レイヤー:4 「狐」へ

 狐の耳が頭の上から生えて、髪の毛と同じ糸の尻尾が後ろに9本もあった。

 薄紫に近い銀色が、月明りによってより一層輝く。

 顔からして、年齢は10代後半だろうか?谷川たにかわは、自分よりも若そうだとぱっと見で思った。


「……その服、妖怪か何かか?」


 指さした狐耳の女性の服装は、江戸時代の庶民が着ていた服である小袖を連想するようなものだった。

 これまた高級そうな紫色の布。グラデーションなどを一切使わない、それこそシンプルな布で作られている。


「コンコン、でございます。妖怪よりもですよ。それこそ、レベルの話で」

「そりゃ、妖怪と人間の世界は違うだろうけど」


 妖怪、人間。全くもって違う生き物同士である。

 姿形が似ていたとしても、分かりやすい所で言えば寿命。それから人間は能力だの妖術だの、摩訶不思議な力は使えない。妖怪はそれらが使える。

 例えば今見えている小さな狐火のように……ん? 今見える?


「ちょっと待て、なんで見えているんだ? ひょっとして、俺は今寝ぼけているのか? なるほど、それなら無限地獄編にも納得だ」

「コンコン、夢ではなく現実ですよ? 狐火も触ってみます? 温度も130度ありますが?」

「火傷させる気なんですか?」


 もうほぼいつものノリに戻っていた谷川たにかわ。その姿を見て、コンコンと口を袖で隠しながら笑う狐耳。

 アメジストカラーの輝いた奥深い瞳が、暗い夜の中でキラリと光る。

 それこそ、化け狐のように。

 耳のリズムに合わせてぴょこぴょこ動く。


「さて……コンコン、何用に背の世界はいのけしきに? 顔も見ないし、迷い人です?」

背の世界はいのけしき……背の世界はいのけしき…………そうだよ、きつねさま。そうだよ、杉村すぎむらを返せ‼」


 谷川たにかわはようやっと本題に気付く。

 さっきまで無意識に動いていたのと、自分が


 冗談じゃない、口から焦っている自分が漏れ始める。

 

(コイツだ、コイツが例の化け狐だ。杉村すぎむらを消した犯人に違いない‼‼)


 こじつけにも聞こえるかもしれない。谷川たにかわも薄々感じてはいた。

 こんな八つ当たりに近いのが本当な訳が無い。本当は、ただ自分が安心したいだけに過ぎない。……そんな風に自分を決めつけていた。


 この狐耳が連れ去ったという証拠も根拠も何一つある訳では無い。むしろそこら辺はゼロに近いものだ。

 谷川たにかわが『きつねさま』を知ったのだって、今朝のことだ。

 

「コンコン、初めて見るので教えてあげますが……わたしは、人間を食べるような下級妖怪と同じではありませんよ」

「け、けど……じゃあ、どこにいるかとか分かるか? 俺の親友の杉村すぎむらって奴を、この絵を見せにここまで来たんだ。だから、頼むからよ!」

「っ! あぁ……そいうことでした、か」


 コンコン、狐の鳴き真似に聞こえるがさっきまでとは雰囲気がガラリと変わる。

 可愛らしく女の子らしい高温から、一気に女性の大人を表す低音に早変わりする。

 何かに気が付いたのか、さっきまで横に立っていた狐耳は谷川たにかわの方へ歩いていく。


 ほう、と見知らぬものを見たような声を出したと思えば、さっきだした絵ハガキをじぃっと観察する。

 人間である谷川からしてみれば、ただ絵ハガキを見ているようにしか見えなかった。

 

(それとも、まさかこの犬が気に入ったのか? ただの〆切間近の漫画家犬だってのにか? 別に背景にはこだわってないが……)





「コンコン、なるほど。これでわたしの術を解いたのですね。納得です。確かに、の運命の糸がここでカラ回り。それ、解いてあげましょう」

「運命の……糸? って、俺と杉村が? そ、そそそんな訳無いだろ!」

「コンコン、顔が赤いですよ。そうですね……この色からして彼でしょうか?」


 彼とは誰だろうか。男性であることは違い無いが……まさか、本当に杉村すぎむらが? 今の所一歩も動けない谷川は、頭を回すことも精一杯だった。

 が、何も知らない彼に正しく判断することは出来なかった。

 

