最終話:ハッピーエンドを君に
ああ、ようやく分かった。
十二単さんは、実は僕と同類だったんだ。
クラスの人気者だったから全然気が付かなかったけれど、実際は僕と同じ、主役になろうとしない人。
他人を気にして、自分の想いを殺してしまう人。
しかも猫を助けるために自分の命まで投げ出しちゃったんだから、僕よりも相当レベルが高いよね。
おまけに今は僕の『ありがとう』って言葉に満足して消えようとしている……そんなの……そんなの!
「十二単さん、このまま消えちゃうなんてあまりにもミジメすぎない?」
気が付けば僕はそんなことを言っていた。
「なにそれ? ミジメってどういうこと?」
「だって分かっちゃったんだよ。十二単さんって実は随分とちっぽけな人だったんだなぁって」
「……あたしがちっぽけ?」
「だってそうでしょ? 一見すると人気者のように振舞っているけど、実際は誰からも嫌われないように行動しているだけで、そのせいで本物の人気者な伊原君と付きあうことも出来なくてさ。それでも誰かに認められたくてツイッターであんな裏アカを作ってたのに、結局10万フォロワーもいかなくて。おまけに僕みたいなザコ一匹を幸せにしてやったぐらいで満足して、ドヤ顔で天国に行こうとしてるんでしょ? これってすごくミジメだと思うけど?」
自分でも驚くぐらい饒舌に話すことが出来た。
逆に十二単さんの方が「な、な、な……」とどもるぐらい、その効果は絶大だ。
消えかかっていた姿は……よし、さっきと比べたらちょっとマシになってる!
いいぞ、だったらここからが本番!
「僕、ここに来るまでに考えてたんだ、十二単さんがどうして裸なのかって」
「はぁ? 今度は何の話!?」
「裸なのはきっと十二単さんの願望だったんだよ」
「おい! 今度は露出狂呼ばわりか!」
「違うよ。そういう意味じゃなくて、十二単さんは心の奥底で本当の自分を見せたいし、見て欲しいと思っていたんだよ」
そう、彼女のこれまでの人生は周りに配慮するあまりに、どんどん自分の本心を隠すものだった。
周りに配慮出来るのは美徳だと思う。だけどそれも度が過ぎると問題だよね。僕みたいに対人恐怖症になっちゃったりするし。
そして十二単さんは自分自身を上手く表現できなくなってしまったんだと思う。
周りとの友和を重視するあまり、どんどん自分そのものをコーティングしていって、気が付けば名前通り
そんな自分を十二単さんは今一度リセットしたかったんじゃないかな。
本当のあるがままの自分になってみたいと思っていたんじゃないかな。
そんな想いがきっと全裸という形になって現れたんだ。
「僕、初めて十二単さんが素っ裸で現れた時のこと、今でもよく覚えてるんだ」
「そうよね、あんた、よくあたしのことをオカズにしてたし!」
「そういう意味じゃなくて! 十二単さん、裸なのに全然恥ずかしそうにしてなくて、逆にどこか清々しいような表情をしていたよね」
「え?」
「なんか前からこうしてみたかった、みたいな顔でさ。あ、もちろん露出願望があったとかそういう意味じゃなくて、本当の自分自身をみんなの前にさらけ出してみたかった、みたいな」
むぅ、言い方が難しい。どう言ってもなんだかこう変態っぽくなる。
「……それがあんたの言う、全裸な理由の根拠?」
「うん」
「でもさ、それだったらどうして本当に見て欲しいひかるんや、伊原にはあたしの姿が見えなくて、なんでモブ男にだけ見えるのさ? おかしいじゃん。言っとくけど、以前にあたしがあんたがモブだからってのは、あの場凌ぎの大ウソだよ? あたしだってなんであんたにだけ見えるのかなんて分かんないよ! なんで!? なんでなのよ!? なんであたしはみんなに本当のあたしを見て欲しいのに、なんでモブ男にだけしか見えないのよッッ!?」
「それは……」
やっぱり十二単さんは、死んじゃっても十二単さんだったからだよ。
「……え?」
「死んじゃって本当の自分にリセット出来たのにさ、それでも誰かのためになってあげたいって……十二単さん、マジでお人好しすぎない?」
「誰かのためって……べ、別にあたしの姿が見えたからってモブ男の為になるわけでもなんでもないでしょ!? だ、だってあたし、あんたにはその、色々と迷惑もかけたし……」
「そうだね。でも、裸のクラスメイトの幽霊が見えるなんて、それってラブコメの主人公じゃないか。僕、モブキャラだったのにさ。それが十二単さんのおかげで主人公にしてもらえたんだよ」
「ウソ……そんな理由なの?」
ぶっちゃけ、僕にもよく分からない。
ただ事実として僕は十二単さんに助けてもらった。それまでのモブ人生から、自分自身の人生の主人公に引っ張り上げてもらった。
十二単さんはまさに人生の恩人だ。感謝してもしきれない。
だから今度は僕の番。僕が彼女をヒロインに引き上げるんだ!
「でも、僕がラブコメの主人公だとしたら、この物語のヒロインは誰だと思う?」
「それは……ひかるんでしょ。なんたってモブ男の彼女なんだし」
「違うよ。光ちゃんは確かに僕の彼女だけど、物語として考えた時のヒロインは光ちゃんじゃなくて十二単さんだよ!」
「…………でも、ヒロインはヒロインでもあたしは」
「十二単さん、お願いだからもっと素直になってよ!」
十二単さんの言葉を遮って僕は叫んだ。
彼女の口から「悲劇のヒロイン」なんて言葉を聞きたくなかったし、何より言わせたくなかったから。
そうだ、十二単さんをそんなものにさせてたまるかっ!
