ホワイトクリスマスにお別れを

アールケイ

さよなら

 赤くなった指先を自分の吐息で温めながら、彼氏の隣を歩く。

 雪降る夜の町は、キラキラと耀くクリスマスのイルミネーションに照らされて、まるでそれは私たちを祝福してくれてるようだった。

 彼の次の一言までは。


「別れよう」


 どうして? なにかいやなところがあった? それなら言って? 直すから。円形広場の真ん中で私はそんなことを思う。

 今では光り輝くイルミネーションも、ただただ恨めしい。

 けど、終ぞそれらが口から発せられることはなかった。

 だって、最初に別れを告げたのは、私なのだから。

 真っ白になっていく世界を見て私は、「退屈」と、そう思うのだった。

 彼がいなくなってしまったこの場所で。


 ☆


 高校二年生の春、私はクラス替えに戸惑いながらも、一人窓側の席に座っていた。きっとつまらなそうな顔をしていたと思う。

 実際、何一つ面白いことなんてない。

 小学生のころはよかった。ただ自分の好きなものを夢に見るだけだったから。

 中学生のころはよかった。ただ我武者羅に勉強するだけで時間は過ぎたから。

 でも、高校生になって、私は否応なく現実というものに直面することになった。

 夢なんて見てる暇のない、勉強してるだけじゃ埋まらない、そういった現実という全てが私にのしかかった。

 それは私には重すぎて、追いかけるだけで精一杯な日常は退屈に変わった。

 今もクラスで孤立しゆく現状を自覚し、取り残されていくことを実感する。それでも私は悠然と窓から見える、なにもない、なんてことない校庭を見ている。

 まるで、シンデレラにとっての魔女が現れるのを待つかのように。

 現実は非常にもそうはならない、そう理解しているのに。


 それから私は一人取り残された。勉強で精一杯だからと自分に嘘までついて。

 気づけばもう秋も終わり。つくづく自分が嫌になる。

 けど、そんな私にも彼氏ができることとなった。

 文化祭最終日、違うクラスの男子から告白された。その人は私と違い、熱かった。

 現実なんて軽く跳ね返す勢いのある彼は、私への告白も「好き」という言葉一つで片付けた。

 だから最初はウソだとも思った。色づく世界を持つ彼に、私は不釣り合いだと、そう感じたから。

 けど、彼の熱は私までもを取り込んでいった。

 気づいたときにはそう言っていた。


「私でいいのなら」


 それからデートにも何回か行った。

 初めて手を繋いだのはたしか、二回目のデートだった。慣れないことに二人して顔を紅くしたのも今では良い思い出だ。

 けど、私はある日、そんな彼に別れを告げた。今までありがとうの思いを込めて。

 そんな私に、彼はなにも応えてはくれない。

 私は泣きながら、それでいてどうしようもない、どこにも行き場のない感情を全て押し殺すようにして、私は彼を見つめる。

 なにも言わない彼に私はもう一度こう言った。


「さようなら」


 その日の次の日、彼は私の家に来ていた。理由は簡単で、クリスマスまでは一緒にいようという話だった。

 一方的に別れを告げたはずの私は、そんな彼の言葉に泣いて喜んでいた。嬉しいという感情が胸からはち切れそうだった。

 それからも彼と色んな場所に行った。どこも楽しく、幸せだった。

 彼に別れを告げたことなんてもう、忘れていた。もうずっと、この関係が続けばいいと思った。

 たとえ、それがどんな関係であっても。

 周りの人から白い目で見られても。

 他人から無駄に注目されることになっていたとしても。

 それでも関係なく、この関係は続けていたかった。

 だけど、クリスマスは否応なくやってくる。

 私はその日、初めて彼とデートした服装で彼の待つ円形広場へ向かった。


「待った?」


 私は一人寒そうにする彼にそう声をかける。


「5分ぐらい?」


 彼は冗談を言うように笑いながらそう言う。コロコロと表情を変える彼が、私は好きだった。


「とりあえず、喫茶店にでも行こうか? それともどこか行きたい場所でもある?」


「お昼ごはんまだなの?」


 私はすでにお昼は済ませていた。夜ごはんは私の家で、なんてことを思いながら彼にそう聞く。


「もう食べたよ」


 彼は冷たい声でそう告げる。

 そんな私たちのやり取りのどこかが面白いのか、近くを歩く人たちはちらちらとこっちを見る。そんな面白いものでもないだろうに。

 私はそう思いながらも、これからどこに行こうか悩む。

 そして、私はクリスマスだからという理由でどこに行くか決める。


「ショッピングモールに行こうよ。実は欲しいものがあってね」


「了解。それじゃ行こっか?」


 そう言って、彼は手を差し出してくれる。その手を私は握るけど、どこか冷たかった。


 目的のものを手にした私は上機嫌に彼の隣を歩いていた。

 左手でなく、右手の薬指にはめられたシルバーリング。キラリと耀くたびに幸せを感じる。彼に選んでもらったお気に入りだった。

 ショッピングモールから出ると、外は雪が降っており、すでに暗くなっていた。

 午後4時30分を少し過ぎたくらい。冬を実感せずにはいられない。

 クリスマスのイルミネーションが町を照らし出す。祝福の光だ、なんて思う。

 それからほどなくして最初の待ち合わせ場所に着いた。


「別れよう」


 その言葉のあと、私は気づけば一人だった。

 なにを思ったのか、それすらも覚えていない。まるで、それは魔法のようで……。

 そして私は忘れていたことを思い出す。

 彼が死んだという、思い出したくもない事実を。

 不慮の事故だった。

 私は耐えられず、その場で泣き崩れてしまう。辛い。

 今までの幸せは、土砂崩れのように流されていく。

 そんなとき、右手の薬指のシルバーリングが目に入った。魔法が見せた幻想であっても、私が本物のだと思った彼が選んでくれたシルバーリングが。

 泣いている、悲しい私の元に訪れた本物の彼。見るに見かねた彼がクリスマスまで私を支えてくれた。そんな気がした。


 私は一人家に帰ると、母親から「これ、あんたに届いてたわよ」とそう言われ小包みを受け取る。

 なんだろうと思いながら、簡素な自室でそれを開けると、そこには私の右手の薬指にはめられたものと同じシルバーリングが入っていた。私の世界はまた、色づいた気がした。


 ☆


 30歳になった私は未だに独身だった。きっとこれからも独身なのだろう。

 けど、私は死んでしまった彼を愛している。これまでも、これからも。私に色をくれた彼を忘れない。忘れられない。

 そんな私を周囲の人は可哀想な目で見る。

 けど、私は毎日が幸せだった。

 彼とまた会えるその日を楽しみにしながら。

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