ifルート:ハジダリ「一途な希望」

 バイトの帰り道。

 いつものように、一希いつきあつしに、送られていた。



「うら若い女性が、夜に独り歩きするのは危険」

「自転車や車といった移動手段もいし、送迎のために、多忙なご家族に深夜、仕事終わりにご足労願うのは忍びない」

「ピンチを未然に防げなかったし、(本人が了承済みとはいえ)就活中に誑し込んだ、抱き込んだ罪悪感、責任がる」

「何かったら、ご両親に顔向け出来できない」

「厳密には社会人ではない以上、大人としての責任を果たす義務が伴う」

「仮ではあるものの、恋人だから」

 などというのが、本人の談。

 そんなわけで、最初に話した時から欠かさず、一緒に帰宅している。



 改めて思うのだが。

 あつしは、本当ほんとうに真面目な人だと思う。

 やはり、恋人役に大抜擢したのは、正解だった。



 別に、本当に付き合っているわけではない。

 ラブコメにありがちな、「ストーカーとかのお邪魔虫向けの魔除け」。

 そういう体で、数日前から始まった、契約彼氏である。

 といっても、一希いつきとしては、本命なのだが。

 しかも、そんなストーカーなんて、やしないのだが。



 きっと、彼は気付いていないだろう。

 彼の古風なスタイルに、初対面の時点で気を良くした一希いつきの母が、意図的に、そう仕向けているのだと。



 つまりひとえ家にとっては、このシチュエーションは、紛うことく「帰り道デート」であり。

 しかも、「早く、くっ付いちゃいなさい!」という、母のメタ・メッセージが、ふんだんに溶かされているのと。



 もっとも前述の通り、当の本人は、そういうもりで臨んではいないのだろう。

 一希いつきから真実を明かしても、「こんなオッサンに夢見させてくれて、ありがとな」とかと、相手にされないのがオチだ。

 そんなに離れてないし、こっちからすれば、余裕で恋愛対象なのに。

 女性による、名字被り以外での『名前呼び』は、特別な意味、好意の証左、アピールに他ならないというのに。

 


 そもそも、「好きになるな」という方が無理なんですよ。

 だって、この人、自分が非番の時でさえ、そのためだけに態々わざわざ、私の時間に合わせて来店して、送ってくれてるんですよ?

 しかも、仕事以外の用事の時だって、出向いてくれてるんですよ?

 そうやって可能な限り、ボディーガードをしてくれてるんですよ?

 そんなわけで今では、私の両親のみならず、バンド・メンバーにさえ気に入られているんですよ?



 両親や、既婚者の同僚はともかく。

 同世代の子にチヤホヤされて、私が心中穏やかではないとも知らずに。

 今日だって、あの、守真伊すまいさんって人と、仲良く喧嘩してたし。

 私だって、まだなのに。



ひとえさん?

 どうかしたか?」



 悶々、ムッとしていると、不意にあつしから心配された。

 我に帰った一希いつきは、即座に取り繕うとする。

 


「いえ。

 今日はちょっと、疲れたなぁって」

「そらそーだ。

 ひとえさん、朝からのバンド練習の直後に、バイトだったし」

「来週ですからね、文化祭ほんばん

 あつしさんも、来てくださいね」

「そのために先月から、休み希望出しといたしな。

 それに守真伊すまいさん、中々に奇天烈だもんなぁ。

 俺も最近、振り回されっ放しで大変だよ」

「そういう割に、どこか楽しなんだよなぁ、この人」

「ん?」

なんでもないです。

 気にしないでください」

「おぉ?

 そかぁ?

 なら、いんだけどよ」



 ボソッとこぼしたつぶやきを流し、再び懐月なつきの愚痴を始めるあつし

 こういう時、彼のシンプルさが、一希いつきは羨ましくなる。



 一方で、わずかに疎ましくなる。

 少しくらい、私がご機嫌斜めなのを察してくれてもいのに、と。



「ん?」



 などと思っていると。

 不意にあつしのスマホに、着信が入った。

 一希いつきに断りを入れ、あつしぐ様、電話をする。



「おー、お疲れ、守真伊すまいさん。

 ……今? ひとえさん送ってる所だけど。

 ……あれ? 言ってなかったっけか?

