失せ物探し

長月瓦礫

失せ物探し


すべては財布を落としたとかなんとか言って文芸部に土足で踏み入ったことから始まる。この教室は吹奏楽部の音と運動部の掛け声がいい具合に混ざる位置だ。

長い授業が終わり、教室全体がほどよい眠気に包まれていた。


緩い空気をぶち破るかのように、奴は扉を開けた。

怠惰な部員を代表して同じクラスの私が対応した。


「財布? 見てないけど。

あったら職員室に届けとく」


「ありがとう、邪魔して悪かった。

ここにもないとなると、どこで落としたかな……」


それだけ言って立ち去った。

嵐みたいな奴だ。ああいうふうに尋ねては痕跡を残していく。

他の部にも顔を出していたらしいから、律儀な奴だと思う。


後日、財布が見つかったと嬉しそうに報告をしてくれたのは言うまでもない。

本当に真面目な奴だ。




どうやら、誰かから嫌がらせを受けているようで、よく物を盗られているらしい。

財布に筆記用具、とにかく小物が多い。靴はまだ隠されていない。


いずれにせよ、鈍臭い奴だ。

落とし物だと思い込み、校内を丁寧に探して回っている。


その度に文芸部に来る。

自分の教室でもあるから文句は言えない。


私は専門の窓口みたいになっていた。

全員で無視を決め込み、誰も動こうとしない。


「まーた落としたんスか、お兄さん」


私がそう言うと、無言でがくりと肩を落とす。

盗まれたことに気づいていないのか、あえて無視しているのか。


「この際だし、首から下げたらいいんじゃないスかね。

財布も迷子にならずに済むよ」


「考えておく」


それだけ言って立ち去った。

迷子札みたいに小銭入れをぶら下げている姿が非常にマヌケで、笑いを堪えるのに精一杯だった。


「それにしても、アンタも手癖の悪い人だよね」


「バカ言え、気づかないアイツが悪い」


私は軽く笑って、黒い財布を取り出す。

スラックスの後ろのポケット、すれ違いざまに財布を引き抜く。ただ、それだけだ。


中身には興味ない。

学校中を探し回る姿がおもしろいだけだ。


「この後どうする?」


「職員室に届ける」


私は笑った。

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失せ物探し 長月瓦礫 @debrisbottle00

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