オーナメントとキャンディケイン

南風野さきは

オーナメントとキャンディケイン

 私は困っていた。

 二人連れの旅行客。それが今の私だ。そうであるにもかかわらす、片割れとはぐれてしまっていた。

 年末をむかえるための飾りやお菓子が並んでいるマーケット。暖色の光が屋台を濡らし、屋根の上でも見事な装飾が輝いている。雪明りのように湧きたつ白光のトナカイ、不思議とひややかな印象を与えない青い光にくるまれた樹木、橙の光によってかたどられた橇。それらを仰ぎながら歩いていたら、ひとりきりになっていた。ひとつのことに熱中すると周囲の音すら聞こえなくなる人間がふたり、一緒に旅をしていたのだから、予測できない事態ではない。万が一はぐれた場合の待ち合わせ場所と定めたのは、この街の駅だった。高いところに立つシラーの像を中央に、対称の両翼を持つ新宮殿。旅行者であり、街に暗い私が駅に辿り着くためには、ランドマークである新宮殿を目指すのが良策であるようにおもえた。そこからであれば、駅までの道はわかりやすいはずだ。

 だが、ここがどこで、どうすれば新宮殿に辿り着くことができるのか、それがわからない。

 灰色の空は夕暮れを抜け、街は夜に包まれる。どこからか楽器の調べが聞こえてくる。色とりどりの光は、日中よりも目に鮮やかなものと映る。息が白くなっている。寒くなってきていたのか。

 うつむいていると、艶やかな赤が目にとびこんできた。

「お困りですか」

 艶やかな赤は、一玉の林檎だった。顔をあげると、星空のような目がこちらを見つめていた。その目の持ち主が林檎を軽く投げあげる。空中で回転する赤を、目で追いかける。

「言語、違うものの方が、よいでしょうか。そう多くのことばを操れるわけでは

ないのですが、見たところ、このあたりの方ではないようですし」

 高くも低くもない声が、私そのものを見透かすように、響いてくる。

「大丈夫」

 ぎこちないけれど、そういった意味の音を、返せたようにおもう。

「ならば、よかった」

 雑踏のなかで投げあげられた林檎が、ふたたび同じ手のひらにおさまる。すると、それは、艶やかな緑のオーナメントボールになっていた。

「私でよろしければ、お力になりますよ。お力になれそうなことであるのならば、なのですが。土地のものではないという意味では、私も旅人のようなものなので。このマーケットは観光目的のイベントとしても有名ですから」

 目の前で唐突に繰り広げられる手品。緑の球形が両手で包みこまれる。それから開かれた手のひらには、赤を主とした柄の、湯気をあげているマグカップがあった。恭しく捧げられたそれを、私は受け取ってしまう。

「からだがあたたまります。ワインで、甘くて、香辛料と、オレンジかな、フルーツもはいっていて」

 私の隣でそのひとは揃いのマグカップに口をつけ、味の説明をはじめた。手のひらから滲んでくるあたたかさに肩から力が抜けていく。それまでの場を呑むような雰囲気をつくりだしていたそのひとと、ホットワインの味を伝えようとしてくれているそのひとの説明のつたなさとの落差に、笑みがこぼれる。幾分か緊張がやわらいだ私の様子に気づいたのか、そのひとは首をかしげてみせた。

 もしかすると、荘厳さもつたなさも、このひとのつくりだすすべてのものに、私は踊らされているだけなのかもしれない。

「何に困っていらっしゃったのですか」

「同行者とはぐれてしまって。待ち合わせの場所は決めてあるのですが、どうすればそこに辿り着けるのか、わからないのです」

「迷子さんでしたか。そうであるのでしたら、その場所を教えていただいてもよろしいですか。せっかくのマーケットですから、誰かと一緒に歩いてみたかったのです。目的地に向かいながらでかまいません。これは、あなたがどのようなものを不思議におもい、どのようなものに感慨を抱き、目を輝かせ、もしくは背け、興味を抱くのか。それを知ることのできる貴重な機会です。そのお礼に目的地までご案内させてください。もちろん、これもお礼に含まれていますよ」

 微笑みながら、飲み干したマグカップを顔の高さにかかげ、そのひとは指で弾いてみせた。すると、アルファベットの一文字を逆にしたような、赤と白の縞模様をしたキャンディがあらわれる。

「お願いしてもよろしいですか」

 唇から落ちたことばに驚いたのは、私自身だった。

「もちろんです」

 キャンディの杖を手に、そのひとは芝居がかった仕草で一礼する。

「それでは、光と永遠を渇望する舞台を整えに。そのためにひらかれている街へと、ともに参りましょう」

 暖色の光が踊るマーケットで身を折るそのひとは、細く、軽やかで、鳥のようにはばたく、ひとのかたちをした夜であるようにおもえた。

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オーナメントとキャンディケイン 南風野さきは @sakihahaeno

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