第2話 いきなり決戦! 魔王城!

 堺勇介――十八歳の高校三年生だ。

 

 三年前のある日、勇介は勇者として異世界に召喚された。

 

 戸惑いもあったが、楽しくもあった。仲間達と協力し、地道にクエストをこなして自分を鍛え上げ、様々なスキルと強力な武器を手に入れて魔王を倒し、世界を救った。

 

 そして元の世界に帰ったのだが……

 

 さほど間を置かずに、再び勇者として別の異世界に召喚された。

 

 そんな事がもう十二回も繰り返されたのだ。

 

 楽しかったのは最初の三回目くらいまで。もはや勇者として召喚されるのにうんざりしていた。

 

 この世界も速攻で救ってみせる。


 勇介はブレザーの制服から動きやすい服装に着替え、装備を調えた。


 いつ異世界に召喚されてもいい様に備えは万全である。


 最後に革のジャケットの裏側に何体かの人形を吊す。


「勇者様、それは?」


 エリメールが首を傾げて問いかけた。


お守り・・・だ」


 ぶっきらぼうに答える勇介。だが、おそらく希少なマジックアイテムに違いない。

 

「堺勇介の名において命じる。出でよ、霊鳥スカールナ!」


 勇介はかつての冒険で契約した召喚獣を呼び出した。

 

 それは黄金に輝く羽毛に覆われた巨鳥だ。

 

「乗れ。魔王の元まで案内しろ」


「は、はい」


 勇介はエリメールと共にスカールナの背に乗る。

 

「まずは東に――ひゃっ」


 エリメールが指差す方向を目指し、スカールナは翼を羽ばたかせて浮き上がる。

 

 飛行機並みのスピードでスカールナは空を駆けた。

 

 普通なら風圧に吹っ飛ばされるところだが、勇介が魔法の障壁を張る。

 

 一時間ほどで眼下に禍々しい城が見えてきた。

 

「あ、あれが魔王城アルパリオスです」


「よし。スカールナ、突っ込め」


「え? え? えええーーーーー?」


 エリメールの悲鳴を無視し、スカールナはその城の天守に突っ込む。

 

 壁に大穴を開け、スカールナは王の間に降り立った。

 

「な、な、なんだぁ!?」


 王座に座り、美女達を侍らしてワインを楽しんでいた魔王が素っ頓狂な声を上げる。

 

「あれが魔王スクルガンドです! ……多分」


 エリメールは青白い肌に頭の横から二本の角を生やした魔族を指差した。

 

「何者だ? いきなり我が城に押し入るとは無粋な輩め」


 魔王スクルガンドは先ほどの狼狽ぶりを取り繕うかのように、優雅に髪をかき上げながら訊ねた。

 

「勇者・堺勇介。お前を倒しに来た」


 勇介は虚空から聖剣フォルトラを取り出して構える。

 

「ふん。ならばその力を試してくれよう。出でよ四天王!」


 魔王が腕を振るうと四つの魔方陣が現れ、そこから四体の異形の魔族達が姿を見せる。

 

「お呼びですか、魔王様」


 その中の一人、二足歩行の竜のような姿をした魔族が膝をついて恭しくこうべを垂れた。残りの三人もそれに追従する。

 

「ふふ、我を倒そうとか言う命知らずが現れたのだ。お前達、遊んでやれ」


「「はっ」」


「くくく、そんな細身でこの俺に敵うと思っているのか? チビすけめ」


 虎の頭に筋骨隆々な魔族が、指を鳴らしながら勇介の元に歩み寄る。

 

「お前なんぞひとひね――りば!!」


 勇介の剣の一振りで、血しぶきを上げながらその魔族は蒸発した。

 

「……す、少しは出来るようだな。だが今お前が倒したのは四天王の中でも最じゃ――くば!!」


 鳥の頭を持った魔族も同じく消し飛ぶ。

 

「ば、馬鹿な……」

 

 さすがに残りの四天王、さらに魔王の額にも冷たい汗が流れる。

 

 残る二人、竜人と背中に甲羅を背負った亀のような魔族は目配せを交わした。

 

「うぉおおお!」


 亀の魔族が勇介めがけて突っ込んでくる。

 

 勇介は三度剣を振るったが、放たれる斬撃はその鱗に弾かれた。

 

「はははぁ! 我が鱗は金剛石よりも硬い。貴様の攻撃なぞ利かんわ!」


 そして亀の魔族が勇介の身体を押さえつける。

 

「やれい! ドラクロア!」


「応!」


 竜人――ドラクロアは大きく口を開いた。

 

 そこに生じるのはプラズマの塊だ。

 

 轟!!

