第31話:バイバイ
公園を目指して自転車を飛ばす。
よく漫画や映画で失踪した恋人を探し求めて街を走り回るシーンは見るけれど、まさか自分がそんなことをするなんて、一年前の僕には思いもしなかった。
これも全て
まぁこれが果たして良い想い出になるかどうかは分からないけれど。
ただ今の僕はそうなるようにしたい気持ちでいっぱいだった。
時間はまだ5時前だけど、街はすっかり暗くなっていた。
件の公園まではあまり広くない、それこそ歩道すらもないところがあるのに結構車の往来が激しい道を行く。
僕は車に注意しながら懸命にペダルを漕いだ。
最初はただ公園に十二単さんがいて欲しいと願うばかりだった。
でも自転車を走らせているうちに、頭の中はクリアになっていって、ふとあることに思いを馳せる。
どうして十二単さんは裸なんだろう?
死んじゃったら誰もがそうなるのかもしれない。
だけど彼女が裸なのには何か理由があるような気がしてならなかった。
過去にもちょっと考えてみたことがあったけれど、その時はこれといって納得出来るような答えを導き出せずに、なぁなぁで終わらせてしまったように思う。
それが今になってどうして気になるのだろう?
僕にもよく分からない。
ただ、その答えがなんとなくだけど十二単さんにとってとても重要なことのように思えた。
そもそも人間ってのは最初は裸だった。
それがアダムとイブの神話のように恥ずかしいという気持ちを覚えて服を着るようになった。
まぁ、実際は寒さ対策とかそんなのが始まりなんだろうなとは思うけれど、まぁそれはともかく裸=恥ずかしいというのが現代に生きる多くの人の共通認識だと思う。
それなのに十二単さんは死んじゃって全裸になっちゃった。
恥ずかしくないのかと問えば、もちろん、恥ずかしいらしい。
なのになんで裸に? まぁ、単純に彼女の中にヌーディストの欲望があって、それを実行に移しただけかもしれない。
ただ、よくよく思い出してみれば、僕に見られていると気が付くまで十二単さんは全裸でも堂々としたもんだった。
その理由は僕にだって分かる。
だって裸ってのは誰かに見られるから恥ずかしいのであって、誰も見ていないのなら別にどうってことない、むしろ妙にリラックス出来たりするもんね。
ってことは十二単さんが裸なのはリラックスしたかったから、ってこと?
うーん、死んじゃったのにリラックスって変な話だなぁ。
でも、この辺りにヒントがあるんじゃないかなとも思える。出来ることならもうちょっと考えてみたいところなんだけど……。
街灯に浮かび上がる公園が見えてきて、僕は考えるのを止めて代わりにペダルを漕ぐピッチをあげた。
「十二単さん!」
公園に自転車を止めて、ゴールデンウィークの頃に彼女と一緒に過ごした大樹の元へ急ぐと、果たしてそこに彼女が立っていた。
肌に突き刺さるような冷たい空気の中、相変わらず真っ裸で。
透き通るぐらい白いお尻をこちらにむけて、呼びかけるまでただただ大樹を見上げていた。
「……遅い」
名前を呼ぶ僕の声に彼女がゆっくり振り返る。
「遅いよ、モブ男! 危うく凍死するところだったじゃんか!」
でも次の瞬間、ガタガタと歯を震わせながらも猛烈な勢いで怒り始めた。
「こんなところで朝からすっぽんぽんで待たされたあたしの気持ちが分かるかっ、この馬鹿モブ男!」
「待たされたって十二単さんが自分からここへ来たんでしょ!?」
「来るわけないでしょ! 目が覚めたら何故かこんなところにいて、しかも何故か離れられなくなっちゃったんだよ! 春とか夏ならともかく冬だよ、冬! 誰の仕業か知らないけれど、あたしを殺す気なの!?」
「でも死ぬならここがいいって言ったじゃないか、十二単さん」
「え? あたし、そんなこと言ったっけ?」
「言ったよ。ゴールデンウィークでここに来た時、すっぽんぽんで寝転びながら」
僕の指摘に「あー」と十二単さんが大きな声を上げて、そういえばそうだったとばかりに何度も頷く。
どうやら本気で忘れていたな、あれは。
「てか、そう言ってたからここへ真っ先に来たんだよ、僕」
