夜明けは涙がでる

しゃち子

第1話

他人の知らない〇〇の世界

他人に話しづらい職業やサークル、団体活動の話、そこで得た強烈な経験など、知られていない世界の現実を実体験と絡めて紹介するエピソードを募集します。



皆さんは、毎朝何時に起床されている?

7時?6時?もうちょっと早い5時?

その頃は、朝日は昇っているだろうか?

え?夜勤?知るかぁ!(笑)

これは私が本当に青春の1ページだけ注いだとある時期のお話。


地方都市のそこそこ大きな市に住んでいた。

普通の高校に合格、その時に、何となく天文部に入った。

理由は、星の写真が綺麗で好きだったから。

バイトに明け暮れる予定だったので、あまり熱心に部員活動をしていない部だと思い、幽霊部員として記名をした。


これが、私の間違いだった。


天文部。

その名の通り、天体を観測する部活動だ。

ということは、高校の放課後やる事と言えば、月末の天体観測の準備をすること、長い休みに入ったら、合宿のように泊まり込みで観測すること。

文化祭に手作りのプラネタリウムを作り上映すること。

という説明があった。

え?プラネタリウムって作れるの?


顔合わせの初日に驚いた。

とても高校生に見えない人がいる!

大学生、社会人…だよね?

「OBです」

ニコニコしながら首から下げた外部者カードを見せて言われた。

おお、高校生から見ると社会人って大人だあ。でも両親ほどまだ達観していない。(そりゃそうだ)

顧問の先生とも仲が良いらしく、差し入れの缶コーヒーを飲んで話をしている。

優しそうな人たちだ。

そんなOBが3~4人いた。

新入部した私たちは8名。男女半分ずつ。

2年生はいなく、3年生のみだった。

その時、嫌な予感はした。

3年生のみという事は、来年は誰も先輩がいない。

幽霊部員決定だなと思った。

バイトの方が大切と思っていたからだ。


「うちは体育会系だからね!」

3年生が肩を叩いて笑った。

走り込みとかするんですかと聞くと違うよ、そのうちわかるよ、と言われた。

いや、今、教えてください。


手始めに、学校に泊まり込みの観望会があった。

観望会とは、望遠鏡を使って天体観測をすることだ。

各自お弁当を持って夕方5時に学校に集合していた。

星の写真撮りたいなと漠然と思っていたけど、そんな話は吹っ飛んで行った。

よくある天体写真は、かなり高額で性能のよい望遠鏡を使っているということをその時に知った。

「そんなあ…」

その時の気持ちは今でも覚えている。

あの理科室での絶望感たるや…

同期が懸命になぐさめてくれた。

いつか自分のお金で買って写真撮ろうよと。

何十万円の望遠鏡を買うほど情熱はないです。

足取り重く、屋上に上がる。


高校は地方都市のとある市の外れにあった。

夜になると、地方だけあって、結構星が見られる。

交通量も少ないから、空気も綺麗だ。

「ほら、のぞいてみなよ」

「元気出して」

3年生の女子の先輩に慰められた。

望遠鏡をのぞきながら私は、叫んだ。

「わあああ!わあ!」

ギャグかよ!と先輩がつっこむ。

私は、空を見た。

周りよりもひときわ大きなオレンジ色のぽちん。とした星が肉眼で確認できた。

「あれだよ」

先輩が指した。

ええ!

あのぽちんとした星は。


輪っかのある土星だった。


「ほ、本当に輪っかがある!」


めちゃくちゃ笑われた。

だって、図鑑で見た土星には浮き輪が付いていた。

ページをめくりながら、ふうん、と思っていたのだ。

信じていないわけではないが、どこか本当の事とは思っていなかったのだろう。

それが、本当に浮き輪をつけた星がある!

これで私は天体観測のとりこになった。



「寝るなあ!小林ぃ!」

はっ!となった。

キャンプ場に響く私の苗字。

先輩の怒りの声。

いけないいけない、寝てた!

いや、寝ますよ?普通なら寝ている時間です、1時ですよ?

「寝るんじゃねえ!」

だって、腰かけて夏とはいえ、寒くないように腕から下は寝袋に入っているんですよ!?

それで、夜中の1時に寝るなって言う方がおかしいでしょ?

「何しにきてんだ、星を見るためだろうが!」

ああ、そうでしたよね。


我が天文部は貧乏なため、高額な機器が買えない。

天体望遠鏡自体が高い。

それに、色々な機材(なんと三脚は別売り!!)が加わると、軽自動車の安いタイプが買えるほどの値段になる。


星を見るためには。

まず、天体望遠鏡を地面に置く。狙っている星座、もしくは星(惑星など)を星座早見表で確認。

望遠鏡の上についてるちっこい望遠鏡でだいたいの狙いをつける。

という結構荒技?でわが校は攻めていた。

本来なら、パソコンと電動の赤道儀があれば、自動で望遠鏡が回転をしてくれるので、簡単に狙っていた星が見られるのだ。


ガリレオガリレイは言った。

『それでも地球は動いている』


そう、地球は動いているのだ。

ちょっと望遠鏡を放置しているだけで、地球の自転のため、先ほどまで望遠鏡で見えていた星が外れている。

ガリレオー!

泣きながら放置した時間を考え、どのくらい離れているかを予測しながら、手動で星を探しに行く。

これで一晩無駄にした時があった。


夏の合宿は、キャンプ場に行き、テントを張って、夕方天体望遠鏡を組み立て観測する。

移動も含め1週間の予定だった。

車を出してくれるのがOBの先輩方だった。

だから、車の免許をみんな持っているらしい。

免許を取れる年齢になったら、必ず取って運転できるようにしているそうだ。

キャンプ場を探してくれたのも先輩方。

だが、これが大変だった!

