第9話:仲間ごっこ

「おい、スープをもう一杯頼む」


 食堂に着くと、ボリスは厨房に向かって言った。


「悪いが今日はお前たちので最後だ。逃げた奴らがほとんど持っていっちまった」


 奥からカンカンと鍋を叩く音と共に、野太い声が帰ってくる。


「はあ……、まじかよ」


 ため息をつきながら先程のテーブルに戻ると、ボリスはドサッと椅子に座る。

 そして、スープの入った椀をこちらに突き出した。

 状況が分からず首を傾げると


「飲め」


 簡潔な命令が飛んでくる。

 訳もわからないままお椀を受け取って、中身を飲み干した。


 不揃いに切られた野菜が、塩と胡椒で味付けされているだけのスープ。しかも冷たい。けれど……。


「……美味しいよ」


「そうか」


 ボリスはそれだけ言うと空になったお椀を俺の手から取って、厨房に向かった。


「ハハハッ、格好つけやがって!」


 テーブルの向かいに座っていた茶髪の少女がゲラゲラと笑う。


「お前がルワだな? 私はベアラ・エクス、同じ班だ。よろしくな」


 ベアラと名乗った少女。面と向かうとそばかすが少しあるくらいで、どこにでもいる普通の少女といった感じ。


「まあ、気軽にベアお姉ちゃんって呼んでくれ」

「お姉……ちゃん?」

「ああ!」


 バンと机を叩いて立ち上がる。確かに背丈は俺に比べて高い。だが……。


「……じゃあ、ベアで」

 しばらく迷った末に、そう返してみた。


「お、ね、え、ちゃ、ん! ほら、もう1回い――ッ」


 ジワジワと迫ってくるベアの脳天に、手刀が落ちる。


「痛ってぇ! 可憐な女の子を叩いたな!?」

「今から訓練だ、部屋に戻ってろ」

「じゃあ私は観戦しとくぜ!」

「……勝手にしろ」


 噛み合わない会話を終え、食堂の出口へと向かったボリスを追った。



 砂が敷かれた広場。そのど真ん中に立たされる。


「良いか! お前の仕事は1つ。敵の魔術の破壊。これだけだ!」


 こちらに呼びかけると、ボリスは人差し指を立てる。すると頭上に1mほどの岩塊が出現した。


「コレくらいの魔術を破壊しろ!」

「――イン・カーネート」


 距離は50m。的の中央目掛けて撃った。

 着弾した岩塊は見事に砕け散り、パラパラと破片が飛散する。


「おい!」


 その破片に打たれたボリスが駆け寄ってきて、俺の肩を掴んだ。


「誰が撃てといった!?」

「破壊しろって言ったじゃん」

「撃てとは言ってない。良いか? お前の武器は秘密兵器だ。情報を漏らすような真似はするな」

「……分かった」

 鬼気迫る様子に、思わず答えてしまった。


「よし、続けるぞ」


 ボリスはまた広場の端まで走っていくと、その場で気づいたように服をパンパンと叩き、こちらに正対する。


「次はお前に魔術を飛ばす! 防御魔術で防いでみろ!!」

「……え」


 瞬間。頬を何かが掠めて、後方に着弾した。


「どうした? なぜ防がない」

 再び駆け寄ってきたボリスに詰められる。


「だって僕、魔術使えないから」


「ああ、教育されてないんだな? 大丈夫だ、直ぐに使えるようにしてやる」

「いや、練習はしたんだけどね」

「……なに? 期間は?」

「1ヶ月くらい」


 それを聞くと、ボリスは眉を顰めた。


「それで1つも使えないのか?」

「……うん」


 何とも言えない沈黙が漂う。


「お前のスキルは、その……」


 ボリスは俺の手元にある武器を指差して「なんだ?」と聞いてきた。


「銃って言うらしいよ」

「銃か。……なるほど」


 1人納得したように頷くと……。


「動くなよ?」


 手のひらを向けてきた。

 その行動は剣の切っ先を向けているのと同じ。突然の事で考えるより早く手が動く。


「っと! 落ち着けって!! ちょっと調べるだけだ!」


 下に向けられた銃。今度は音すらならなかった。

 腕の真ん中を押さえられて、指先が動かせない。


「調べる? 何を?」

「ちょっとな。……あー、なるほど」


 ボリスは1人何かに納得したように言った。


「お前、魔力がないな?」

「……え?」


 魔力が無い。確かに説明はつくが、そんなことあるのか?


「その顔、知らなかったみてぇだな。まあ、正直かなり珍しい、俺も見るのは初めてだ」


 魔力がない。魔術が使えないのはそれで説明はつく。

 しかし、そうなると手にあるこれは何だ?