 ……ばっ……! そんなんじゃねぇよ! ひとえさんは、同僚であってだなぁ!

 ……分かった、悪かったって!

 今度からは、ちゃんと欠かさねぇから!

 は!? 高級クルトン、今から!?

 なんでだよ!?

 クルトンなら、普段から食べまくってんだろ!?

 てか、クルトン専門店とか、るのかよっ! こんなド田舎に!

 作らせた!? あんたが!? 相変わらず、規格外だなぁ、おい!

 分かったよ! 帰りに買ってくって!

 今回は大目に見てくれ、な!

 ……おー、お疲れ!」



 ……なんて情報量、ツッコミ所の多い会話だろうか。

 やや引きつつ、通話を終えたあつしに、一希いつきが最初に聞いたのは。



「どういうことですか……?

 今の会話……。

 まるで、同棲中のカップルみたいでしたけど……」

「ひ、ひとえさん?

 ど、どした?

 顔、怖ぇぞ?」

「お気になさらず……。

 それより、答えてください……。

 お二人は、同棲中なんですか……?」

「ち、違うって!

 一緒に暮らしてるだけ!

 使用人として、雇われただけだから!

 守真伊すまいさん家が、あまりに壊滅的ぎて、っとけなかっただけだから!」

「提案し、願い出たのは、あつしさんなんですね……」

仕方しかたくな!?

 守真伊すまいさんに倒れられても困るし!

 第一、もしものことったら、気分悪いし!!」

「ふーん……」



 つまり今、一希いつきが送られてるのと、理由的には同じらしい。

 にしては随分ずいぶん、状況と待遇に落差がる気がするが。

 まさか、そんな裏ルートがるとは。

 家事ベタがゆえに構われるとか、ズル以外の何物でもないのではないか。

 彼に気に入られるように、料理や見た目など、あれこれ気を回している自分が、馬鹿バカみたいではないか。



「ひ、ひとえさん?

 どした? さっきから」

あつしさん。

 私は今、あなたに対して怒っています。

 何故なぜか、分かりますか?

 歩きながらでも可なので、考えてください」

「え?」



 言われた通り、歩を進めつつ、頭を回転させるあつし

 一希いつき的には一旦、立ち止まり、思考にだけ専念してしかった所だ。



 そこら辺を読み取ってしかったからこそ。

 先程は、『歩きながら』ではなく、『歩きながら』と言った。

 まり、それは第二案であって。

 本当ほんとうは、答え探しに没頭してしかったのだ。



 ……我ながら面倒だな、私。

 あつしさんじゃなくても、そこまで汲めるわけないのに。

 と、少し凹んだが。



 なにはさておき。

 熟考の末に、あつしは解答した。



「……まさかとは。

 まさかとは、思うけどよ。

 自意識過剰、自惚うぬぼれかもしれんけどよ」

「そういう、焦れったいだけなの、いです。

 答えだけ、お聞かせください」

「うっ」



 釘を刺され、言葉を詰まらせるあつし

 続けて、彼から出た言葉は。


 

「……『守真伊すまいさんと暮らしてることを、俺が隠してたから』。

 ……だったり、します?」

 