まず、『星を見る』ことを許可してくれるキャンプ場が中々ない。

夜通し起きているわけで、つまり『観測』なので、必ずしゃべるからだ。

他人が寝ている時に、起きていて『3時の方向+-』とかわけわからん事を話すわけだ。

そりゃあ、許可が中々下りない。

だから、あまり知られていないキャンプ場を狙う。

隣の県に行くのは当たり前、船で渡る小さな島のキャンプ場も調べたことがあった。

それも山に囲まれていると見えにくいので、なるべく開けたところなど、色々条件がある。

それも残念なことに、去年は許可が下りたのに、今年はダメとかがあるらしい。

やはり、苦情が来るそうだ。

確かに何度か声をかけられたことがある。

炊事場で朝、顔を洗いお米を研いでいた時に、何をされているんですか?と恐る恐る聞かれた。

先輩たちは聞かれないで、同期たちや私だけ話しかけられたところを見ると、やはり女性に声をかけてみたというところだろう。

「天体観測です。ご迷惑をおかけしています」

と謝るのはいつしか私の役目になっていた。

誤解を解くために、テントまで連れてきて、望遠鏡一式を見せたこともある。

みなさん、ああ!と納得して自分のテントに戻っていく。

夜中に起きてたら、怪しいよね。

朝に寝始めて、日中は暑いのにテントで寝るか、外でいびきをかいて寝ている。

わかります。

逆の立場でもあの集団何?と思うだろうし。

旗でも立てればよかったか?

望遠鏡出しっぱなしにするわけにもいかないし。

盗まれたら大変!


でも当たりのキャンプ場もあるわけで。

キャンプ場の横を歩いて行くと海岸という抜群な所が許可が下りた時があった。

砂浜に横になり、天体観測という最高なシチュエーションだった。

海は遮るものがないし、波の音が聞こえて最高!

みんなでウキウキで望遠鏡を組み立てた。

が、その後ずっと曇っていて結局星を見ることはできなかった。


ちなみに曇りの日は何をしているかというと。

一番大きなテント内に、望遠鏡を組み立てだけしておいて、すぐに外へ出られるようにスタンバイしていました。

つまり曇りでも起きているんです!!

そして、曇りもしくは雨の日のお楽しみといえば、夜中のおやつ!

先輩方の時はなかったらしいのですが、私たちの代で作りました『夜中の3時のおやつ』

そういう楽しみがないと乗り越えられないー!

好評だったのは、ホットケーキ!

牛乳は腐りやすいので、持って行けず、コーヒー用のパウダーを入れて作っていましたよ!

死ぬほどハチミツをかけて食べて、曇りを乗り切っていました。


天体観測なので、もちろん見たデータをまとめる必要もあるわけです。

当時はデジカメではないので、撮った時間やレンズの種類シャッタースピードの時間など、細かく記録していました。

さっぱり私はわからず、先輩たちはOBの手を借りながら記録していました。

そして、それは私たちの代に受け継がれず、放置…。

いいのかな?


そして、一番忘れられない体験は、夏合宿に初めて行った時だった。

新人が8人ほど参加していた。

初日は曇りで、ちょうどいいと機材のセットの仕方などを教わっていた。

2日目、夜星を見て観測の仕方を教わった後だった。

新人たちが、気づくとお互いの顔がうっすらと確認できる。

あれ?懐中電灯つけていないのに。

空を見ると星が消えつつあった。


夜明けだ。

片づけるぞ、の言葉と共に望遠鏡をしまい、寝袋をしまい、段ボールを片付ける。

そうこうしているうちに、ますます明るくなって空気が少し暖かくなる。

夜が白々と明ける、とはよく言ったものだ。

あれだけ濃く黒い空が、白くなっているのだから。

遠くの山の向こうが、薄い紫色になりピンクになりオレンジ色になってくる。

そして、その色たちを濃縮したような濃いオレンジ色の日が下から出てくる。


知らなかった。

こんなに美しい朝日があるんだという事を。

朝日は暖かいという事を。

土や草が目覚め、自己主張するかのように匂いを放つ。

朝の空気に香りがあるという事を。

知らずに深呼吸して、肺いっぱいに朝の空気を貯め込んだ。

私は、人生初めて朝日を全身で感じて涙を静かに流した。


ご来光を見に山に登ったわけじゃない。

普通のキャンプ場だ。

でも、朝日を見て感動した。

気が付かないだけで、本当は毎日、日がのぼっている。

毎日この美しい朝日が繰り返しのぼっているはずなのに、知らないだけだった。


泣いているのは、私ともう一人の新入部員だけだった。

「きれいだろ?」

「せ、先輩…」

「俺も最初夜明けを迎えた時、泣いた」

「俺も。なぜだか涙が止まらなかったんだよなぁ」

「普通に過ごしている時も毎朝、日が上がっているのにな。社会人になると忘れるんだよなぁ」

あの時の会話を忘れられない。

もしかしたら、日常を忘れるために先輩たちは合宿を手伝ってくれているのだろうか。

朝日を確認するために。

あの頃に戻れるかもしれないと思って。


帰り道も先輩たちの車に分散して帰ってきます。

そんな合宿は毎年夏、冬は希望者がいる時のみ。

さすがに3年生の夏は参加せず、1、2年生の後輩のみだけ参加。

私は県外の大学に進学予定だったので、そのまま卒業、地元に帰ることはあまりなくなってしまいます。


社会人になってからわかる。

毎日日は昇るのは当たり前だ、と。

そして、それすらも考えなくなる、という事に気が付く。

いつか、キャンプ場に行こうと思っている。

あの頃は楽しかったという思い出と、

毎朝、確かに日は昇っていると確認するために。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夜明けは涙がでる しゃち子 @honuhonu28000

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