第30話:未練
次の日、朝起きると
最近は僕が起きてもぐーすか寝ているくせに珍しいこともあるもんだ。
そんなことを思いながら、リビングへ降りる。
「おはよう、信男」
「おにぃ、おはよう」
すでに朝ごはんを食べているお母さんと妹が挨拶してくる。
だけどリビングのソファにいるはずの十二単さんがいなかった。
あれ、おかしいな? てっきりリビングにいるもんだと思ってたのに。
おーい、十二単さーん!
心の中で彼女の名前を出来る限り大声で呼ぶ。
でもどれだけ待っても彼女からの返事もなければ、壁からにょきっと顔を出してくることもなかった。
うーん、こんな朝早くから一体どこへ行ったんだろう?
まだまだ外は寒いっていうのに。
不思議に思いながらもまぁ行動の読めない十二単さんのことだからと僕はそれ以上詮索するのをやめて、朝食を摂って学校へ。
昨夜同様、伊原君がどうにも形容しがたい表情で僕を見てくるのが気になったけれど、まぁこれといって変わった事もなく学校も終わって帰宅した。
今日は光ちゃんも一緒だ。
「結衣ちゃーん、遊びに来たよー」
僕の部屋へ入ってくるなり、ベッドに寝ている十二単さんへ声をかける光ちゃん。
でも。
「あれ、どうしたの、信男君? 結衣ちゃん、寝てるんじゃないの?」
いつもなら光ちゃんの声だけでは起きないので、仕方なく僕がベッドに寝ている彼女に駆け寄って耳元でその名を呼ぶのが常だった。
だけど僕は部屋に入るなり、呆然とその場に立ち尽くしてしまった。
だって十二単さんが、いつもこの時間帯なら僕のベッドに眠って光ちゃんとのおしゃべりを楽しみにしている十二単さんが――。
朝と同じようにその姿がどこにも見えなかった。
「……そんな」
「な、なに? 一体何があったの!?」
「……いないんだ、十二単さんが」
「え、でもたまたまどこかに出かけてるだけじゃ」
「違うんだよ、朝からどこにもいないんだよっ!」
光ちゃんの顔色がみるみるうちに変わっていった。
それは僕も一緒だった。
なんで朝の時点で気が付かなかったんだろう。
なんで昨夜の「ありがとう」って言葉を聞き間違いだなんて思ったんだろう。
これって……これって――もしかして。
「……天国へ行っちゃったの、結衣ちゃん?」
「……かもしんない」
「そんな! だって昨日はそんな様子、これっぽっちも」
「……みんなには話してなかったけど、実は十二単さんの身体、少しずつだけど消えかかっていたんだ」
「ええっ!?」
「でも、成仏するまでまだまだ時間があるって思ってたんだ」
だけどよくよく考えたら光ちゃんともおしゃべりできるようになって、伊原君に自分の想いも伝えられた今となっては、十二単さんに心残りなんてなにもないかもしれない。
「結衣ちゃん、ウソでしょ? ウソだよね? 私たちに何も言わず消えちゃったりしないよねっ!? どこかに隠れているんだよね、そうでしょ、結衣ちゃん!」
光ちゃんが半狂乱になるのも分かる。僕だって気が動転して頭がパニックになりそうだ。
「落ち着いて、光ちゃん!」
でもこんな時だからこそ僕は落ち着いてないとダメだって自分に言い聞かせた。
だって僕は光ちゃんの彼氏なんだから。
物語の背景にいるだけのモブキャラなんかじゃないんだから。
「大丈夫! 十二単さんは……まだ天国へ行ってないよ!」
「本当!? 本当なの、信男君!?」
「う、うん。多分だけど、まだ大丈夫」
それは決して口からでまかせでもなんでもなかった。
かすかにだけど感じるんだ。十二単さんの存在を。この近くにはいないみたいだけど、僕には分かる。伊達に一年近く憑りつかれていたわけじゃない。
「確かに十二単さんはもうこの世に未練はなくなったのかもしれない。だけど僕たちは違う。まだ彼女に未練が残ってる」