僕がこの物語の主人公なんだとしたら、その終わりは絶対にハッピーエンドがいいっ!
「素直に……?」
「そう! 十二単さんは本当はどうしたいの? どうなりたいの? 僕を幸せにして自分は消えちゃっていいの!?」
「いいわけないじゃん! あたしだって本当はもっとみんなといたいよ! でも!」
「そうだよね! 光ちゃんともっとおしゃべりしたいよね! 伊原君ともっと一緒にいたいんでしょ! だったら!」
「だけどもうダメなんだよ! 分かるんだよっ、神様がね、あたしを呼んでるんだよっ! もう時間だって! こっちに早く来なさいって!」
「神様なんてどうだっていいよっ!」
神様、暴言ごめんなさい。
でも、どうしても彼女には……十二単さんには幸せになってほしいんです。
僕は十二単さんを抱きしめる。
相変わらずその身体を触ることはできないけれど、そうすることで彼女に少しでも力を与えることが出来たらと願った。
「神様だろうがなんだろうが、どうだっていい! それよりも十二単さんがどうしたいのかが重要なんだよっ!」
「そんなの決まってるじゃん!」
そして十二単さんが自分の願望を声高に叫んだ。
その声はこの広い公園の隅々まで鳴り響くほど大きいけれど、これまでは僕にしか聞こえなかった。
だけどようやく彼女が本気で、誰にも気兼ねすることなく、本当の自分の願望を言葉にしたんだ。
その声よ届け、神様のところへ。
その声よ轟け、この世界に。
その声よ導け、正しき運命に。
そしてこの声を聞け、彼女の大切な人たちよ!!
「信男君!」
ふいに遠くから名前を呼ばれた。
振り返ると光ちゃんがこちらに手を振って駈けてくる。
でもその横に伊原君の姿はなかった。
「光ちゃん! 伊原君は!? 伊原君は一緒じゃなかったの?」
「ううん、ちゃんとこの公園までは一緒に来たよ! でも信男君、公園のどこって言ってなかったから、私たち分かれて探すことにしたの。それよりもさっきの声、あれって……あっ!」
光ちゃんが不意に口を閉ざし、代わりに僕の背後に視点を合わせたその瞳からぽろぽろと涙が溢れ出してきた。
「結衣ちゃん!」
「え? もしかしてひかるん、あたしの姿が見えるの?」
「見える! 見えるよ! それに言葉も聞こえる!!」
「ウソ!? マジで!?」
「結衣ちゃん、また会えた……結衣ちゃん!!」
泣きながら光ちゃんが僕たちふたりを抱きしめてくる。
頬から零れ落ちた涙が、さっきとは比べ物にならないぐらいはっきりと見える十二単さんの肌を濡らした。
「おおい、本山、渡辺! さっき十二単の声がこっちの方から聞こえたんだが!」
続けて伊原君もやってきた。
そうか、伊原君にも十二単さんの声が届いたんだ。
だったらきっと伊原君も光ちゃんと同じように、彼女の姿が見えるはず。
僕は十二単さんの背中に回していた腕を解き、代わりに光ちゃんを抱き寄せた。
光ちゃんも僕の意図が分かってくれたんだろう。幸せそうな表情を浮かべて僕にぎゅっと抱きついてくると、ふたりして十二単さんと伊原君の再会を見守ることにした。
そして次の瞬間。
「じゅ、十二単!! は、裸ァァァァァァァァァァ!?」
「えっ!? ぎゃああああああああああああああああ!!」
ふたりの叫び声が僕たちの鼓膜をこれでもかとばかりに震わせた。
あ、しまった。姿が見えるってことは、そうか、全部伊原君にも丸見えってことか。
「あ、しまった、じゃないよ、モブ男! あんた、どうしてくれんのよっ!?」
「えっと、ごめん。そこまでは考えてなかった。でも、伊原君だったら別にいいんじゃない。彼氏なわけだし」
「いいわけあるかっ! 彼氏だからこそ、こんな外ですっぽんぽんな姿なんて見られたくないわっ!」
「すっぽんぽんって十二単、もっと女の子なら恥じらいを持った言葉を使え!」
「って言いながら、こっち見んな、伊原! ああ、男って本当にもう!」
いや、伊原君だって別にそういう邪な目で見てるわけじゃないだろうし。ほら、そんなこと言われながらも目を背けながら自分のコートを脱いで裸を隠してくれるんだから、いい彼氏じゃないか。
「ううっ、伊原に見られた……裸を見られた……」
「す、すまん、十二単……な、なぁ、本山、十二単はずっとその、裸、なのか?」
「う、うん。でも大丈夫だよ、そのうち慣れるから」
「慣れるって……裸なんだぞ!?」
「そうだね。だけどそのうち十二単さんが気にならなくなってくるから、伊原君もやがて慣れるよ?」
「おいこらモブ男! いい加減なことを言うな!」と十二単さんが顔を真っ赤にしながら手を振り上げてくる。
「だって僕の時はそうだったじゃないか!」と言いながら、僕は逃げ出した。
うん、僕、ウソはなにもついてない。
その証拠にほら、今だって伊原君の気配りを無視して素っ裸のまま僕を追いかけてくるじゃないか!
そんな僕たちの様子に光ちゃんが面白そうに笑って、伊原君が「ダメだこりゃ」とばかりに顔を片手で覆った。
それはまるでこれからの僕たち四人の縮図みたいな感じだった。
おわり。
☆ ☆ ☆
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
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クラスで人気者の彼女が何故か一糸纏わぬ姿になってモブな僕に憑りついちゃった件 タカテン @takaten
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