第29話:恥ずかしかった
LINEでメッセージを送ると、その日の夜のうちにふたりとも僕の家にやって来てくれた。
「『最初はひかるんにだけど』」
急な呼び出しに応じてくれたことに感謝すると、
「『ひかるんはあたしにとっても大切な友達だよ。だからひかるんがどうでもいいなんてことは絶対にないから』」
「本当!?」
「『うん。どれだけあたしもひかるんとおしゃべりしたかったか。それはモブ男も知ってるよ』」
いきなり話を振られて少し驚いたけれど、休み時間の十二単さんはおしゃべりに参加はできないものの、よく渡辺さんの近くにいたことを光ちゃんに教えてあげた。
家に来た時はどこか不安げな表情を浮かべていた光ちゃん。
でも、僕たちの話に耳を傾けているうちに少しずつ強張りが解けて、代わりに目元が緩んでくる。
「結衣ちゃん!」
光ちゃんが十二単さんの名前を呼んで両手を宙へと伸ばす。
その手を十二単さんが握ると、愛しそうに光ちゃんの身体を抱きしめた。
僕がそのことを光ちゃんに伝えると、頬を涙が伝いながら彼女もまた見えない十二単さんの背中へ手を回した。
「十二単、俺のところにも来ていたのか!?」
そんな光ちゃんの様子に、十二単さんの姿は見えないものの状況を察した伊原君は黙って様子を伺っていた。
そして十分に時間を置いてから、静かに十二単さんへと問いかけた。
「『え? あ、ごめん。伊原んところには行ってないや』」
「そうか……」
「『だってあんた、黙ってひとりでサッカーの動画を見てばっかじゃん。そんなのあたしが見て面白いと思う?』」
「良かったらサッカーの説明とかするが?」
「『やめときなよ。周りからひとりでブツブツ呟く危ない奴に見られるよ? てか、あたし、サッカーにはあんまり興味ないし」
「そ、そうか……」
「『でもサッカーに興味はなくても伊原には興味があるよ、あたし』」
「十二単、それは……」
「『あたしも好きだよ、伊原』」
僕の口からそんな大切なことを言っていいのか分からないけれど、十二単さんははっきりとそう言った。
「『あたしも伊原のことが好き。だから伊原が必要ないなんてことはないから安心して』」
「本当か!?」
「『あんたねぇ、告白を受けてやったのに疑うっての?』」
「いや、そういうわけではないが……だが、だったらどうして俺には、俺たちにはお前の姿が見えなくて、本山にだけ見れるんだ?」
「そうだよ、結衣ちゃん。説明してくれるんだよね?」
うん、それは僕も知りたかった。
何故、十二単さんと縁の深いふたりには見えず、僕なんかに見えるのか。
ちゃんとした答えがあるのなら、知りたいと思うのは当然だろう。
「『あー、えっと、それなんだけどさ。ひかるんは知っているけど、あたし、実はすっぽんぽんなんだよね』」
何を今更と思う僕たちをよそに、伊原君が「えっ!?」と大声をあげた。
ああ、そう言えば伊原君には言ってなかったっけ。十二単さんが素っ裸だってこと。
今も伊原君の目の前で恥ずかしそうにおっぱいや股間を隠しているんだけどね。
「『そんな姿をふたりには見られたくないに決まってるじゃん。伊原はもちろんのこと、ひかるんにだってヤだよ』」
「だ、だったら早く服を着ろ、十二単」
「『それが着れないから困ってるんだよ』」
「でもだったらなんで信男君には姿が見えてるの?」
そうだよ、十二単さん。僕には裸を見られてもいい、なんてことはないよね。最初は本気で恥ずかしがっていたし。
「『それなんだけどね。こいつさ、ホントにモブキャラだったじゃん、ひかるんと付き合い始める前は』」
うん、でもそれが一体何の関係が……。
「『だからさ、あたしもモブ男のことをほとんど認識出来てなかったんだと思うんだよね』」
って、ちょっと待って十二単さん、それってまさか?