 

 ドラクロアは必殺の雷のブレスを放つ。


「勇者様!」


 スカールナが飛び上がり、エリメールは難を逃れたが、勇介は光の奔流に飲み込まれる。

 

 亀魔族は咄嗟に手足と頭を甲羅の中へと収納し、なんとかそのブレスに耐えた。

 

 そして勇介は――

 

 無傷だった。その手にはいつの間にかもう一振り、黒い刃の刀が握られていた。

 

「な、何故!?」

 

 床の上から亀魔族は勇介を見上げ、驚愕に目を見開く。

 

「次元刀――黒神くろがみ


 勇介は手にした刀を掲げる。

 

「次元を断絶する刃だ。空間を切り裂いてしまえばどんな攻撃も届かない。そして――」


「ひば!!」


 腕を一振り、勇介は亀魔族の身体を縦に両断した。

 

「どんな硬い装甲とて無意味だ」


 勇介はゆっくりとした足取りで、残る最後の四天王・ドラクロアへと歩み寄る。

 

「く、来るな! 来るな! 来るなぁ!!」


 ドラクロアは連続して雷のブレスを放つ。しかしそれは全て黒神の一振りに防がれた。

 

「ひ、ひ、ひぃいいいっ」


 ドラクロアはその爬虫類の顔を恐怖に引きつらせ、勇介に背を向けて逃げ出すが――

 

「あば!!」


 その頭が蠍の尾のようなもので貫かれた。

 

「敵に背を向けるとは何事だ。クズめ」


 魔王は放った尾を引き戻しながら吐き捨てる。

 

「よかろう。我が直々に相手をしてやろうではないか、勇者よ」


 その玉座から立ち上がり、魔王は勇介と対峙する。侍らしていた美女達はとっくの昔に逃げ出していた。

 

「くくく、見せてやるぞ。我が真の姿を」


 その言葉と共に、魔王の身体が破裂するかのように膨れ上がる。

 

「はーはっはっは! これでもまだ我に勝てると思うか?」


 王の間の天井を崩しながら現れたのは、巨大な蠍の化け物だ。ただし頭部の代わりにそこから巨人と化した魔王の上半身が生えている。

 

「ふむ。さすがに少しばかり大きいな」


 勇介はその姿を見上げながらも冷静に呟く。

 

「ならば――出でよ! 神骸機しんがいきアシュヴァーン!!」


 勇介の背後の空間に巨大な魔方陣が描かれる。そしてそこから白銀の巨人のごとき騎士が現れた。

 

「なっ、なにぃ!?」


 それは別の異世界を救う際、手に入れた古代文明の魔導兵――いわゆるロボットだった。


 アシュヴァーンは勇介に手を差し伸べると、その身体を開いた胸部の中に収納する。

 

「斬魔剣ゼノシア、召喚」

 

 操縦席で勇介が呟くと、アシュヴァーンが伸ばした手の先にこれまた巨大な剣が現れる。

 

「滅びろ、魔王」

 

 その剣を構え、アシュヴァーンは背中から青白い炎を吹き上げて一気に魔王との距離を詰める。

 

「……え?」


 いささか間抜けな呟きと共に、魔王の身体は両断された。

 

 青い血を吹き上げながら、左右にその巨体が別れ、倒れていく。

 

「魔導砲バスタリカ、召喚」


 アシュヴァーンは床に剣を突き刺すと、代わりに現れた細長い銃のようなものを手にした。


「ファイア!」


 魔王の身体に向け、ビームのような光条が放たれる。

 

 跡に残ったのは白い灰だけだ。それも風に流されて散っていく。

 

「……倒した? 終わったの?」


 その様子を柱の陰から見ていたエリメールは、あまりのあっけなさに呆然としながら呟く。

 

 しかし、徐々にその事実が実感として胸を占めていった。魔王は勇者に倒され、世界は救われたのだ。

 

「勇者様~~~♡」


 エリメールはアシュヴァーンから降りた勇介の元に駆け寄った。

 

 床に広がる白い灰を渡ろうとしたその時――

 

 こんもりとした灰の山から人影が飛び出す。

 

「きゃあああ!」

 

 その人影はエリメールを捕まえると、その身体に腕を回し、盾にするように背後に立った。

 

「や、やってくれたな……勇者よ」


 息を切らしながらそう言うのは、倒したはずの魔王スクルガンドだった。

 

「ほう、まだ生きていたとはな。さすが魔王なだけはある」


 勇介は特に驚いた様子も見せず、淡々と言う。


「くっ……おかげで魔力のほとんどを失ってしまったわ。今の我はゴブリンにすら勝てないかもしれぬ」


 忌々しげに歪めた顔は頬がごっそりと削げ、逞しかったその身体も今では枯れ木のように痩せ細っていた。

 

「再び魔力を蓄えるには何百年もかかるだろう。だがこの借りは返させて貰うぞ」


 魔王はエリメールの腰に差されていた守り刀を引き抜くと、その刃を細い首に押し当てた。

 

「この女の命が惜しければ動くな。魔法も使うな。その巨人やそこの鳥に命令するのも無しだ」


 チラリと召喚されたままの霊鳥スカールナを横目で見る。

 

「分かった」


 勇介は両手を挙げ、抵抗する意思がない事を示そうとしたのだが――

 

「動くなといっただろうが!」


 神経過敏になっている魔王はその尾で勇介の頬を打ち据えた。

 

