第5話 俺たちの戦いはこれからだ!
「やはり、ここでござったか」
麟太郎よりも背の低い──しかし、着るものは旗本直参のそれである若様が、寅次郎と入れ替わるように暖簾を潜った。
「剛太郎さまッ!」
颯爽とした風情の小栗剛太郎へ、お花がすぐさま駆けつける。
「お花さん、いつもの団子を貰えますか」
お花は剛太郎より年上であるが、その躰は小さいながらも堂々としていた。物心ついた頃から厳しく躾けられた剛太郎は、普通にしていてもどこか気品を感じさせた。
「はーいっ、すぐに」
お花の、あきらかに自分に対する態度との違いに内心穏やかではない麟太郎だったが「城でなんの話だったんだ」と冷静を装い話しかけた。
「猫又の件で、追い払ったのは余であると一同勘違いをされておったので、正しておきました」
「何の話だ」
「猫又がまた江戸に現れたとき、幕府からお呼びがかかると思います。むろん余も手伝いますが」
「……そうか。まあ、幕府に言われなくてもやってやるさ」
剛太郎が目線を合わさず、何やら落ち着かない態度を奇妙に思ったので真正面から問いただした。
「どうした、何かあったのか」
「猫又のバケモノが放った世迷い言を気にされているのではないかと……余は麟太郎さんを目標に島田道場で日々研鑽に励んでおります。直参だとか御家人だとか、そんなくだらないことに……」
「おいおい、気にしているのはおまえじゃねぇのか。俺は何ともおもってない」
あ──そうか、と麟太郎は思い出した。先ほどの牢人は──猫又?
「いや、そんな馬鹿なことが……」
「麟太郎さん!」
剛太郎が突然両手を取り、顔を近づけて「余を見捨てないでください。余は、余は……」
「おいおい、落ち着け。おまえは、なにを……」
そばで湯飲みが落ちて割れる音がした。振り向くと、そこに立つのは看板娘のお花だ。驚愕の表情で──やや赤らんだ頬をしながら、恥ずかしげに呟いた。
「お二人は、そういう関係だったのですか」
麟太郎のなかで何かが音を立てて壊れた。
真剣な眼差しの幼い若様と交互に見やりながら、ぷるぷる震えながら、「ち、ちがう、ちがうんだ」と呟くのが精一杯だった。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
「寅次郎、帰って来たのか」
日の差さぬ深い洞窟で
口角をあげた表情で楽しげに戻った吉田寅次郎は初老の前にあぐらをかき「一杯やらんか」と一升瓶を抱えた。
「どうやら面白い土産話が聞けそうだの」
「もちろんだ、タマウよ。来年、江戸に戻るのが楽しみになったわい」
ふたりの男はその日、新しい國造りの話で大いに盛り上がった。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
──一年後、
風雲急を告げる大江戸。狂ったように鳴らされる半鐘。人々の怒号、絶叫、悲鳴、嗚咽。再び、巨大猫又がやってきた!
江戸の町を護らんと島田道場あげて立ち向かいます。そこには我らが少年剣士、麟太郎と剛太郎の姿も。
吉田寅次郎あやつる奇っ怪な妖怪軍団によって、お花ちゃんが攫われた!
嗚呼、どうなるこの続き。
残念ながら紙面も尽きたようで、これは次回の講釈で。
【短編】大江戸猫又忌憚【読切】 猫海士ゲル @debianman
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます