外伝 ホカンキョリ

男達の恋愛(たたかい)

「はぁ……」



 紅羽いろはを一人、置き去りにして部屋を出。

 普段は健康の為に階段ばかり使う自分にしてはめずらしく、疲れていた所為せいかエレベーターに無意識に乗り。

 マンションの玄関を抜け、完全に視界で捉えられなくなった頃。



 社岳やしろだけ 流星ながとしは一人、夜のベンチに座り込み頭を抱えていた。

 悲しいかな、その冷たさが、今だけはなんとも心地良く、救われた気がした。



「大丈夫ですか?」



 そう言いつつ、流星ながとしにジュースを差し出す青年。

 彼が驚きつつも顔を上げると、そこには教え子であり、飲み友達。

 そして数日前からは協力者の、宮灯原みやびはら 風月かづきの姿がった。




「……頂きます。

 どうして、ここが?」



 流星ながとしが受け取りつつ質問すると、「隣、失礼しゃっす」と一言添え横に座り、風月かづきは語り出した。



「この前、二人で呑んだ時に、言ったはずです。

 『紅羽いろはさんは、あなた一人じゃ手に負えないし、理由は言えないけど、その辺りを承知で舞桜まおはお二人に何も教えないと思うので、せめて俺には協力させてください』って。

 これも、協力のうちです」



 そう。

 流星ながとし風月かづきは数日前、彼と紅羽いろはが出会った翌日に、二人だけで呑んでいた。

 彼と一杯行く時は、いつも決まって舞桜まおがセットで付いて来てて、どちらかだけの時はかならず、相手に知られたくない話をしていた。



 ゆえ流星ながとしは、『二人だけでもいですか?』という趣旨のメッセージを受け取った時点で、ただならぬ不穏な空気を感じ取っていたのだ。



 で、蓋を開けてみたら、風月かづき風月かづきで、詳しいことあまり教えてはくれず。

『健啖家』だとか『ポテトや揚げ物、それからグルメ·ツアーが好き』だとか、それくらいしか教えてくれず。

 他に気になった点がるとすれば、今更ながら住所を聞かれたくらいだろう。



 流星ながとしは、どこか自分を試している節がように思えてならなかった。

 が、それは彼が、裏でひそかに助言してはいるものの、みずからの幼馴染おさななじみに対して義を尽くしているという裏返しでもあるので、特に触れずにいた。



 で、そんな少ない情報で彼は、落ち込んだ流星ながとしが近くの公園に来て、自責の念に襲われながら途方に暮れることを予期し。

 こうして、待ち構えていたというわけだ。



「君は……中々に恐ろしいですね」

「先生と紅羽いろはさんがチョロぎるだけです。

 さて、そんなことより」



 ペット·ボトルの中身を飲み干し、きちんと分別した上でゴミ箱に向けて投擲する風月かづき

 2つの物体は、それぞれに綺麗な弧を描いて別々のゴールに入り。

 その音をゴング代わりに気を引き締め直した風月かづきが、無邪気な拍手を送る流星ながとしを真顔で、正面から捉えた。



「トホホに暮れてる場合じゃないですよ、先生。

 作戦開始と行きましょう。

 い加減、あの風来坊にも、本気で身を固めてもらわないといけないんで。

 先生も大方おおかた紅羽いろはさんのこと、憎からず思ってるでしょう?

 正解ですよ。ただ構ってちゃんしてるだけなので。

 しかも、あっちも先生に惹かれつつあるんで、お年頃ならぬオトシ頃ですよ」



 と思ったら、いつも通り。

 上手いのか面白いのか判別の難しい、限り限りギリギリ通じる類の、奇妙で微妙な造語が出始めた。

 流星ながとしは内心、かなりホッとした。



「わ、分かりました。

 ご指導ご鞭撻のほど、お願いします」

「ま、何とかしますよ。

 現実の恋愛とは無縁ですが、紅羽いろはさんの攻略となれば話は別なので。

 小舟に乗ったもりで、任せてください」

「は、はい!

 ところで、あのぉ……それって、本当ほんとうに大丈夫なんでしょうか……?」

「泥舟よりかは増しマシですし」

「い、いや、まぁ……」



 そういう問題ではない気がしたが、これ以上、否定的な反応を見せて機嫌を損ねても困る。

 なので、流星ながとしは口を噤んだ。



「そこで、俺の出番なんスね」

「おわっ!?」



 二人だけとばかり思っていたベンチの裏からノソッと、まるで熊のような大男。

 というか絶賛、受け持ち中の生徒、夜的崎やまとざき 空晴すばるが姿を見せた。



 吃驚びっくりあまり、流星ながとしは二人の顔を交互に見始めた。



「え、え!?

 何故なにゆえ!?」

「これからの作戦にもう一人、寡黙な協力者が欲しかったんですよ。

 で丁度、ここに来る前に最適な男が見付かったんで、駄目ダメ元で説明、交渉してみたら、乗ってくれました。

 先生の知り合いってのも好都合ですし。

 あと、意外に芸達者ですし。

 クールなんだけど、静かってだけで決して冷たくも棒読みでもなく、決める時には決めてくれるっていう、最高の塩梅ですよ」

「うっす。

 俺も、先生には日頃、良くしてもらってるんで、恩返し出来できたらなって」

「ってことらしいです。

 自慢の生徒、立派な教師っりじゃないですか」

「そ、そんな、滅相めっそうもない……。

 僕はただ、一杯一杯なだけでして……」

「ま、ま、ま、そう言わずに。

 ほい、握手、握手」



 風月かづきに導かれるままに、二人は握手を交わした。

 そしてスクラムを組む。



「じゃあ、作戦の説明だ。

 ずヤマトは、『入ったばっかのバイト』ってていで、芋と麦を常に間違える。

 で、あの人間不信のことだ。

 確実に、『最後にそれの外す方に賭けを持って来る』だろうから。

 そこでは、バッチリ決める。

 いか?」

「委細承知っス」

「固いのか砕けてるのか分からんが、まぁい。

 で、先生。キツいでしょうけど、先生はしばらく控えててください。

 俺が紅羽いろはさんの本音を片っ端から引き出すんで、それを踏まえた上で、あなたの本音を、あなたの言葉でぶつけてください。

 そこまでシナリオ、作戦通りで行くと、流石さすがに向こうの神経を逆撫でしちまうんで」

「あ、アドリブですか?

 すみませんが、些か不安ですね」

「そんな重く捉えなくていですよ。

 先生らしく、ドーンと当たればいだけなんで。

 信頼、信用してるんで」

「同感っスね。

 先生は普段からバフかかり捲りなんで。

 下手ヘタに飾るよりも、ありのままストレートに行った方が余程よほど、効率、効果的っス」

「は、はぁ……」



 よく分からないが、好意的ではあるらしい。

 なので、流星ながとしは二人を信じることにし、覚悟を決めた。



「もう少しで親父が、あの質の悪い酔っ払いに手を拱く頃だ。

 このままじゃ、ターゲットが逃げるのも時間の問題。

 俺達の領分じゃなくなるのは、流石さすがに分が悪い。

 一発で決めるぞ。

 それと、先生。

 あとから追求されるの恥ずかしいんで、俺からは『電話しか受け取らなかった』って設定で一つ。

 待ち伏せは、無しの方向で。

 いきなり先生が現れたってだけで向こうは取り乱すんで、明らかに苦しくなければ言い訳を通せると思うので」

押忍おす

「お、押忍おす



 一通り概要を説明したタイミングで、風月かづきは二人から離れ、真ん中に向けて右手を伸ばす。

 意図を取った二人も続き、三人は右手を重ねた。



「行くぜ。

 あの分からず屋に、たっぷりと熱いお灸を据えたらぁ」

「あ、あのぉ……どうか、お手柔らかに……。

 決して悪いかたではないので……」

「どっちスか?」

「両方だよ」

「ロジャっス」

「いや、察しっ!?

 話、はやっ!?

 理解力と適応力っ!」

「ところで。

 夜的崎やまとざきくんは、なにをしてたんですか?

 宮灯原みやびはらくんに声をかけられる前は」

「彼女作りっス」

「おまっ……!?

 一晩で二カップルも作ろうってのかよ!?

 どんな猛者だよ、とんでもねぇな! 願ったり叶ったりじゃねぇか!

 あとでID教えろ!

 これで手放すには惜し過ぎる逸材だ!」

むしろ今でいっスよ」



 こうしていくつか懸念事項を残しながらも。

 男達の恋愛たたかいが始まったのだった。

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シャカンキョリ ー三姉妹(かとりけ)の再生ー 七熊レン @apwdpwamtg

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