転生担当神様の苦悩

かみさん

転生担当神様の苦悩




 神様の朝は早い。神の世界に朝という概念はないけれど、とにかく早い。


「ふあぁぁぁ……あふ……」


 大きな欠伸を噛み殺して、一柱の神である私——キアラは体を起こした。

 開くのを拒否するまぶたを無理やり開こうと試みるものの、この体はいやだいやだと駄々をこね、なかなか目を覚ましてくれない。


 ……神に睡眠が必要なのか?


 その疑問も納得ですが……

 しかし、あえて言いましょう。必要だと。


 最初は人間の事を理解するためのものだったのだけれど、実際に寝てみるとこれが素晴らしい。

 まどろみの時間に禁忌の二度寝。その心地よさに心奪われてしまいました。


 とはいえ、いつまでもこのままでいるわけにもいかない。

 私はずり落ちるようにベッドから降りると、身支度を始める。


 顔を洗い、歯を磨いて、ボサボサになっている金の髪を櫛で梳く。

 これも人間を理解するために始めたものだけれど、今となっては習慣になっている。

 そして、全ての身支度を終えると転移。


 神に距離は関係ない。

 その身はどこへでも一瞬で現れ、その声はどこにでも届かせられる。


 目的地は神々の集会所。

 移動は一瞬で終え、閉じていた目を開く。

 そこには——


『マジカルゥゥゥ☆ラリアットォォォォ!!!!!』


 ピンク色のひらひらとした衣裳。そして、左手には星が先端についたステッキ。いわく魔法少女と呼ばれる人間が着る衣装。

 しかし、その姿はどこかおかしい。

 身長は二メートル近く、筋骨隆々の腕と胸板はその衣装をはち切れんばかりに押し上げている。

 極めつけはその顔。

 極太の眉毛は顔の中心で繋がり、頭はスキンヘッド。


 そんな人間の姿が集会場の中心に映されていた。


「おっ? キアラ来たな! やっぱおもしれえなお前が担当した人間」


「…………」


 先にいた先輩たちが一堂に私を見てくるけれど、それに反応する余裕はない。

 パチパチと瞬きを繰り返し、先輩たちの顔を順番に見ていくと、その顔はニヤニヤと弄り倒す後輩が来たと笑みを携えていた。


 私は再び瞬きをして——


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!!!」


 私は先輩たちのいる前で悲鳴を上げたのだった……






「うう……」


「そんないじけるなって。ほら見てみろよ? 面白いじゃんか」


『(これで決まりよ!!!)マジカルゥゥゥ☆クロスカウンタァァァァッ!!!』


「いやぁ! 止めてぇ! 見せないでぇぇぇぇ!」


 先輩に視線の先、ちょうど敵に対してクロスカウンターを決めるマッチョの姿に悲鳴を上げる。

 何がツライって、何を考えているのかが分かってしまうのがツライ。


 考えてもみて欲しい。

 身長二メートルの筋骨隆々の! 怪物が! (これで終わりよ!!!)なんて心の中で叫んでいる……

 普通にキツイでしょう?


 ……あなたに言っているのですよ? あなたに!!


 少し興奮してしまいました。話を戻しましょう……


 彼は私が初めて担当した人間。

 病気で亡くなり、この世に未練を残していた彼は元気な体を欲していました。

 だから、生まれ変わったら元気な体になれるようにして送り出したのに、こんなことになってしまうとは。


 しかし、どこで道を間違えてしまったのかは分かりませんが、彼は強い。

 成長するにつれてその体は大きくなっていき、物理で魔法を掻き消し、その拳で剣を打ち砕く。

 魔王のいる世界に送り出したのは良かったと自分自身を褒めているくらいです。


『マァァァジィィィカァァァァルゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!』


「来るぞみんなぁっ!!!」


 先輩の言葉で我に返り、映像へと目を向ける。

 そこには、溜めるように構え、今にも破裂しそうなほど筋肉を膨張させている人間の姿。


『エクスプロージョォォォォンンンンン!!!!!!』


 突き出す拳。

 その拳は敵の繰り出す巨大な魔法を貫いても止まらない。


 掻き消えるほどの速度で踏み出し、その足の筋肉をボコンと膨張させた瞬間——


『ダブルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!!』


「「「「キタァァァァ」」」」


 繰り出す二撃目。

 神である私にすら視認が難しい速度で加速した人間は、その勢いのまま敵を貫き、衝撃波で雲を吹き飛ばした。


 おい……魔法を使え、魔法を……


 お前のステッキは飾りか? せめてそのステッキで殴るくらいしろ……


 おっといけない。興奮する先輩たちにあてられて口が悪くなってしまいました。


 爆散する敵を遠い目で見つめ、私は何とも言えない心境になる。

 あんなのでも、あの世界では魔王の次に強い悪魔だったはず。

 それなのに人間は全くの無傷。


 このままいけば世界は平和になるのは確定のはずだけれど、自分が送った人間ながら敵になった悪魔の同情してしまう。

 だって、あんな姿の人間にやられるんですよ?


 見守っていた時に初めて人間に会った魔族なんて(なんだこいつ気持ちわりぃ……!)なんて心の中で叫んでましたよ?

