灯火

@-key-chan-

第1話

  私は欠陥人間だ。


 今までの人生で同じ欠陥を持つ人と出会ったことはまだない。

あえて探そうとしたこともないし、出会ったところで私自身どうしたいのかも分からない。

誰からも共感は得られないだろう。

幼い頃には察していた。だから誰にもこのことを告白したこともない。

 けれど時々ふと想像してみる。

この広い世界のどこかに、私を理解できる人がいるのではないかと。


「紗江ちゃんすごーい、また100点だ!」

幼馴染の美紀が大声をあげた。悪気がないのは分かっている。でもこの子は少し空気が読めない。よく言えば天真爛漫というやつか。

正反対のタイプだからこそ私たちは一緒にいられるのかもしれない。

 クラスメイトが一斉に私たちの方を向く。

ああ、まただ。今回はどう言い訳をしようか。 

「紗江ちゃんまた100点だって!あったまいいー!」あの子がこれを言うのは3回目。

「塾行ってるの?」こっちの子は2回目。

「きっと生まれつき頭いいんだよ。」

あ、これは初めてだな。

「女子うるせーよ。」あいつは毎回こう言う。

私は少し考えて3ヶ月前に使った言い訳をまた使った。

「お父さんに勉強見てもらってるから。」


「紗江ちゃんのお父さん先生だもんねー。

いでんだよ、いでん。」美紀が得意げに言う。遺伝という言葉を最近覚えたらしい。

「そんなのズルじゃん。」

「なにがズルなのよー!」

あいつと美紀がまた喧嘩を始める。

頼むから勝手に人のことで揉めないで欲しい。


「静かにしなさーい。」先生の一言で

皆慌てて黙る。 

ここまでがテスト返却時のお約束。

100点なんてなにも嬉しくない。


 5年生のある日、テスト中に私はふと思い立って解答欄をひとつ空欄にしてみた。

そのテストが返却された日、それが私の人生の分岐点になった。

その頃になるとさすがに美紀も毎回は騒がなくなっていたが、私のテストを覗き込み絵に描いたように驚いた顔をした。

「紗江ちゃん具合悪かったの?」

美紀の様子に周りもただならぬ空気を感じたようだった。

「ううん、分からなかっただけだよ、最近あまり勉強してなくて。」

クラスメイトがざわつき出す。

「紗江ちゃん100点じゃなかったの?」

いつも、あったまいいー!と言う子だ。

「95点だったよ。」私の一言にクラスがどよめいた。

「うそー!」 「そんなことってあるのー?」


「静かにしなさーい。」

結局先生の台詞はいつもと同じだった。

「95点で騒ぐなよ。たいしてかわんねーじゃん。」あいつは意外と一番大人かもなあ。

もしかしたら慰めてるつもりなのかも。

そんなことを考えながらふと教室の端に目をやると、数人の女子がこちらを見てニヤニヤとしていることに気が付いた。

一瞬意味がわからなかったが、すぐに見てはいけないものを見てしまったような気分になった。

私が毎回100点を取ることを、よく思わない人がいること、100点を取れないことを喜ぶ人がいること。妬みという感情をはっきりと感じたのだ。

私は腹が立った。笑われたことではなく、毎回100点を取ることを単純に羨ましがることにだ。出来ることなら代わって欲しかった。


 しかし、思った以上に簡単に私は生きるコツを得た。それからは100点は3回に一度くらいにし、中学生にもなるとさりげなく間違えて80点代を取ることも覚えた。


それだけではない。皆が口にしなくなったことは無かったことのように振る舞うべきだと分かったのだ。私にしてみれば不自然なことだが世間では普通のことらしい。

それがどうやら〝忘れる〟と言うことなのだ。


 そう私には〝忘れる〟という能力が無い。





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