「くっ……」


 衝撃に顔を逸らせた勇介の口元から一筋血が滴る。

 

「また動いたな!」


 理不尽な台詞を放ちながら、魔王は再び勇介を打ち据えた。

 

 勇介はサンドバッグ状態で何度も蠍の尾からの打撃を受ける。

 

「く……あ……」


 ボロボロになった勇介は床に膝をついた。

 

「勇者様! 私に構わず魔王を!」


 エリメールは己の命を省みずに叫んだ。自分一人の命で世界が救われるなら安いものだ。

 

「……断る」


「勇者様!?」


「たとえ世界を救えても、女一人を救えないようでは勇者の資格などない」


 勇介は確固たる信念を持って言い放つ。

 

「ならばそのままなぶり殺してくれるわ!」


 魔王はひたすらその尾で勇介を打ち続けた。

 

「やめて……やめて……やめ……」


 エリメールは涙を流しながら顔を伏せる。無抵抗なままひたすら殴られ続ける勇介の姿を見ていられない。


 勇介の身体が力を失い、仰向けに倒れ込んだ。

 

「とどめだ」


 魔王の尾が勇介の胸を貫いた。

 

「あ、あ、あ……」


 エリメールは床に倒れたままピクリとも動かない勇介の姿に絶望の表情を浮かべる。


 自分のせいで――その後悔だけが胸中で渦巻くのだった。

 

「ふぅう……馬鹿な男だ。だが念のためその首を落としておこう」


 魔王はエリメールを解放し、床に倒れた勇介の元へと歩み寄った。

 

 そして首筋に刃を当てたその時――

 

「……あ?」

 

 勇介の手刀が魔王の胸に突き刺さった。

 

「ば、馬鹿な……確かに心臓を貫いたはず……」


 その言葉に勇介は上着をはだけて見せた。

 

 その内側には数体の小さな人形がぶら下がっている。

 

「スケープドール――一度だけ所有者に与えられる致命傷を肩代わりしてくれる」


 確かに、その内の一体が破壊されていた。


「道具を使うなとは言ってなかったよな?」


 そう言いながら勇介は腕を引き抜く。

 

「がは!」


 その手に握られているのは魔王の心臓だ。


 勇介はその心臓を握りつぶすのだった。

 

 

       ◆

       

       

「勇者様!」


 床に倒れ伏す勇介にエレメールが駆け寄る。

 

「申し訳ありません。私の為にこんな……」


「いや、お前が無事で良かった」


 勇介はエレメールを見上げ、ほんのわずかに笑みを浮かべた。

 

「あ……」


 エレメールの胸がキューンと締め上げられるように高鳴る。


 自分の為にこんなに姿になりつつも、世界を救った勇者――これはもう惚れない方がおかしいだろう。

 

「い、今すぐに回復魔法を!」


 顔を真っ赤にしながらエレメールは呪文を唱え、勇介の傷を癒やした。

 

 その後、念には念を入れて魔王の首を落とし、その亡骸を魔法で焼き尽くす。

 

 こうして、ほんの数時間の世界を救う冒険は終わったのだった。

 

「じゃあな」


 送還の為の魔方陣に立つ勇介が、短い別れの言葉を告げる。

 

 エレメールが唱えた呪文が発動し、その姿が光の中に飲み込まれていく。

 

 どこか悲しげな瞳で見送るエレメールだったが、意を決してその光の中に飛び込んだ。

 

 そして勇介の身体に抱きつく。

 

「お前!?」


「勇者様。私も、私も一緒に……」


 エレメールは潤んだ瞳で勇介を見上げた。

 

 そして二人は無事に勇介の世界――日本へと転移する。

 

「ここが勇者様の世界……」


 エレメールは初めて見る光景にキョロキョロと辺りを見回した。

 

「まったく……どういうつもりだ?」


「そ、その……私……勇者様の事が好きになってしまって……」


 エレメールはモジモジしながらそう答える。

 

「はぁ……とにかく俺は家に帰る。ついてこい」


「は、はい」


 そうして二人はとある一軒家に辿り着くのだった。

 

「ただいま」


 勇介が玄関のドアを開けて中に入ると――

 

「遅かったではないか、ユースケ」


 金髪の美女が二人を迎える。

 

「お帰りなさいませ、勇介様」


 続いて黒髪の和風美人が現れた。

 

「もうっ、ダーリンったらどこで寄り道してたの?」


 今度は栗色の髪の美少女だ。

 

「え? え? え?」


 エレメールが目を白黒させている内にも次々と女の子達が現れる。

 

 その数総勢十二人!

 

「あ、あの……勇者様。この方達は一体?」


「お前みたいに異世界からついてきたんだ。みな俺の事が好きだと言ってな」


 そう答える勇介に女の子達が群がる。

 

「ユースケ♡」


「勇介様♡」


「ダーリン♡」


「……異世界じつかに帰らせて頂きます」


 エレメールは顔に縦線を浮かべながらそう言うのだった。

 

 

 ~END~

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勇者はつらいよ~最強勇者の憂鬱~ junhon @junhon

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