俺、味噌を探す。

「おはよう!約束通りやってきたぜ!」


 


 開店初日、店の扉にある鈴を初めて鳴らしたのは向かいで時計屋を営んでいるガフさんだった。彼は開店準備中に色々お世話になった人で、こちらの世界でのしきたりや、日用品を揃える方法などを教えてもらった。彼いわく、『困ってるやつは何も聞かずに助ける』が大事なんだそうだ。




「ガフさん、おはようございます。」


「初日から大盛況……ってわけでもなさそうだな。」


「ガフさんが初めてのお客様です。」


「おっ、俺が初めての客なのかい?そいつは嬉しいじゃねぇか。とりあえず水とラクを貰おう。」


「はい、分かりました。」




 ラクというのはケーキのようなもので、水と一緒に出すのが普通なんだそうだ。




「それで、あんちゃんよ。ここは何でも悩みを解決してくれるってじゃねぇか。」


「はい、それが売りです。」




 ガフさんは、少しにっこりすると。




「だったらよ、あのヘレナ姉ちゃんを振り向かせてくれよ。」


「え……」


「わっはは!冗談だよ!」




 ガフさんはこういう微妙な冗談を言うから苦手だ。






「それでよ、本題なんだが。」


 


 ガフさんは懐から古びた紙切れを取り出した。




「ここに書いてあるスープ、こいつを作ってくれねぇか?」




 俺は目を疑った。




「みそ……」


「そう、ミソルだ。」




 確かに古い紙なせいかよく読めないが、そこに書いてあったのは紛れもない味噌汁のレシピだった。




「こいつはこの国でも伝説とされててな、ずっと前から国王様がこれを作ったものには褒美を与えるなんて言ってんだ。でも、誰も成功したやつはいねぇ。そこであんちゃんの出番だ。」


「オレがこれを作れと?」


「天下のアサギリ書店さんだろ?お手並み拝見といこじゃねぇか。報酬は弾むぜ、期限は2週間だな。」




 そう言うとガフさんは立ち上がって、高笑いしながら帰って行った。またからかわれたのかもしれない、そう思って俺はヘレナ達に聞くことにしたのだが。




「ミソルですか!?こんなの無理ですよ!」


「無理なのか?」


「国中の料理人が本気出して作ってもダメだったんです。そんなの私たちじゃ……」




 そういったのはレナだった。どうやらガフさんの話は本当だったみたいだ。




「ねぇねぇ、アサギリさん。これ、味噌汁じゃない?」




 そういったのはヘレナだ。




「だよな……てかヘレナ、味噌汁知ってたのか?」


「教会で暇な時間は下界の人達の生活を見ていたんです。アサギリさんが高校2年生の時に振られたのも……」




 なんで、そんなとこみてんだよ……


 そんなやりとりを聞いていたレナは




「ミソシル……?ミソルじゃなくて、ミソシル?なんですか、それ?」


「あ〜、ミソシルは味噌汁だ。」


「意味わかんないです」




 こっちの世界には無い食べ物だもんな。理解できないのも無理は無い。




「あ〜、スープなんだけど。」


「それは分かってます。」


「その、飲むとあったかくてポカポカするんだよな。」


「飲んだことあるんですか!?」


「まぁ、材料さえあればつくれるけど……味噌なんてないよな?」


「ミソ…聞いたことないですね。」




 結局、ミソルの招待は予想出来たものの材料がないがために作れない状況になってしまった。


 その日の夜、俺はこの世界の料理本を読んでいた。この世界の料理は多種多様みたいで、豆腐などの味噌汁の具材に代用できそうな食材もあった。しかし……




「味噌がねぇ!」




 味噌らしき味噌はどのページを見ても見つからなかった。味噌がなくては味噌汁ができ上がるはずもない。俺はベットに横になり頭を悩ませてしまった。




 気づくと俺は見慣れない本棚の前にいた。並んでいる本を眺めているとある本が目に止まった。




[世界の食材]




 その本を手に取ってなかを見ると、見覚えがあるものからないものまでさまざまな食材が載っていた。


 


「ハーミル…ヘチマ…みかん…」




 順々にページをめくっていくとあの食材も載っていた。




 [味噌]




 俺は味噌のページを眺めながら本から出てこないかななどと考えていたら、ふいに声が聞こえた。




「使う?」




 あの声だ、炎に包まれた時に聞こえた。辺りを見渡すも誰もいないが、その声ははっきりと耳もと、いや脳内に響いた。するともう一度聞こえてきた。




「使う?」


「誰なんだよ!」




 しかし返答はなく、また。




「使う?」




 俺は怖くなったのと同時に、好奇心にも駆られた。




「使う?」


「あぁ、使うさ!君は誰なんだ?」




やはり、声はその質問に答えることはなかった。そして一言俺に語りかけた。




「では、また。」




 気がつくと俺はベットに横になっていた。どうやら寝ていたらしい。




「なんだよ、夢か……」




 少し残念な気持ちになりながら、体を起こすとヘレナが向かいのベットに座っていた。




「アサギリさん……それ、どうしたの?」


「え?なんの話?」


「その、膝に乗ってる……」




 俺は目線を膝に移すと、そこには市販の味噌があった。

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