 突然の、謎の敬語。

 いつもなら、吹き出していたに違いない。

 今の一希いつきには、それだけの余裕がかった。



 別に、それほどまでに怒っていたからではない。

 彼がめずらしく、正解に近かったからだ。



「及第点ではありますが。

 それじゃあ、三角ですね。

 どうして私が、それで怒ると思いますか?」

「『ひとえさんとは帰り道が逆方向になったのに、気を遣われたから』。

 ……とか?」



 ……期待した自分が、おろかだった。

 彼に、そこまでのアクションを求めるなんて。

 そんな甲斐性がるのなら、うに自分と彼は、晴れて恋人同士だろうに。



「……言いたいことが、3つります。

 ず1つ目。守真伊すまいさんの実家の住所を、私は知りません。

 次に2つ目。気を遣われたくらいで臍を曲げるほど、私は狭量でも高飛車でもありません。

 最後に、3つ目。ちょっとそれっぽいことして、期待値上げないでください。

 あつしさんのくせに」

「最後、なに!?」

うるさいです。

 あつしさんの分際で。

 バーカ、バーカ、女の敵、へっぽこ彼氏」

なんでぇ!?」



 ……嘘き。

 やっぱり、意識してるんじゃん。

 守真伊すまいさんのこと、優遇してるじゃん。

 私には、してくれないのに。

 帰り道は基本的にセットなのに全然、ナビしてくれない、靡いてくれないくせに。



 ここまで付き添ってくれてる時点で充分、特別扱いだって、分かってる。

 でも、それじゃ足りない。

 だって今、さらに上のプランがると知った。

 課金ありきとはいえ、不平等だ。



 あー……なんか、不満。

 どうにかして、あつしさんにアゲてしい。

 けど、「私を褒めて」「私にも構え」とか、ストレートには頼めない。

 そんなの、ただの告白だ。

 


 なにか。

 なにか、手立ては……。



 ……あ。

 そうだ。



あつしさん、プリキュ◯分かります?」

「だから、本当ホント、そういうんじゃ……!!

 ……なんだって?」

「プ・リ・キュ・◯。

 分かりますか?」

「まぁ……多少?」



 分かるんだ。

 テリトリーなんだ。

 まさか、2次コンかロリコンだったり、しないよね?

 ……後者だったら、もう私にオチて(以下略)。

  


「じゃあ、ハート◯ャッチは、ご存知ですか?」

「知ってるけど……」

「でしたら。

 4人の中で、誰が好きですか?

 コード・ネームや中の人ではなく、キャラ名でお答えください」

「……その質問、必要?」

「選択肢によっては」

「はぁ……。

 まぁ、月影ゆ」

あつしさんのタイプって、なろう系なんですねー」

「……じゃなくて、つぼ」

「安牌通り越して安直ですねー」

「……でもなくて、えり」

「変顔好きなんて、マニアックですねー」

「いつ◯ですっ!!

 い◯き、めっちゃ好きです!!」



 作戦成功。

 これで一希いつきは、脳内変換することで、間接的かつ大っぴら、それでいてバレずに、あつしからの「好き」をゲットした。

 思いっ切り誘導尋問だし、あつしでなければモロバレだろうが。



 なんという充実、達成、高揚感。

 あつしから、「自分いつきが好き」だという言質をもらえるなんて。

 しかも、そこまで誘導したのも、自分。

 これは、大手柄だ。



 といっても、今は有頂天だからセーフではあるものの。

 自宅のベッドに辿り着いた頃には、色んな後ろめたさで転げ回ってそうだが。

 それも、ともすれば部屋着ではなく、私服のまま。



 手を合わせ、目を閉じ、多幸感に包まれ、噛み締め、涙すら流す一希いつき

 一方、わけが分からず、及び腰になるあつし



「な、なぁ。

 一体、なんなんだ?

 ひとえさん」

「……」



 駄目ダメか。

 ここまであからさまにアプローチしても、通じないのか。

 あるいは、見て見ぬ振りに徹しているのか。

 もしくは、その両方か。



 なんにせよ。

 未だに『一希なまえ』呼びじゃない、一方通行なのは、面白くない。

 恥を忍んで、もう少し攻めてみるか。


 

「えいっ」



 あざとさの極みみたいな声で奮い立たせ。

 一希いつきは、あつしに肩ズンした。

 それも、ヘラってるでも、電車内でもないのに。



「……ひ、ひとえさん?」

「疲れてるんで、仕方しかたいですよねー。

 そんな所に、丁度い高さで立ってた、あつしさんが悪いんですからねー」

「ご無体な……。

 てか、その割には、今まで結構、喋ってたよーな……」

「気の所為せいです」

なんか、サラッと左腕に抱き付かれてる気が……」

「役得です」

「どっちが?

