ……、ルワは……、なんでここに来たんだ……?」


 息も絶え絶え。なぜ無理やり話そうとするのかが理解できないが、ベアが聞いてきた。


「僕は……」


 このまま走っても暇なので、少しペースを落として考える。いったいどう話そうか。


「住んでた孤児院を焼かれて、幼なじみを人質に連れて来られただけだよ」


「え……? え――!?」


 皮肉たっぷりに言ってやった。

 ベアは驚いた様子で転びそうになったが、なんとかバランスを保つ。


「……た、大変だったな?」


 俺の隣につけるとそう言った。


 大変だったな? 他人事のように言う。お前らがやったんじゃないか。


「……ベアはどうして来たの」


 話題を変える。単純に気になっていた。そう年は離れていない少女が、どうしてこんな人殺し部隊に居るのか。


「私か? あー……」


 金色の双眸が答えづらそうに俯く。


「……どうして来たの?」


 その視線を覗くように、肩が触れる距離まで近づいて、目を合わせた。

 人には聞いたくせに、自分は答えないなんて許さない。


 しばらく口を一文字に結んで走っていたベアだが、やがて苦しくなったのか「カハッ」と息を吐くと、呼吸を落ち着けてから言った。


「……復讐。それが、私のここにいる理由だ」

「復讐?」


 ベアは苦虫を噛み締めたように、眉間にシワを寄せる。


「私の家族は帝国に殺されたんだ。……父、母、そして妹が居た。けど全員、目の前で殺された」


 そういうベアは酷く苦しそうだ。


「でも無意味だよ、復讐なんて」


 それを聞くと金色の目が大きく見開かれる。そして、悲しく伏せた。


「……依りどころがあって羨ましいよ、ルワ」

「……っ」


 もしもあの夜、フィアが死んでいたらと考える。


「大丈夫か!?」

 

 それだけで吐きそうになった。

「あ、うん……。よく分かったよ」

「……そうか」


 何故かベアは、再び悲しそうな顔をした。


★☆


 夕方。その後は特に会話もなく、丁度いいペースで走り続けるだけ。


「に――っ、ひゃ――っ、くう………」


 走り終わったベアは地面に座り込む。

「終わったー、ぁ?」

「そうだね」

 俺はというと森の中を駆け回っていたのが役に立って、あまり息切れしていなかった。これくらいはフィアに連れられて1日で走る量だったからだ。


「平気そうだな?」

「……別に」

「疲れてるのなら休んだほうが良いぞ!」


 ベアはケラケラと笑いながら倒れると、大の字になって空を見ている。

 柔らかな笑みを浮かべて、自分の隣の地面を叩く。それは優しい、まるで姉のような仕草。


「ほら――」

「――いい加減にして」


 気に食わない。気持ち悪い。それが、その時湧き出た感情だった。

 

「いきなりどうした!?」

 ベアは身体を起こすと、訳が分からないといった様子でこちらの目を見る。


「ベア……? ベアにとっての敵は帝国軍だよね。家族を殺されたって」

「……ああ」

 金色の双眸が困惑しながら陰る。その話をするなとでも言いたげだが、これは伝えておくべきだ。


「僕にとっての敵は、……この軍だよ」


 言葉にするとベアはきゅっと口を結び、叩かれたように動きを止める。

 そのまましばらくして、大きなため息をついた。


「それもそうだな。すまん、距離を間違えた」

 短い茶髪を弄りながらバツが悪そうに笑うと、再び口を結んだ。


「けれど1つ、言わせてくれ」

「何?」


 ベアはゆっくり立ち上がると、こちらに手を伸ばす。その瞳は俺でない何かを見ているようだった。


「――っ」


 何か危ない予感がして一歩下がる。

「そうか、そうだよな」

 空中で静止した腕を引っ込めると、ベアは笑った。


「ルワがどう思おうと、私は……、この軍はルワの味方だ」


 そう言って、再び手を差し出してきた。


「……そうだね」


 そう、味方だ。俺が何を思おうと、どれだけ憎もうと、この軍は味方なのだ。

 たった一人の兵士が介在する余地などないし、できない。

 感情に振り回されるなと自分に言い聞かせた。全て、フィアのためだと。


「ごめん」


 謝罪しながら砂まみれの手を取る。

 フィアのことを思うと、何もかも平気に思えるだろう? 俺。

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※工事中※サイレント・アフェクション【魔術戦場より愛を込めて】 @CorS

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