別れさせ屋

結騎 了

#365日ショートショート 349

 今日の俺、つまりスティンガー誠の仕事は、あの女を惚れさせることだ。

 そう、俺は別れさせ屋。あの女の彼氏の依頼で動いている。彼氏くんがどんな思惑で別れを望んでいるのか、それは分からない。不安そうな顔で俺に依頼をしてきたが、その真意はむしろ知らなくていい。俺はただ仕事をこなせればいいのだ。依頼人の背景など知ったことか。

 これから、道を歩くあの彼女さんに声をかけ、俺の美技で惹きつける。ちょちょいのちょいで、俺に夢中になるだろう。あとは、ホスト時代の経験で少し本気にさせてやればいい。向こうから、彼氏に別れを申し出るはずだ。

 さて、始めるか。よう、そこのお姉ちゃ……

「ねぇ、そこの君。お姉さんとお茶でもどう?」

 まさか。話しかけられた。このタイミングで。

 なんだこの女は。どこぞの女スパイのような漫画じみたプロポーションに、ブロンドの髪、絵に描いたような色香。イイ女であることは認めよう。しかし、なんだって道端で急に話しかけてきたのだ。

「あ、お前、もしかして」。そういえば、噂で聞いたことがある。「まさか、別れさせ屋阻止屋だな!?」

 女は目を伏せ、堪忍したかのように笑った。サスペンスドラマの犯人の自供シーンを見せられているようだ。

「ふふふっ、バレちゃあしょうがないわね。そうよ。私はあの女に雇われた別れさせ屋阻止屋。自分の彼氏が別れさせ屋を雇うことを見越して雇われた存在よ」

 なんということだ。同業者、いや、商売敵と出会ってしまうだなんて。

 しかし、俺はスティンガー誠。俺ほどの男が、たとえ商売敵であろうと、女に遅れをとるわけにはいかない。

「まあ待て。ここはどうだ、結託といこうじゃあないか。まずは君が俺を阻止する。君は依頼人から報酬を貰い、それを俺に連絡する。その後に俺はあの女を落とす。そういう段取りで進めようじゃあないか。上手くタイミングをずらすのだ。それならば、俺も今日は無理に口説きにはいかない。どうだい、余計な汗はかきたくないだろう?」

 一理ある、といった様子で女は顎に手をあてた。

「あの、お姉さん。このおいぼれに道を教えてはくれんかね」

 まさか。今度はこの女が話しかけられた。このタイミングで。

 なんだこの老人は。杖をついたヨボヨボの爺さんじゃあないか。

「いくらなんでも不自然だぞ、お前、何者だ」

「いいからアンタは行くんじゃ。仕事があるんじゃろ」

 なんということだ。あろうことかこの爺さん、俺に目配せをしやがった。まさか。ま、まさか。

「なんなのあなた。私の邪魔をしないでよ」

 さすがに女も戸惑っている。

「やい、正体をあらわせ。爺さん」

 しわくちゃの口元はにんまりと微笑んだ。

「お察しの通り。別れさせ屋阻止屋阻止屋じゃよ」

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