「それはお前のスキルだろ? スキルは魔力を使わないからな」


 なるほど。


「魔力が無いって本当かよ!? だったら……」

「ああ、考えてる通りだ」


 駆け寄ってきたベアが興奮気味に迫ってくる。

 ボリスはその首根っこを掴んで止めた。


「あー、とにかくまあ、無いものは仕方がない。別に防御魔術なんて無くても大丈夫だ。要は撃たれる前に破壊すれば良い」

 金色の短い髭をポリポリと掻きながら、適当に言ってのけた。

「……」

「不満か?」

「いや……」

「嘘だな。お前は強くなりたいと言った。どうせ魔術で手っ取り早く強くなれないのが不満なんだろ?」

「……」


 言い返せない。ボリスの上から見てくる態度が癪に障る。


「だがまあ安心しろ。魔術はそんなにすぐに使えるもんじゃないし、一人前になるのなら剣術よりも辛い。純粋な魔術士なんてほんの少しだ」


 そう言うボリスの後ろで、ベアは得意気に鼻を鳴らした。


「ああ、気にするな。コイツは一発屋だ」

「はぁ? それで十分だろうが」

「その姿勢が魔術士失格だな。魔術士に求められるのは柔軟性。無限の戦術を編み出すのが役目だろう」

「それって貴方の感想ですよね?」

「……」


 無言の手刀は空を切る。躱したベアはそのまま砦の中へと走り去っていった。


「チッ……。まあいい、邪魔者も居なくなった事だ。訓練を始めるか」

「さっきみたいに魔術を壊せば良いの?」

「いや、順番を変える。お前の場合はまず体力をつけんとな」

「体力?」

「防御魔術が使えないなら、避けるしか無い。そのための体力だ」


 なるほど。筋は通っている。


「わかった。どうすればいいの?」

「……そうだな。俺も魔力を消費できないから……、お、いいのがあるじゃないか」

 周囲を見渡したボリスは、広場の隅に並べられていた弓を見ると、そこから1つを手に取った。

「久しぶりだな」

 慣れた手付きで矢をつがえると、対辺に置かれている的に向かって放つ。


「――うぉわ!?」


 しかし矢は大きく右上にずれて、砦の窓に吸い込まれていく。同時に、そこからこちらを覗いていたベアの姿も消えた。

「大丈夫かぁ!?」

「……クソっ! 大隊長から言われてんだろ!? 弓矢だけは使うなって!」

「ああ、ちょっと待ってろ! いま行くからなぁ!」

「来るな! 来るな! クソォォォ!」


 しばらくして、ボリスはべアを引きずりながら戻ってきた。ベアの着ているローブには穴が空いていた。


「ちょうどいい。お前に仕事だ。このままだと危ないから切っといてくれ」


 そう言ってボリスは、ベアの目の前に矢をドサリと落とす。


「……クソが! クソが!」


 ベアは乱暴に座り込みながらも、ペチペチと素直に矢尻を折っていく。


「よし。いいか、おまえに向かって矢を射る。怪我したくなかったら避けてみろ」


 こうなる予感はしていた。

 しかしいくら矢尻が無いとはいえ、乱暴に折られた矢の先端は木の繊維が立っていて、当たれば絶対に痛い。


「安心しろ。最初はおまえの位置に向かって射るから、動けば絶対に当たらん」


 ボリスはそう言って弓を引く。言われるがまま、一抹の不安を抱きながらも、横に飛ぶ準備をした。


「いくぞ! 3、2,1――」


 ――とりあえず飛んだ。

 そのまま地面を滑るが痛みはない。

 どうやら避けられたらしい。


 しかし立ち上がると、ボリスとベアは何故か青い顔をしていた。


「大隊長!? 大丈夫ですか!」


 反対側の城壁から、誰かの叫び声が聞こえる。

 ”大隊長”。その言葉で、2人の表情は青を通り越して黒になった。


「やべぇ! 逃げるぞ!?」

「ボリス以下2名、その場から動くな。命令だ」

「ヒィッ!」


 壁を通り抜けてきた無感情な声に硬直する2人。

 何故か俺も含まれているようだ。


 ……バカバカしい。


 コイツらは俺の家族を奪った張本人。その感情は飲み込んだが消化できていない。

 怒りでも、悲しみでもない。何も感じない。でも確かに胸の内にある。

 まるで消化不良だ。気持ちが悪い。

 でも今は仲間ごっこを続けるだけだ。

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魔術戦場で色々と拗らせた奴が魔導学園に入学したら、同級生に襲われた @CorS

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