灰
木瓜
灰
ザクッ ザクッ
煤けた鉄鍬で、今日も灰を掻き集める。
街灯から自動車、テレビといった電化製品まで、街にあるあらゆるものは、この灰によって動力を得ている。
寧ろ、灰がなければ生活もままならなくなると言っても過言では無い。
灰は金になる。
自分のように、その日暮らすので精一杯な人間にとって、灰は、幾ら掻き集めても無駄にはならない代物という事だ。
ザクッ ザクッ
「今日は…、一段と降るな」
産まれた頃から、この街には灰が降り注いでいた。
分厚い雲の向こう側には、眩くて温かい、大きな光の球体があるんだと、小さい頃、教会のシスターが教えてくれた。
唯の御伽噺だろうけど、案外、嫌いではなかった。
「……やっぱり、ここに居た」
若干呆れ気味の声に、自分は顔を上げる。
「リリィ」
彼女は自分の幼馴染みだ。
小さい頃、よく通っていた教会で顔を合わせて以来、何だかんだで仲良くやっている。
「もう…、今日は灰が濃いから、外出ちゃ駄目だって街の人が言ってたじゃない。君まで消えちゃったらどうするつもりなの?」
灰が多く降る日は、辺りが見渡せないぐらい景色が濃くなるせいか、人が度々消える。
その所為もあって、灰が濃くなる日は外に出ないのが常識となっている。
「問題ない。寧ろ、俺にとっては稼ぎ時だ。外に出ない理由の方が無い」
彼女の頭上では、今日も小さな炎が揺らめいている。
中心部に住む金持ち達は、この炎が消えたら自分達も消えちまうんだ、とか何とか言って、高い金を払って手術してるみたいだけど、こんな綺麗なキャンドルを、取ってしまうのは勿体ないと思う。
教会のシスターだって、そんな事をするのは罰当たりだって言ってたし、第一、この前、ミゲルが爺さんの炎に息を吹きかけてたけど消えやしなかった。
「そんな事ばっか言って…、私は君の事が心配だよ」
自分は、リリィの炎が好きだ。
優しくて、温かくて、
ぼんやりと滲むこの色は、灰色だらけの世界で、唯一、拠り所となってくれる。
他の人達の炎は、何だか色が鮮やかすぎたり、小さすぎたり大き過ぎたりで、こうはならない。
綺麗で、美しい炎は、リリィのだけだ。
「……なに?じっと私の事、見つめたりなんかして」
「いや、リリィの炎、綺麗だなと思って」
「おかしな事言うのね。…私も、君の炎、綺麗で好きよ」
彼女はそう言ってくれたが、俺は、自分の炎を好きになれない。
小さくて、不恰好で、
リリィの炎には、到底釣り合わない。
「ねぇ、シスターの話、覚えてる?」
「何の?」
「この灰の話。……灰は、消えてった人達の忘れ物だって」
「あぁ……」
いつだったか、シスターが言っていたっけ。
この街に降る灰は、消えた人達の忘れ物だと。
天罰によって消された人達の、生きた証なんだと。
「俺等を怖がらせる為に言ってただけだろ。あのシスター、よく御伽噺を聴かせてくれてたし」
そういえば、あのシスター、いつからか見かけなくなったな。
「シスター、その話をした翌日に、中心部の人達に連れてかれたんだって。それ以来、シスターの事見た人いないって」
「…………そうなんだ」
「この灰って…、何なんだろうね」
リリィの炎が不安気に揺れる。
辺りの灰が舞って、景色が、一段と濃くなった。
「あのさ」
嫌な胸騒ぎを覚えて、ふと、隣に居る彼女へ目を向ける。
彼女の瞳は、灰のように虚ろだった。
頭上で揺れていた筈の、あの美しい炎は、侘しい煙を遺して、跡形もなく消えていた。
「あ…、ああ、あぁ……」
影だ。
見た事もない程大きい、黒い影のようなものが、そっと息を吹きかけて、リリィの炎を消したんだ。
「っ………………」
何かを言おうとした彼女は、そのまま、灰となって崩れていった。
風に乗って、彼女だったものが、飛んで行く。
「リリィ…」
影が、近付いてくる。
そいつは、もう目と鼻の先まで。
何故だか、優しくて温かい、あの炎を思い出した。
ふぅぅゥ
影が、息を吹きかける。
プススと、惨めな音を立てて、俺の炎は消えた。
「…………………………………………」
体が崩れる。
これまでの日々も、あの、美しくて綺麗な炎も、体と共に、灰となって朽ちていく。
ーあぁ
俺は、灰になった。
大事なものを忘れたまま、灰色の空へ飛んで行く。
灰 木瓜 @moka5296
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