 今やられた悪魔も最後に(なんでこんなふざけた格好の奴にぃぃぃぃ!!!)なんて心の中で叫んでましたし……


 もう同情しか出来ないですよ……


 意気消沈してしまう私。

 そんな私の元に先輩の一人がやって来る。


「くくく……まあまあ元気出せって! 初めてなんだから——プッ、くく……しょ、しょうがないだろ? 俺の担当もみるか?」


「……本心丸見えですよ?」


 笑いを堪えられてないし、先輩の担当は真っ当な勇者として魔王を倒して、その後の世界でハーレム作って女の子たちとよろしくやってんのも知ってんだよ……クソが……!!


 神どうしは心が見れないのをいいことに、私は好き放題先輩に罵詈雑言を浴びせていく。

 だけど、その目は本心を隠せていなかったらしい。


「お前……イラついてるときにジト目になる癖治らないよな」


「にゃ、何のことですかぁ?」


「動揺してんの隠せてねぇぞ?」


 不味い……!

 このままではまた仕事を押し付けられる!


 思考をフル回転。

 考えるのも一瞬、決めるのも一瞬。

 その一瞬で私が出した答えは——


「そ、そういえば先輩。あの様子を見るに私が担当してる世界は大丈夫そうですよね? そろそろ次の担当を決めないといけないのでは?」


「あ?」


 眉を寄せる先輩から目を逸らし、中心の映像へ。


『うおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!! 勝ちましたわよ神様ぁぁぁぁっぁぁぁぁぁ』


 悪魔を倒し、叫び声をあげている人間の姿に私は頬を引きつらせる。

 しかし、今はその姿が頼もしい。


「ほ、ほら! あの人間じゃ無傷で魔王最高の部下を無傷で倒してるんですよ? これなら大丈夫じゃないですか?」


「うーん……まあ、そうかもな」


 先輩の眉が少し下がる……馬鹿め!

 私はこの勝機を逃すべく、表情に笑みを張り付け、猫なで声で先輩に語りかける。


「だから私には次の担当が必要だと思うんですよ! ちょうどいい機会ですし、先輩が紹介してくださいよぉ」


「そこまで言うなら……まあ、考えんこともない」


 目を閉じ、眉をひそめる先輩。

 この姿は、転生する人間を吟味している姿。


 私は大人しく待つことにした。

 そして、しばらくすると。


「うーし、決まったぞぉ」


「ありがとうございます」


 気だるげ私を見てくる先輩に満面の笑顔で返す。


 そのまま良い人間をよこせばいいものの……馬鹿め!! 

 とはいえ、選んでくれたことは感謝しないと……これでいいでしょ?


 先輩の元に近づいていくと、前かがみになって胸元を見せ、先輩に感謝を示す。


「お、おう、気にすんな」


 そう言いつつも、私の胸元から目を離せない先輩。

 そんな先輩を内心馬鹿にして、私は姿勢を正す。


「コホン! では、私は行ってきますね。先輩たちはこのままお楽しみください」


 最後にバカにした笑みを見せて転移。

 

 白い、白い何もない部屋。そこにはすでに人間がいた。

 私の姿は見えていないようで、キョロキョロと視線を彷徨わせている。


 茶色の長髪で顔を隠し、小柄な体を震わせている彼女。

 私はそんな人間の姿に笑みをこぼし、声をかけることにした。


「あなたは一度死にました……ですが、あなたにはやり直す権利があります。よく考えてください。あなたはどんな力が欲しいですか?」


 私は優しく問いかける。

 その声を聞いた人間が肩を震わせ、その視線が私の元へ。


「あ、あなたは? (綺麗な人……食べちゃいたい……)」


 ん……? 今なんて言った? 食べちゃいたいってなに?


 彼女の心に疑問を覚えるけれど、私は表情を崩さないように気を付けて続ける。


「さあ、あなたの願いはなんですか? 力が欲しい? それとも魔法? なんでも叶えて差し上げますよ?」


「じゃあ……」


 顔を上げる人間。

 その時、表情を隠していた髪がサラリと落ち、隠れていた顔があらわになった。


「神様……貴方が欲しいです(ぐふふふふ)」


「ひっ……!!」


 その顔は男だった。

 声は女の子なのに、髪を降ろせば女の子なのに、その顔はどうしようもなく男だった。

 それも、担当していた人間を彷彿とさせるような——


「ん?」


 不意に私の目の前に一枚の紙が現れた。

 その紙を手に取り、何が書かれているのか見てみると。


『この人間な、お前が担当してた人間の弟な。こいつも兄と同じで魔法少女への願望が凄くてよ。声を変え、姿を変え、ただ、顔だけは金が足らなくて変えられなかったらしくてな。それに、女の格好をしたいけど、しっかりと女が好きだから(笑) そこんとこよろしく!!!』


「…………」


 絶句……


 私の中にはこれほどの怒りがあったのか?

 そう思うほど手は震え、喉の奥からはマグマのような息が漏れた。


「か、神様? ……ひっ!?(悪魔っ!?)」


 悲鳴を上げる人間。

 そうですか……そんなに私の顔が怖いですか……


 こめかみからピキピキと音が鳴り、空気が振動する。


 もう耐えられない……

 この人間をどうしてくれようか……?


 私は震え上がる人間を前で手に持っている紙を消し炭に変えた。

 それを見た人間の震えがさらに酷くなったけれど、私には関係ない。


 まずは人間を転生させる。

 行き先はどうでもいい……兄の所にでも送っておこう。


 でも、その前に——


「こんな職場辞めてやるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」


 私は天を仰いで叫んだのであった……







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転生担当神様の苦悩 かみさん @koh-6486

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