第3話『ネーミングセンス』
「配信開始よし、マイクのミュートもよし……と」
待機画面が表示されていることを確認して、私は最後にもう一度深呼吸をする。その間にもコメント欄は待機の文字が並んでいて、私を待ってくれている人間たちが『推し』の登場を今か今かと待っていた。
「……先輩、本当にいいんですか?」
「ええ、ここまで来たら後は勢いよ。アンタはユーモアもあるし、出たとこ勝負でも何とかするセンスはあるわ」
私の隣の椅子に所在なさげな様子で座る筆子をなだめながら、私はゆっくりと目を瞑ってイメージトレーニング。もう何度も繰り返した挨拶は、どんなに意識がもうろうとしていても復唱できるくらいに染みついていた。
私は言の葉の神ではあるけど、ここまで一つの言葉を擦り切れるほど反芻するという経験ははじめてだ。どっちかっていえばいろんな言葉を覚えること、たくさんの人間がたくさんの言葉を使うことで芽生えたのが私っていう神様だしね。
ある種配信の専門職と言ってもいいような神様こそが私なわけだけど、それでもまだ緊張は取れない。この配信という言葉の届け方が、どこか異質なものとして私の中に受け入れられているからなんだろうか。私ですらそうなのだから、今日が配信初登場の筆子なんてもっと緊張しているはずだ。
「……大丈夫よ。何かあったら、妾が――『
ドンと胸を叩いて、私――いや、妾は先輩らしく筆子にそう断言する。普段からだらしない先輩って思われてそうだし、こういう時くらいはちゃんと威厳を示さなくちゃね。
「……って、何くすくすしてんのよ。今の語りに何か変なところでもあった?」
そんな思いとは裏腹に、妾の後輩はその姿を見てどこかおかしそうな笑みを浮かべている。納得いかない妾からの問いに、筆子はもうこらえきれないと言いたげに笑い声を漏らすと――
「……そのドストレート過ぎるネーミング、どうにかならないのかなーってずっと思ってたんすけど、今日ばかりはそれに感謝っすね。その名乗り聞いたら、一気に肩の力が抜けた気がして」
「……リラックスできたならとりあえずよかったわ。妾のネーミングをいじった件については、後で話し合いが必要そうだけど」
というか、いっそ配信上でネタとしてやってしまおうか。よし、筆子の登場に第二回があるんだとしたらテーマはそれで行こう。
そんなことを思いながら、妾は最後に咳ばらいを一つ。そして、マイクのミュートをクリック一つで解除すると――
「……皆の者、聞こえてるー?」
画面の向こうで待つ人間たちへと、声をかけた。
消えかけ女神、Vtuberになる――あ、投げ銭は神社にお願いします―― 紅葉 紅羽 @kurehamomijiba
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