02話 Colony ~狼人~
時の経つのは早いもので、トーヤがこの村に移り住んでから既に半年余りが過ぎていた。
フーリン村という所は、気候的に年間を通じて非常に暖かく穏やかであり、そのため冬についても厳しい寒さが訪れることもなく、雪が降るとしてもせいぜい
例外として十数年ほど前に、一晩中雪が舞い続けたことはあったらしいが、
予め、村人達からそんなことを聞かされていたトーヤだったので、敢えて保存用の干し肉作りや、
とは言っても、さすがにこの時期に差し掛かると、広葉樹林に囲まれた街道は落ち葉で敷き詰められ、狩場へ向かう道中でグルリと周りの景色を見渡せば、冬らしい雰囲気を充分に醸し出してはいたものの、皆が口を揃える通り不思議と肌寒さなどは感じられなかった。
同様に、森に棲むリスや小鳥達もこの気候に慣れているせいなのか、相も変わらず
しかし、そんな気楽でいられたのもつい先程までの話で、昨日の害獣駆除から帰り道の途中で、ちらりほらりと舞い始めた風花だったのだが、どうやら昨夜の内に雪に変わってしまったようで、目覚めたトーヤが毎朝の日課である水汲みをしようと、桶を片手に庭の隅にある井戸まで向かおうと歩き始めたところ、その両足が
「ハァ~。 滅多に大雪は降らないって聞いてたんだけど…今日はその滅多にだったって訳かよ~。 こんなに積もるなんて思わなかったもんだから、昨日の獲物はひとつ残らず皆に配っちゃったんだよな~。 今朝の
気乗りは全くしないものの、今夜のみならず明日の朝食まで抜くとなると、さすがに22歳で食欲旺盛なトーヤにはとても耐えられそうもないので、仕方なく雪道では使えない荷車に代えて、物置から
狩りに出るため村の中を歩いていると、辺りには誰かが付けたであろう足跡が、
温暖な気候の中でのみ暮らしてきた村人達は雪がやはり苦手なのか、それとも雪の中で出歩けるような衣服の持ち合わせが無い為なのか、結局トーヤは村を出るまでの道のりで村人達と出会うことはなかった。
普段とは異なり、誰一人として顔を合わせることなく村を出て、通いなれた狩場への道を進むトーヤだったが、途中何度か雪に足を取られながらも1時間ほど歩いた辺りで、遥か前方から何とも知れぬ違和感が漂っていることに気付いた。
「何だか、この先で嫌~な感じがするんだよな~。 気のせいだったら良いんだけど…」
脇道が無いので避けて通る訳にも行かず、トーヤは気を取り直して慎重に歩を進めて行ったところ、何やら前方に複数の人影らしきものが薄っすらと見え始めた。
「おかしいな? 村を出てからここまでの道には誰の足跡も無かったはずなんだけど…だからと言ってこんな大雪の日に、わざわざ早朝からフーリン村を訪ねて来る人なんている訳も無いし…って…あ、あれって、狼人属っぽくないか?」
前方に居る者達を見て人間属とは異なる雰囲気を察したトーヤは、慌てて自らの気配を消すと共に、道の直ぐ脇にある森の中に身を隠してから、前方の狼人属達が
皮肉なことだが、迷惑だと思っていた大雪のお陰で足音が伝わり
この世界の人間属というのは、数千年前まで生息していた猿人属が進化を遂げたものだと言われており、その猿人属が創意工夫により衣類や靴、道具などを開発し続けた結果、それに合わせるように身体つきも体毛が薄くなっていき、手足も伸長した代わりに尾が無くなるなどの変化をしたとされている。
同時に、言語を用い始めたことや、食事についても加工してから道具を使って食べる習慣が出来たため、会話や器を用いた食事に適した顔立ちに進化したと伝えられている。
一方の獣人属はというと、
また、用いる言語も基本的には人間属の言葉を模倣しているようなのだが、狼人や熊人、猫人などの種属によって微妙に骨格が異なるせいからか、種属ごとに異なる言語を使用しており、その結果、種属間での意思の疎通は困難を極めている。
(どうやら狼人属に間違いないみたいだな。 帯剣した奴が3人居るように見えるけど、ここからじゃ遠過ぎて何をしてるのか良く分からないから…もう少しだけ近付いてみるしかないか…)
トーヤは、過去6年余りにも及ぶ魔族集落への偵察活動により、多岐にわたる魔族の言語を細部に至るまで会得しているため、狼人属の会話の内容が聞き取れる位置まで近付くことにした。
気配を消しつつ森の中を慎重に狼人属達の
(ここまで近付けば何を話してるか分かるよな…)