「そうだったんだ……え、真っ先って朝から探し回っていたんじゃないの?」
「……ごめん、学校から帰っても十二単さんがいないのを見てようやく探さなきゃってなった」
「うわー、この薄情モン!」
言いながらも十二単さんの表情にさっきまでの怒りはない、むしろやれやれと苦笑するほどだった。
僕もこのやりとりでここに来るまで強張っていた表情筋が緩むを感じていた。
「ところでさ、これってやっぱりアレ、だよね?」
「アレって?」
「幽霊ものの最終回でお約束のアレだよ。モブ男が『十二単さん、見っーーーけっ!』って言って、あたしが涙ながらに『見つかっちゃった』って言って天に召されていくアレだよ」
ああ、アレか。でも正直そこまで綺麗な話にはならないよね。だってもうすでにグダグダだもん。
「というか、十二単さんは成仏する気なの?」
「うーん、まぁ確かに未練はないと言えばないのかもしれないけど、かと言って成仏したいかと言われたら、うーん、どうなんだろう?」
「どうなんだろうって自分で分からないの?」
「あのねぇ、分かっていたら誰かにこんなところに拉致られて困り果てる羽目になると思う?」
思わない。そうか、もう天国へ行く時間なんだねって察して成仏するもんだと思う。
「そもそもなんで成仏せずにこんなところで地縛霊みたいなことをしなきゃいけないのさ?」
「うーん、一応、僕たちの未練が十二単さんを繋ぎとめているんだと思ってたんだけど」
「モブ男たちの未練?」
「うん。例えば光ちゃんはまだまだ十二単さんとおしゃべりしたいだろうし、伊原君だってせっかく両想いになれたのにもうお別れってのは辛いと思うよ?」
「さすが、あたしの人気者!」
自分で言っててどうぞ。
「で、モブ男、あんたは?」
「僕?」
「モブ男はあたしに未練がないの?」
「僕は……」
言い淀む僕に十二単さんがニマニマとしながら、わざとらしくおっぱいを持ち上げたり、おしりをこっちに向けてフリフリする。
「や、ごめん、十二単さんの身体にはそんなに未練はないや」
「なんだとー!」
「でも、ありがとう、十二単さん」
「ん? いきなりなにさ?」
「十二単さんに出会えたことで僕は変わることが出来た。こうしてほら、心の中じゃなくて実際に口で会話しても、もうどもることもない。光ちゃんっていう可愛い彼女も出来た。全部、十二単さんのおかげだよ」
「な、なによ藪から棒に。照れるじゃん」
「藪から棒って言ったら十二単さんも同じだよ。昨日の晩、いきなり『ありがとう』って言うもんだから僕、てっきり聞き間違いだとばかり思って」
「うわっ、人の感謝のお礼を聞き間違いって酷くない、それ」
「だからごめんって……って、あれ、十二単さん!?」
口では未練がないと言いながら、そこは悲しき男の
「ちょっと、身体がさっきより透けてきてるよ!」
「あ……そうみたいだね」
「そうみたいだねって、ちょっとそれ、大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。ちょっと身体がふわふわする感じなだけだし」
って、ちょっと! それってまさにもうすぐ成仏するってことなんじゃないの?
「もしかして十二単さん、さっきまでのはわざとなの? 本当は自分でももうすぐ成仏してしまうって分かってるんじゃないの?」
「んー、そんなことないよ。さっきまでは本当に色々分からないことだらけだった。でもさ、今はなんか全部分かっちゃった」
「分かったって何を?」
「あたし、最後にモブ男から『ありがとう』って言ってもらいたかったんだなって」
そう言って微笑む十二単さんは本当に嬉しそうで。
「なんか色々と余計なことをしちゃったかなって思ってたんだけど、あの一言でそうじゃなかったんだって分かったらさ」
本当に充実した笑顔で。
「ああ、もうこれで何も思い残すことはないな、って」
十二単さんの姿が消えていく。
「だからバイバイ、モブ男」
十二単さんという、決して主役になろうとしなかった女の子がまさに今、消えようとしていた。
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