 しかも、むしろ、巻き付かれてる気が……。

 これ、俗に言わなくても、恋人繋つなぎってやつじゃあ……?

 あまつさえ、さっきから、その……。

 ……当たってん、だけど……」

「当ててんのよです。

 まさか、ご不満だとでも?

 私これでも、守真伊すまいさんよりかは大きいと自負してるんですが」

「なぁ俺これ次、なんて言っても地雷踏むってか、詰みじゃあねーかなぁ!?」

「罪深いですよねぇ、あつしさんって。

 年端も行かない女子大生に、ここまでサービスさせるなんて」

「ち、ちちちちが、違うかんなっ!?

 送り狼とか、そんなんじゃないかんなっ!?」

「だからこそ、間違ってるのになぁ」

「どゆことぉ!?」

うっさいです。

 早く、ゆっくり帰りましょう」

「矛盾!!」

「ところで。

 これからは、なるべく隠しごとしですよ。

 確かに、ちょっとは傷付いたんですから」

「ぜっ、善処します!!」

「さほど期待しませんし、してませんし、出来できませんけど」

「しろよっ!!

 してくれよ、出来できてくれよ、ちょっとは!!」



 腕を組みつつ、あつしをリードする一希いつき

 どうせなら、もう少し利用させてもらおう。

 今夜は徹頭徹尾、悪女であり続けよう。



あつしさん。

 ゴトハナは分かります?」

「お?

 おぉ」

「じゃあ、五つ子の中で、誰が好きですか?

 役名で、お教えください」

「……その質問、ひ」

おおいに必要です。

 選択肢によっては。

 私にとっては」

「……まぁ、み」

「私、歴史って苦手なんですよねー。

 いっつも赤点な所為せいで、トラウマになっちゃっててー。

 あと、抹茶ソーダもー」

「……に」

「今、ダイエット中でー。

 お菓子の話とか、したくも聞きたくないなー。

 あつしさんが作ってくれたのは、別腹ですけどー。

 あと、ツンデレって正直、オワコン染みてますよねー」

「……いち」

「もしかしてあつしさん、玉の輿狙いの主夫志望なんですかー?

 だとしたら、ちょっと幻滅かもですねー」

「……よつ」

あつしさん、二次創作とか受け付けない、『公式こそ正義』みたいな感じですかー?

 それはそれで、個人的にはりだと思いますけどー」

「五◯です、天下無敵の◯月派ですぅ!!」

「むっふっふー。

 そう来なくっちゃー」

なんなの!?

 なんで、そこまでこだわるの!?

 あるいはひとえさん、同担以外拒否とか、そういうの!?

 それ以外は、解釈違いだと!?」

「解釈違い起こしてるのは、あつしさんだけなんですけどね」

「だ〜か〜らぁ!!」



 そんな会話もしつつ、帰路に就く二人。

 泡沫の恋人ごっこを、月だけが見守っていた。


 



