夢を描くOre City

ちびまるフォイ

読了まで1cm=100m(minute)

年末も近くなり大掃除をはじめていたら、

押し入れから見覚えのない地図が出てきた。


   100m

|________|1cm



1cmが100mの縮尺で作られた地図には何も書かれていなかった。


「親父は地図の仕事してたんだよな。

 この地図……届けたほうがいいかな」


とはいえ押し入れに放り込まれていた白紙の地図を届けられても

感謝されるどころか迷惑がられるだろうと思った。


そこでどうせもう使わないこの地図に理想を描くことにした。


「そうだなあ。まず学校と家との距離はめっちゃ近くにするか」


地図に鉛筆を走らせる。

縮尺を確認して、自分の家のすぐ近くに学校をおいた。


翌日。


起こされたのは目ざまし時計でも、母の声でもなく学校のチャイムだった。

カーテンを開けると窓の外に学校があった。


「え゛……? 学校って俺の家から徒歩1時間の場所のはずじゃ……」


1cm=100mの地図上で見ても学校と自分の距離は果てしないほど遠い。


それなのに窓の外には見慣れた学校があり、

いまも同級生が校門を通っていく姿が眼下に広がる。


「幻覚じゃないよな……」


カバンを持って学校の校門を通った。

ジャージ姿の体育教師は珍しそうな顔でこっちを見る。


「いつもは遅刻ぎりぎりなのに今日はずいぶん早いじゃないか」


「家と学校が近いんで……」


「はあ? なに言ってるんだ。学校は前からこの場所にあっただろう」


「へ?」


「お前こそ、こんだけ学校と家が近いんだ。もう遅刻するんじゃないぞ」


「あ、ああ……はい……へへ」


どういうことか学校の瞬間移動に誰も気づいていない。

きっとあの地図の影響だと気づいているのは自分だけ。


その日、学校では授業になんか身が入らない。

頭の中は昨日描いたあの地図のことばかりだった。


学校が終わると友達がやってきた。


「よし今日もお前んちでゲームやろうぜ!」


「え?」


「なんだよ嫌なのか。お前んち近いじゃん」


「そりゃそうだけど……」


友達が来るたびに荒らされて自分の部屋を片付ける作業が増えるんだよ。

などということは口が裂けても言えない。


「わ、わかったよ」


「決まりな。あ、ジュースもよろしく」


地図の力で学校と家の距離を徒歩10秒くらいにしたのは良いが、

まるでコンビニ感覚で立ち寄られてしまうようになった。


それにカーテンを開ければそこが学校なので、

うっかり寝ぼけてパンツ姿で窓辺にたとうものなら、

クラスの女子からセクハラだといわれのない罪をかぶせられる。


宿題をやったけど忘れました、と先生に伝えたが最後

"じゃあ今すぐ持ってこいよ"と言われて言い訳もできない。


「学校と家が近いって……結構めんどいな……」


友達が帰った自分の部屋を掃除しながら一人で愚痴った。


その夜、地図を開いて学校を消しゴムで消す。

そこそこの距離に学校を配置し直した。


「これで多少は今よりマシになるだろ」


そうなると学校がおいてあった敷地には大きな空き地が生まれた。


この地図に描いたものが実現すること知っている。

いったいどこまでできるのかが気になる。


「学校はもともとあったけど……イチから作ることも可能なのか」


空き地に遊園地を書き込んで翌日を迎えた。



『Welcom to World Wide Resort!!!』



軽快な声が窓の外から聞こえてきた。

カーテンを開けると、外にはでかい観覧車が回っていた。


「ほ、本当にできた! 遊園地ができちゃった!」


自分が昨日地図に描いた遊園地がそのままできあがっていた。

地図どおりのアトラクションが敷地いっぱいにある。


パークの敷地内に自分の家があるので、

玄関開ければ即遊園地で遊ぶことができる。最高すぎる。


「あの地図やっぱり最高だ!!」


アトラクションを死ぬほど乗ることができて最高だった。

疲れて帰っても家はすぐそこにある。


ちょっと横になって回復すればまた遊びに行ける。

なんて最高な無限ループなんだ。


「よーーし、この遊園地をどんどんパワーアップさせて毎日遊びまくるぞーー!!」


日中は遊園地で遊んで、夜は地図を描き込む生活スタイルを始めた。



数日後、顔を洗おうと鏡の前にたった。


鏡にうつっているのはやつれた顔をした自分だった。


「う゛う゛……ぜんぜん眠れない……」


地図の力で遊園地を充実させたのはよかったが、

人気が出ることでますます人の出入りは多くなって騒がしくなる。


夜になるとナイトパレードが行われて花火がひっきりなしに鳴り続ける。


あれだけ楽しかったはずの遊園地も、

近くでドンパチされては暴走族よりもタチが悪い。


「どうしよう……また遊園地を遠ざけるか。

 でもまた描き直すのも大変なんだよなあ……」


一生懸命、1cm100mの地図に遊園地のアトラクションを描き込んだので

これを消しゴムで消してどっかに遠ざけるのはもったいない。


かといってこのままでは睡眠不足で死んでしまう。


防音設備を整えようとも思ったがそんな金は学生にあるわけない。


「……金?」


ふと、その2文字が頭をよぎった。


この遊園地は自分が作り出したもので入場料なんか取ってない。

誰もが公園感覚で、自分が夜なべして描いたアトラクションを楽しんでいる。


こんなのはおかしい。


「なんでこんなことに気づかなかったんだ。

 あの遊園地は俺のものなんだから、みんな俺に金を払うべきなんだ!」


地図に描かれた遊園地の名前を書き換えて、自分の名前を入れたパーク名にする。

そして入場ゲートを書き加えて、お金を搾取できるようにする。

しれっと入場料も「100k(10万円)」と書いておく。


「あれだけ客が入ってるんだ。入場料をふんだくって大儲けだ!」


地図の上に安っぽい紙質のチラシを広げる。

チラシに「入場チケット:100k」と油性ペンを滑らしていく。


安い紙に油性インクが滲んでいく。


Kばかり書きながら顔は笑いで止まらない。


「ふ、ふふ。1人10万……100人で1000万……。

 1000人で1億……! 遊んで暮らせるぞ!!」


地図の上でカットした入場チケットを整えてから布団に入った。


その夜は億万長者になった自分が、

ジュースの風呂の中で水着の美女にフルーツを食べさせてもらっている夢を見た。最高。


翌日。

カーテンから細く入る朝日で目が覚めた。


「ううん……今朝はえらく静かだなぁ」


寝ぼけた目でカーテンを開けた。

窓の向こうに広がる風景を見て眠気はふっとんだ。


「な、ない! 遊園地がない!!」


昨日まで見えていた観覧車がなくなっている。

それどころか周囲一体がさら地になっていた。


どこまでもだだっ広い空き地がどこまでも続いている。


「いったいなにが……!?」


地図を確かめるが、たしかに地図上ではちゃんと遊園地がある。

けれど窓の外を見ても家の外に出ても、家の周囲には建物ひとつありはしない。


まるで砂漠の中心に自分の家がワープしたような状況。



「おーーい!! だれかーー!! 誰かいませんかーー!!」



どれだけ叫んでも人の気配がない。


電話は通じず、ネットも切れていた。


あるのは、ぽつんと残された自分の家だけ。



「どうしてこんな目に……誰かーー! 助けてーー!」



最後に叫んだとき、強い風が吹いた。


手に持っていた地図を風がさらっていく。



地図には、昨日作っていた入場チケット。

そこで使っていたインクが裏うつりしていた。




   100 K m

|________|1cm

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