先ほど予測した通り、そこには男2人と女1人の合わせて3人の狼人達が居たのだが、その様子を見る限りなにやら揉めているらしかった。
(…もしも、村に危害を加えるようなことを考えてるんだったら、この場で全員を始末しとかなきゃな…)
そう心の中で呟きながら、トーヤは狼人達の会話に聞き耳を立てた。
『モウ集落ニ戻ルツモリハナイ。 私ハ、アンナ男ノ妻ニナド絶対ニナラナイ。 ダカラ、追イ掛ケテ来ルノハ
『ソレハ出来ナイ。 ルー、オマエハ族長本人カラ妻ニナルヨウ命ジラレタノダ。 逆ラウコトハ許サレナイ』
『私は、ラボノ妻ニナルト約束シタ。 ラボ以外ノ男ニ嫁グツモリハ無イ』
『イイ加減ニシロ、ルー! ソレト、ラボ。 オ前ダッテ族長ニ
『俺ハ、ムザムザト殺サレルツモリハナイ。 ルーヲ連レテ、他ノ狼人集落ニ移リ住ム』
狼人達の言い争いに聞き耳を立てていたトーヤだったが、話の内容があまりにも想定外であったために面を喰らってしまい、一旦頭の中で整理をしてみることにした。
要するに、そこにいる狼人属の女『ルー』と怪我を負った男『ラボ』は恋人同士だったが、族長…つまり魔王がルーに横恋慕したために恋人のラボが、『俺の女に手を出すな』とばかりに戦いを挑んだけれど、敢え無く返り討ちに遭ってしまったことから2人で駆落ちしたらしい。
しかい、今朝方までの大雪により2人の足跡が残ってしまい、ラボが怪我を負って移動が遅くなってることも相まって、追い掛けて来た魔王の側近に追い付かれてしまい現在に至る…といったところだろうか。
(ハァ~。 その結果、村の
(それに、もし戦いが長引たりしたら他の追手の奴らも追い付いちまうだろうし、2人が逃げる方向次第ではフーリン村に被害が及ぶ可能性が大きくなるよな~。 ヤッパ始末しとくか……でもな~、3人揃って居なくなった場合でも、アイツらの足跡以外にも村からここまで来た俺の足跡も残ってるから、それを辿って追手の連中が村に押し寄せるかもしれないんだよな~)
トーヤにとっては、熊人属や狼人属のような身体能力は高いものの、飛び道具を使わずに力押しのみで向かって来るような相手は、持ち前のギフトが最大限に効果を発揮することから、赤子の手を捻るが如く一瞬で片を付けることが可能であった。
しかし、その足で狼人集落を探し出して
だからといって、ここで3人を始末してから村へ帰って装備を整えたとしても、もしもその間に追手が村を襲撃してきた場合に、トーヤ1人で村を防衛するなど考えるまでもなく無理な話である。
そうして、あれこれとトーヤが考えを巡らせている間にも、事態はどんどんと悪い方向へと進んでいったらしく、いよいよ狼人属の3人はそれぞれが剣に手を掛け、殺気を走らせながら今にも刃を交える状況にまで達してしまった。
(あ~ぁもぅ… 仕方が無いなぁ~。 こうなりゃなるようになれだ! 俺に向かって来る奴は全て始末する!!)
あれこれ考えても良案が全く思い浮かばなかったため、トーヤはそれ以上考えることを放棄して、剣を抜きながら狼人属達3人の前に躍り出たのだった。
『『『エッ!』』』
いきなり木々の間から飛び出してきたトーヤに、全員が呆気にとられた狼人達ではあったものの、一瞬早く正気に戻った魔王の側近と
『何ダ! キサマハ。 人間属ゴトキガ俺ノ邪魔ヲスルナー!』
「先ずは、ひと~つ!」
勝負は一瞬で決まった。
魔王の側近がトーヤに向かって真っ直ぐに走りながら、斜め上段に構えた剣を振り降ろして来たのに対し、トーヤは躍り出た体制から更に低い姿勢で構えると、迫り来る相手の剣が己に触れる瞬間に体を左にずらして躱し、相手の剣が空を斬るのを横目に見ながら、すり抜けざまにそのがら空きになった懐を薙ぎ払った。
そしてトーヤは、魔王の側近に致命傷を与えたことを瞬時に横目で確認すると、残りの2人に対して向き直りつつ
数瞬の睨み合いの後に、更にトーヤがじりじりと間合いを詰めていくと、2人ともトーヤの持つギフトの脅威を感じ取ったのか、サッと顔色を変えると共に構えに動揺が見え始め、先に闘争心を失ったらしいルーが
(戦い自体は終わったみたいだけど…さて、この後どうしようかな…)
トーヤは心の中でそう呟くと、取り敢えず2人に対して狼人語で話し掛けてみることにした。
『どうした? お前等は掛かって来ないのか?』
『キッ…キサマハ、俺タチノ言葉ガ分カルノカ』