 結局の所、ごっこ遊びだった。



 一希いつきはさておき。

 あつしは、まったもって、そういうもりはかった。



 だからこそ、本気にさせようとした。

 自分が本気を、恋心を伝えることで、彼を射止めようとした。

 そのために、バンド練習も必死に打ち込んだ。



 にもかかわらず。

 苦楽を共にしたメンバーは当日、全員、ボイコットした。

 RAINレインのグループまで消え、音信不通となった。



 自分がしていたのは、恋人ごっこだけじゃない。

 どうやら、バンドや仲間も、ごっこだったらしい。



 薄々、感じていた。

 またしても、嫌われていると。

 インターンもしていたとはいえ、親の働く大手に内定していた自分は、やっかまれていたと。

 そうじゃなくても、こんな性格だし。



 でも、ハブにされるのは、ライブ後で。

 それまでは、どうにか保ってくれるものと、信じて疑わなかった。



 その結果が、これだ。

 本番数分前だというのに、ギターも、ベースも、ドラムも不在。

 るのは、一希ボーカルだけ。



 こんなんで、どう「歌え」というのか。

 あつしや両親も、誘ったのに。

 一月前から予定を開けて、折角せっかく、来てくれてるのに。



 まさか、こんな、『おじさま◯猫』みたいなことになるなんて。



「誰でもいから……。

 選り好みなんて、しないからぁ……。

 誰か……。

 誰か、助けてよぉ……」



 舞台袖で体育座りをして、涙ながらに訴える一希いつき

 


 当然、こんな自分に手を差し伸べてくれる人なんて、誰も……。


 

ひとえさんっ!!」



 ーーううん。

 た。

 というより、知ってた。



 こういう時、彼は。

 あつしさんなら絶対ぜったい、救ってくれるって。

 私からは、なにも言わずとも。



「なん、で……」

ひとえさんよりあとのバンドが先にってたから、妙だと思って!

 んで、文実に確認して、ここに!!

 てか、なんで言わねんだよ!!

 二度も俺に、あんたを見捨てさせないでくれよ!!

 そりゃ、一緒に練習してねぇし、歳も違ぇし、我ながらナルってるけどよぉ!!

 俺かて、ひとえさんの同僚!!

 確かに、偽りだらけかもしれんけど!!

 別に、なにかったわけじゃないだろ!!

 あんたと、俺は!!

 正真正銘の、『仲間』だろ!?」

「なか……ま……?

 あつしさんと、私が……?」

「そうだよっ!!

 少なくとも、俺の認識ではな!!

 それに、安心しろ!!

 ピンチ・ヒッターなら、もう用意したっ!!」

「……ぇ……?」



 一希いつきを説得するあつしの背中を、誰かが蹴り。

 そのまま、ピンヒールでグリグリと攻撃した。



「『用意した』、ですってぇ……?

 熱田にえたの分際で、このあたし随分ずいぶん、舐めた口、利いてくれるじゃない……!

 こんな緊クエ、問答無用で押し付けて来たくせにぃ!!」

「し、仕方しかたぇだろ!?

 仲間の一大事だぞ!?

 それに守真伊すまいさん、今日オフだろ!?」

「そうよ、オフよ!!

 しくも、不幸にもねぇ!!

 だってのに、なんだって、そんな大事な日に、休日返上で打ち込みなんてやらされきゃならないのよっ!?

 しかも、ボーカル以外、全パートを、5曲分もっ!!

 ブラックにた時の比じゃなかったわよ!!

 いくら、カバー曲とはいえねぇ!!」

「他に頼める人、なかったんだよっ!!

 シンセの経験者とか、身近には、あんたしかっ!!

 大体、前払いなら、高級クルトンで手ぇ打っただろ!!」



 そういえば、履歴書に『シンセサイザー』とか書いてた気が……。

 もしかして、それだけで、助けてくれたっていうの……?

 あれだけの仕事量を、あんな代償で……?

 あの守真伊すまいさんが、この私を……?



 これほどまでに、切羽詰まった状況で。

 あつしさんが、そこまで機転を利かせてくれたっていうの?



