勇者はつらいよ~最強勇者の憂鬱~

junhon

第1話 序章~勇者召喚~

 神殿の床に描かれた大きな魔方陣を前に、エリメールは祈るように呪文を唱える。

 

 真っ赤な髪を長く伸ばした彼女は、マクアト神に使える巫女だ。

 

 つい先日成人したばかりの十五歳だが、スレンダーながら出るところは出ているなかなかのプロポーションだった。

 

 その肢体を包むのは結構きわどい衣装だ。何となく踊り子風である。だがこれが巫女の正装だった。

 

召喚ノマーサ!!」


 エリメールは呪文の最後の一節を高らかに叫ぶ。

 

 その“力ある言葉”に魔方陣が反応する。床に描かれた複雑な線は光を放ち、それは光の柱と化した。

 

 そして光が収まると、魔方陣の中に一人の男の姿があった。

 

 現れたのは黒髪の青年だ。年の頃は二十歳少し前くらいに見える。

 

「ああ! 神よ、ありがとうございます。勇者を我が元に送って下さったのですね」


 エリメールは指を組み、神に感謝の祈りを捧げる。

 

「異世界の勇者様。どうかこの世界をお救い下さい」


 エリメールは膝をつくと、青年の前にこうべを垂れた。

 

 青年――堺勇介さかいゆうすけはそんなエリメールを見下ろし――

 

「はあああああ……」


 深くため息をつくのだった。

 

「あの、勇者様?」


 勇介の様子にエリメールは怪訝な視線を向ける。普通異世界に召喚されたら驚き戸惑うものではないだろうか?

 

「はいはい、勇者ですよ。で、魔王はどこにいる?」


 勇介は面倒くさそうに訊ねる。

 

「お待ちください。まずは伝説の剣と鎧を手に入れて……」


「いらん。いいからさっさと魔王の居場所を教えろ」


「あ、あの……とても頼もしいお言葉なのですが、いかに勇者様とは言えロクな武器もない状態では……」


「武器か? 武器ならもう持っている」


 そう言って勇介は虚空に手を伸ばした。

 

 その手の先に黒い穴が生じ、そこから一本の剣を引きずり出す。

 

「聖剣フォルトラ――こいつで十分だろう?」


 その剣からは神々しいまでの“聖なる力”が発せられている。

 

「え? え? え?」


「足りないか? なら――」


 勇介は再び黒い穴に手を突っ込んで武器を取り出す。

 

「神刀ナルシヴ」


「霊剣アテン」


「怪刀ミストラ」


「魔剣ルフタ――」


「い、いえ! もう結構です!」


 次々と地面に突き立てられる武器の数々に、エリメールは目を回す。どれもこれも莫大な力を秘めた武器ばかりだ。その霊気に当てられて酔いそうだった。

 

「で、でも鎧は?」


「いらん。動きが鈍くなるだけだ。何だったら鎧も――」


「い、いえ! 勇者様がいらないのなら問題ありません!」


 黒い穴から鎧も取り出そうとする勇介を慌てて止める。

 

「えーと、後は仲間を集めてですね……」


「それこそいらん。足手まといだ」


「ええ!? でも魔法もあった方がいいですよ」


雷神撃ヴイシユヴエトリ!」


 勇介が呪文の詠唱も無しに放った魔法が何枚もの壁を突き破り、さらにはその先の山の麓にトンネルを開けるのだった。

 

「あ、あ、あ……」


 エリメールは顎を落としてその破壊力に愕然とする。

 

「ちなみに回復魔法も万全だ。白骨死体も蘇らせるぞ。あと付与魔法も――」


「は、はい。では魔王の居城の場所なのですが……」


 エリメールは素直にラスボスの居場所を告げるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る