 狐耳が袖から常に出ている小さめの手で小指を出すと、谷川たにかわと絵ハガキの間を縦一線に切る。

 一瞬だけその切られた間に、ひらりとか細い何かが光った。

 その景色に思わず息を吞む。


「な、何をしたって言うんだ? ま、まさか杉村すぎむらとの縁を切ったとか言うんじゃ無いだろうな?」

「コンコン、執着心はいいですが疑心は嫌ですよ。呪いの狐なんて、禍々しいものに生まれ変わる気は無いので。ゴホン、今したのはその逆ですよ」

「ぎゃ、逆?」

「大概のことはに操られます。そこは……コンコン、忘れて下さい。本題は、貴方に会いたい人がいることだよ」


 そう言うと、狐耳は後ろに下がりながら暗闇に消えた。

 そして、その背景に谷川たにかわは思わず見開く。

 決して暗闇に消えた狐耳に驚いた、なんて数秒前にことに対してでは無い。


「……れい?」


 思わず、

 普段から来ているグレー単色のTシャツに、これまた黒の短パンを普段から着ている人物は谷川たにかわは今まで1人しか見たことが無い。

 というか、もう彼以外にありえない。


「そのクソダサファッションは、まさかあき氏でござるな! 拙者今日の朝から探したんでござるが、全く見つからなかったので心配したでござるよ!」

れい……挨拶の次には見つけてくれてありがとうって言おうと思ってたけど、急に予定が変わったって連絡を入れてあげようか?』

「ま、待て。落ち着くんだあき氏、我々は仕事柄引きこもり癖のあるイラストレーター。暴力では何も解決しないでござるよ!」

『というか、そのいちいち言っているござる語尾って何? 確かに侍セーラーガールとか中学の時に描いてたけど、君って一人称も武士になっちゃったんだっけ?」

「つぅぅぅぅぅか、友人の約束を破ったそっちが先に悪いだろ! 俺達の信頼し合った中は10……いや、20は軽くいってるはずだぞ! ……待って、これ自分で言ってあれだけどすげー傷ついちゃう! まだ若くいたいよー!」

『何1人で騒いで1人で傷ついてるんだよ……」







「それで、なんでお前は今半透明なんだ? それに、ここが『背の世界はいのせかい』なのか?」


 夜空は未だに巨大な月が浮かんでいた。

 その明りによってなんとか見える暗闇と草原。そんな世界の中で、1日探した友人は半透明の状態で……笑っていた。

 思い出話を語っているように見えるが、今の谷川たにかわには聞きたくても聞けれなかった。


『どうしたんだよ、れい? 珍しいなお前が上の空だなんて』

「そりゃ……なぁ、1つだけ聞いてもいいか?」

『改まるなんて…………どうした? 言って見ろよ?」


 谷川は、少し躊躇うように杉村すぎむらの顔を一瞬だけ見る。

 キョトンと首を傾ける動作をしているのを見ると、身体がビクッと震える。

 思わず地面に伸ばしていた足を、体に近づかせて体操座りに態勢を変える。






 ……なぁ、お前ってさ

 ………………………………死んでは、いないよな?


 













『…………………………………………………………………………………………………………………………多分、死んで無い。俺はそう思うよ』


 杉村すぎむらは笑って答えているが、それはどう見ても無理笑いだった。

 やってしまった。谷川たにかわはきゅっと自分の右手を強く握る。

 血が出ることは無いだろう。そう分かっているからこそ、何よりも強く握ることが出来る。


「……じゃあ、あの狐の仕業ってか」

れいには、きつねさまのこと話してなったね。ごめんね、怖くて言えてなくて。町の人から聞いたの?』

「まぁそれもあるが……あの女狐め、結局あきのこと隠したじゃねーか」

『いやいやいや、ちょっと待ってれい。ひょっとして、きつねさまを見たことあるの?』

「あるも何も。あきをここまで連れて来たのは、あのきつねさまって奴なんだけど?」

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背景、夏の友人へ 遅延式かめたろう @-Suzu-or-Sakusya-

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