「もうい、邪魔、失せろっ!!」

「ぐぇっ!?」



 あつし目掛け、空中回し蹴りを放つ懐月なつき

 おかげあつしは、すっかり伸びていた。

 一希いつきも、思わず竦み上がった。

 対する懐月なつきは、「ふんっ」と鼻息を荒くし、髪を直した。



「このあたしを、ぞんざいに扱った報いよ。

 それより、ひとえ

「は、はいっ!」

「ビビらなくていわ。

 非効率。

 あんたには、なにもしないわよ。

 前述の通り、そこのドアホに命令されたので、仕方しかたく、協力させてもらったわ。

 セトリは網羅してるし、なんならオプションで、ソロをマシマシ、サックスやヴァイオリンもプラスしたわ」

「そ、そこまでぇ!?」

「当然よ。

 カラオケじゃないんだもの。

 人様の前でお披露目するなら、最低限のプロ意識は持たないと。

 それに、やるからには、勝ちに行くわよ。

 てなわけで、私も参加させてもらうわ。

 もう運営とも、そう話を付けてあるし。

 ついでに、そこの間抜け面も。

 昔、ドラム齧ってたらしいし。

 っても、私は演奏は初心者だし、あっちもブランクるから。

 あんた以外は、エアーだけど。

 どうする?

 それなら、一人じゃないわよね?」



 ……ひどい。

 本当ほんとうに、ひどい人だ。

 こんな好条件を、即席で押し付けて来るなんて。



 こんなの。

 心を開かない、わけい。



「……お願いします!!

 ……『懐月なつきさん』っ!!」



 大きく息を吸って、頼み込む一希いつき

 腕組みをしていた懐月なつきは、やや面食らったあと一希いつきの頭を撫でた。



「……馬鹿バカねぇ。

 この私に、バック・ログさせないで頂戴ちょうだい

 あんたは、歌う側なのよ。

 ステージに立つ前から、喉を酷使するんじゃないわよ」



 尊大かつ、寛大。

 そんな、相反しそうな態度を両立させつつ。

 懐月なつきは、一希いつきを抱き寄せた。



「……く、耐えたわね。

 ここまで、あきらめなかった。

 一人だけでも、やり通そうとした。

 負けなかった、曲げなかった。

 大した女よ、あんた。

 流石さすがあたしも、今度ばかりは完敗よ。

 特別に、ね」

「……懐月なつき、さ……」

「でも、覚えておきなさい。

 本当ほんとうにピンチの時は、迷わず、誰かを頼ること。

 あんた、もう少しで、あたしでさえ憧れる大手に務めるのよ?

 折角せっかくの大チャンスを、ふいにするんじゃないわよ。

 一部の知ったか共に、七光扱いされちゃうじゃない」

「……はいっ!!」

「だから、大声出すな」

「は、はいっ……」

「あと、妙な勘違いしてるようだけど。

 熱田にえた、もううちないから。

 あたしの幼馴染、婚約者と、ロールを交換したから」

「えぇ〜!?」



 一希いつきにデコピンし、説教と説明を終え。

 懐月なつきは、あつしの鳩尾に蹴りを入れ、失神を解除させる。



「ほら、熱田にえた

 いつまでもサボってるんじゃないわよ」

「あ……あんたが、そうしたんだろがぁっ!!」

「違うわ。

 あたしが今ここにるのは、熱田にえたの差し金。

 つまり、自業自得ね」

本当ンットに、あー言えば、こー言うなぁ!?」

「それより、熱田にえた

 どうせだったら、ど派手に暴れるわよ。

 何曲か、ツイン・ボーカルで行きましょう」

「ただ単に目立って優越感に浸りたいだけだろ、あんた!」

いじゃない。

 誰も迷惑しないわ」

「困惑はするがな!」

「お黙り。

 それに、熱田にえた

 最後の曲、あんたの十八番おはこだし」

「……え?

 うわ、マジだ!?

 すげー偶然っ!!」

「……そうね。

 大層、幸せね、あんた。

 色んな意味で」



 確かにトリは、あつしが一番、好きな曲だった。

 正確には、一希いつきが彼に確認し、後から意図的に足した曲である。

 彼に、想いを伝えるために。



 それはそうと。



「……あつしさん。

 なん懐月なつきさんが、あつしさんの十八番、知ってるんですか……?

 まさか、お二人でカラオケ行ったんですか……?