『そんなことはどうでも良い。 それより、戦う気は無いのか?』
『俺ト、ルー2人掛カリデモ、キサマニハ勝テル気ガシナイ。 キサマハ見タ目ハ人間属ノヨウダガ、中身ハ得体ノ知レヌ化物ノ気配ガスル。 悪アガキヲスルツモリハ無イ』
『私モ同ジダ。 アンタニハ、間違ッテモ私ノ剣ガ届クコトハ無イ。 ダカラ好キニスルガイイ』
どうやら、残った2人の狼人属は完全に戦意を喪失しているようだったので、このまま
『分かった、それなら好きにさせて貰うことにするよ。 それじゃ先ずは、お前たちの住んでいた集落に俺を案内してもらおうかな』
『何ンダト? キサマ、自惚レルナ! 確カニ我々2人デハ
『お前たちこそ勘違いするなよな。 俺は別に狼人達の集落を殲滅したい訳じゃない。 どうせ側近1人を手に掛けちまったんだから、魔王とその側近達を討伐するつもりだ。 それ以外の狼人達に手出しをするつもりはない』
『何ィ? キサマハイッタイ何ガシタインダ?』
『だから~…今の魔王と側近達さえ
『ソ、ソウカ…良ク分カランガ、案内ダケハスル。 ソノ替ワリ俺達ハ、絶対ニ手ハ貸サナイ』
『それで良いから、集落に着いたらお前等は見付からないようどっかに隠れてろよ』
それからトーヤと狼人達は、側近だった男の遺体を手早く山の中に埋葬し、狼人集落へと向かった。
移動の途中でトーヤは、話を渋る狼人達に対して
その内容については、集落全体の人口は120人ほどおり、その内の約30人が12歳未満の子供であることや、子供以外は男女の区別なく全員が戦闘に参加すること、魔王の側近は全部で3人だったものの、先ほど1人を倒しているので残り2人であり、戦闘では魔王を含めた全員が剣を武器に力押しで戦うこと、などを聞き出すことが出来た。
またそれとは別に、8カ月ほど前に大勢の人間属の戦士達が、狼人達の集落を襲撃してきたことがあって、10人ほどの狼人が犠牲になったものの、襲撃者を全て返り討ちにしたことについても、聞きもしないのにルーの方から得意気に話してきた。
そんな話を続けているうちに、移動を始めて2時間ほど山中を歩き続けたところで、目的地である狼人集落の手前まで到着することとなった。
「ふ~ん…フーリン村から
トーヤはそう呟くと、ラボとルーに相談を持ち掛けた。
『おい、お前ら2人のどちらでもいいから、俺が戦いを始めたら目立たないように近くまで来て隠れてろ。 そして無事に魔王と2人の側近を
『ナ、何デ、ソンナコトヲスルンダ。 ダ、駄目ダ、俺ニハ出来ナイ…怪我モシテルシ…』
『ラ…ラボガ出来ナインナラ、私ガヤル。 ソ、ソレデ、ソノ後ドウナルンダ?』
『その結果がどうなるかは周りに居るやつら次第だが、決して悪いようにはならないと思うんだ。 だから頼んだぞ』
『ワカッタヨ!』
そこからは実に簡単な作業だった。
先ずは気配を最大限に消しながら、ルーから教わった道順通りに集落中央から少し奥に進んで行くと、他の家と比べて大きさだけは立派なものの、単なるあばら家といった感じの魔王の屋敷があり、中央には魔王と2人の側近がドカッと座っている姿が見え、少し離れた所には手下と思われる数人の男達がうろついていた。
トーヤが特に構えることなく無防備を装い魔王に近付いていくと、数人いた手下たちはチラリと
『キサマハ、何者ダ!』
「先ずは、ひと~つ!」
トーヤはその問い掛けに答えることなく、立ちはだかる側近に対して、剣を抜きざま横薙ぎに一閃した。
『ウォーッ!』
「続いて、ふた~つ!」
すかさずトーヤの隙を突くように、もう一人の側近が脇に廻って切り掛かってきたものの、それを素早く左に躱してから返す刀で切り伏せた。
行き成りそんな光景を目にしたことで、魔王は怒りで牙をむき出しにして襲い掛かって来たが、トーヤは落ち着き払った表情で二度三度と力任せの魔王の剣を受け流した後、バランスを崩した魔王の首元に切っ先を滑り込ませたのだった。
「最後のひとつ…っと」
長年の偵察で鍛え抜いた素早さと気配を消す技術に加え、何者にも遠慮せず使用出来るこの状況が揃ってこそ、存分に発揮できるトーヤのギフト『
その後は、トーヤが送った
雪が解けきったフーリン村への帰り道、狼人集落から
「ルーは魔王が嫁さんにしたがった
【再掲】零落れ勇者の英雄譚 🍑多瑠 @momotaru
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