それはもっとおしゃべりをしたいという願望だったり。
恋人と別れたくないという祈りであったり。
あるいはモブキャラだった僕を、僕の人生の主人公にしてくれたことへの感謝であったり。
そんな僕たちの未練が十二単さんをかろうじてこの世に繋ぎとめているという感覚が、僕にはある。
そう言えばかつて十二単さんが言ってたっけ。
人は忘れられることによって本当の死を迎えるんだって。
大切な人を忘れるなんてことはない。絶対にない。
だけど未練はやがて断ち切られる。
誰かが言っていた。お葬式や四十九日の法要は死者の為だけではない、その縁者が死者への未練を断ち切る為にもあるんだって。
きっと人はそうやってお互いに未練を断ち切ることによって、ようやく天国へと昇れるようになっているんだ。
「だからまだ大丈夫! まだどこかに十二単さんはいる!」
「でも、だったらどこにいるの?」
「それは……ごめん、僕にも分からない」
「早く見つけてあげないと。こんな寒い中にずっといたら、結衣ちゃん、風邪をひいちゃうよ」
幽霊が風邪をひくのかどうかは分からない。ただ寒さは感じるので、光ちゃんの言うように早く見つけ出してあげたかった。
それにいつまで経っても見つからなかったら、僕たちだってそのうち諦めてしまうかもしれない。
それは即ち十二単さんをこの世に繋ぎとめている僕たちの未練が断ち切られるということだ。
一体十二単さんはどこにいるんだろう?
僕は懸命にこの一年間で彼女と一緒に行った場所を思い浮かべていた。
もちろん、その中のどこにもいない可能性だってある。だけど手掛かりは僕の記憶の中にしかない。
僕たちの教室か? あるいは屋上かもしれない。
登下校の通学路か? 暖かい時は色々とくだならいおしゃべりしながら歩いたっけ。
もしくは渋谷かも? 大失敗に終わったけど、あの経験は楽しかった。
さすがに琵琶湖じゃないよね? そこまで自由に行動されたらさすがにお手上げだぞ。
さらには米子とか、加藤君の後輩のサッカー部員に拉致られたコンビニとか、光ちゃんと仲直りした神社とかも考えたけれど、どれもいまいちピンとこない。
それは光ちゃんも同じようだった。
「そうだ、結衣ちゃんがトラックに撥ねられたところにいるんじゃないかな? そこで死んじゃったんだし、本当なら幽霊ってそういうところに出るんじゃないの?」
「うん。でも十二単さんの性格から考えたらそんなところには行かないんじゃないかな。なんたって自分のお葬式にも出ないくらい、しんみりした空間が苦手だって言ってたし」
「だったらどこだろ? どこだろ? どこで死ぬつもりなの、結衣ちゃん?」
「死ぬつもりって……あ」
と、その時。
僕の頭の中でかつて彼女と過ごした日のことがフラッシュバックした。
暖かい春の日差しの中、芝生に素っ裸なのにごろりと寝転がり、かつて赤ちゃんだった頃のことを話してくれた十二単さん。
僕はゲームのガチャに夢中だったけれど、確かあの時、彼女はこう言ったんだ。
『死ぬ時はこの公園がいいなー』
「そうか、あの公園だ!」
間違いない。
「光ちゃん、僕は今からその公園に行ってくる! 光ちゃんは一度学校に戻って、部活中の伊原君にこのことを伝えて」
本当ならLINEとかで伝えられたら良かったんだけど、練習中ともなればそんなのを確認している余裕はないだろう。だったら直接、誰かが伝えにいくしかない。
「分かった! 伝えてすぐに私たちも公園に行くから! だから」
「絶対に結衣ちゃんを繋ぎとめておいて」との声に僕は深く頷くと、部屋を飛び出した。
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