「『うん。多分モブ男の存在感の薄さが原因。例えばさ、ひかるんにしろ、伊原にしろクラスメイト、ううん、誰か他の人に裸を見られるのは恥ずかしいじゃん? だけどこれがそこらへんの草とか、部屋のカーテンとか、食べかけのお菓子の袋とかだったらどうかな? 別に恥ずかしくないよね』」
「結衣ちゃん、人の彼氏を雑草とかお菓子の袋とか言わないでー」
「『ごめんごめん。とにかくあたしにとってモブ男ってそんな存在だったんだと思うんだよね。ぶっちゃけ、死んじゃったあたしの姿がこいつには見えてることを知って、ようやく『あ、モブ男もそう言えば人間だったっけ』みたいな」
ひどいな! モブキャラがいくら背景と同じだからって、それはさすがにあんまりじゃないかな!
「『ってことでひかるんたちとは逆に、あたしの中で存在感がほとんどなかったのがモブ男にだけ姿が見える理由、だと思う』」
な、なるほど……個人的にはすごく酷いことを言われたけれど、まぁ納得できないこともない理由だと思う。
もっとも伊原君が僕をとても恨めしそうな目で見てくるのが怖いんだけど。
そりゃそうだよね、だって好きな人の姿を僕だけが見れて、しかもその子が真っ裸なんだもん。
仮に光ちゃん同じようなことになって伊原君にしか見えなかったら、僕も同じようになると思う。
「『だから別にふたりを必要としていないから見えないとか、そんなわけ絶対ないから安心してよ』」
「分かったよ、結衣ちゃん。でもあんまり信男君を誘惑しないでね」
「なに!? 本山を誘惑してるのかっ、十二単!?」
「『してないしてない。モブ男がこっそりあたしの裸を盗み見してるだけだから』」
「本山! お前、なんてことを!」
「してないよ! 十二単さん、いい加減なこと言わないで!」
えー、盗み見してるじゃんと十二単さんが反論してきたけれど、もう無視することにした。
この話をこれ以上展開するのはヤバすぎる。下手したら僕が伊原君に殺されかねない。
「いいか本山、お前には渡辺って立派な彼女がいるだろう? だったら十二単の裸は見ちゃダメだ!」
「う、うん。僕だって見ないように努力してるよ」
ただ十二単さんって天然だからよく自分が全裸なことを忘れるから見えちゃうんだよなぁ。
これって僕、悪くないよね?
とにかくこうしてふたりはとりあえず納得(?)して帰っていった。
でもきっと伊原君はしばらく根に持つと思うなぁ。加藤君みたいに僕を苛めたりはしないだろうけど、何かにつけて恨み言を言われそうな気がする……。
「はぁ。もう死ぬほど恥ずかしかった!」
十二単さんがひとつ大きく息を吐いて僕の布団へ潜り込む。
寒いのは分かるけど、僕が寝る時はちゃんと出て行ってよ? 一緒に寝てたりしたら伊原君にホント殺されるから。
てか、二人には見えてないんだから全裸だって知られても別に構わないような……。
「馬鹿ッ! そっちじゃないよっ!」
そっちじゃない? えっと、それって……。
「馬鹿馬鹿馬鹿ッ! そういうことをあんまり考えるなっ、このバカモブ男!」
あー、なるほど、伊原君のことを好きだって言ったことが恥ずかしかったのか、十二単さん!
「だから考えるなって言ってるでしょうが!」
十二単さんがベッドからがばっと起き上がって、僕の顔面にぐーぱんちをかましてくる。
相変わらず痛くもなんともない。むしろなんだか懐かしいなこのやり取り。
「くそー、痛がるどころか『おっぱい見えてラッキー』みたいな顔をしやがってー!」
いやいや、今更十二単さんのおっぱいごときで喜びませんよ?
「なにそれ!? ひかるんのと比べたらあたしのなんておっぱいじゃないって言いたいのかっ!?」
そこまでは言わないけれど、まぁ光ちゃんのを見た後では……ね。
「うわっ、むかつく!」
しばらく「うー!」と唸り声を上げながら僕を睨みつける十二単さん。でも、やがて「むかつくからもう寝る!」とくるり背を向けた。
はっはっは。勝った! あの十二単さんに完勝だ!
「……でも、ありがとね」
お尻を向けながらベッドへ潜り込む十二単さんがぽつりとそんなことを呟いたように思えたのは、きっと僕の聞き間違いだろう。
その時の僕はそう思って、別段何も感じなかった。
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