 それって、れっきとしたデートですよね……?

 仮とはいえ、彼女の私には、声掛けてくれなかったのに……。

 この前、『隠しごとし』って、確約してくれたのに……。

 実家に帰ったことも、教えてくれなかったし……」



 またしても、闇オーラを放出する一希いつき

 堪らず、あつし懐月なつきは、肩を揺らした。

 


 数秒後。

 一希いつきは物々しいオーラを鎮め、あつしに手を伸ばした。



「罰として。

 引き上げてください。

 拒否権はりませんし、与えません」

「……はい……」



 あつしに引っ張られ、立ち上がる一希いつき

 そのまま、三人でステージを見る。



あつしさん。

 懐月なつきさん。

 本当ほんとうに、ありがとうございます。

 それと……よろしくお願い致します」

「おうっ!!」

「承知したわ」



 円陣を作り、拳を突き合わせる二人。

 


 そうして三人は、数分後。

 後世にまで語られる、伝説のライブを披露するのだった。





「なぁ……?

 本当ほんとうに、るのか?」



 ステージの前で、ビクビクするあつし

 情けない姿を見て、一希いつきは嘆息した。



 こういう所、何年経っても、変わらない。

 結婚しても、提携しても、子供が出来ても、『オタカラ』がグローバルになっても。

  


仕方しかたいでしょ、あつし

 ゲストに来てくれって、頼まれたんだから」

「そりゃそうだけどよぉ、一希いつき

 にしたってだなぁ。

 俺達、別にプロじゃないぜ?

 ただ、『オタカラ』を広めた、ってだけだぜ?」

なに言ってるの。

 あれだけ、ハチャメチャなライブをした、幻のバンドなのに」

い意味でな!?

 主に、守真伊すまいさんが無双したって意味でな!?」



 その呼び方、まだ変わってないんだ。

 もう、『礎良部そらべ』に改姓したのに。

 だからといって、名前呼びされたら、それはそれで腹が立つんだが。

 


「パパッ!!

 文句言わないっ!!」



 日和ってるあつしの背中に、ヤクザキックを噛ます娘。

 父を踏んづけつつ、睦希むつきはふんぞり返る。



「いつまでグダグダしてるのよっ!

 もう、ライブ直前なのよ!?

 それとも、なに!?

 可愛かわいい愛娘の、折り入っての頼みを、聞けないっての!?」

可愛かわいい娘は、父親を足蹴になんかしねぇんだよっ!!

 てか、いっつも言ってっけど!

 なん守真伊すまいさんに似てんだよっ!!

 どうせだったら、一希いつきに似ろよっ!!」

「パパがしっかりすれば済む話っ!!

 いから、行くのぉ!!

 懐月なつきさん、もう待ってるんだから!!」

「いててててっ、首っ!!

 首は、めて差し上げろよぉっ!?」



 首根っこを掴まれ、強制連行される父。

 それを一希いつきが止め、かがみ。



 そのまま、彼にキスをした。



「なぁっ……!?」



 不意打ちを食らい、真っ赤になるあつし

 面白い反面、不服である。



「まだ慣れないの?

 もっと恥ずかしいこと、何度もしてるくせに」



 熱田にえた あつしとは、極度の恥ずかしがり屋。

 それでいて、始まりの男。



 彼は、そんなダーリン。

 名付けるならば、『ハジダリ』である。



「今よ、睦希むつきっ!!」

「ママ、ナーイス!!

 容疑者、確保ぉ!!

 さぁ!! 行くよ、パパッ!!」

「い、一希いつき手前てめぇ!!

 図ったなぁ!?」

あつしが、煮え切らないからですー。

 べーだ」




 一希いつきは、そんなハジダリと、これからも生きて行く。

 愛する娘、仲間と共に。

 笑って、笑って、生きて行く。



 一途な希望を、常に宿して。

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タジダリ ータスクイーンとネッシンシー 七熊レン @apwdpwamtg

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