後編

 それからは、グループワーク以外には極力殿下に会わないようにした。

 いても撒いてもなぜかくっついてくるので苦労はしたけれど、一時よりは付き纏われる頻度は減っている。

 願ってもみなかったことなのに、その事がわたくしの気持ちを予想よりもずっとぐちゃぐちゃにした。


 付き纏われたくない。

 もっと側にいて欲しい。


 自分のことながら随分ずいぶんと勝手な事だ、とあきれてしまった。




 落ち込んでいてもストーキングされるのは変わらない。

 むしろ殿下がそばにいなくなった分、また四、五人に増え、求婚及びかどわかそうとする令息も増えていた。


 ドキャッ! バキッ! ドスッ!


 月一ある終業後の教室掃除でゴミ当番に決まり、ゴミの入った袋を捨てにきた焼却炉の前で襲ってきた令息を三げき仕留しとめる。

 パンパンと両手を上下にずらしながら打ち合わせ払うと、ふぅーとため息をつく。

 気落ちの分なのか一人につき一撃では沈める事ができなくなっていた。

 それが数日続くと、流石のわたくしも疲れてくる。

 今日はもうやめて欲しいわ、既に二人目なのだし……。


 そんなことを思ってしまっていたからか、背後から迫り来る相手に気づく事ができなかった。


「ミシェルンダ」


 ぞわり


 と背中に気味の悪い鳥肌が立つ。

 それと同時に後ろから羽交はがめにされ身動きが取れなくなった。




「だれっ?!!」

「……忘れたのか、あんなにお前に尽くしてやったというのにっ!!!!」


 相手の逆鱗げきりんに触れたらしく、勢いよく突き飛ばされる。

 体が右肩から地面に落ちて擦れながら吹き飛び、砂地にすりおろされてできた傷からじくじくと痛みが襲ってきた。

 腕を使ってなんとか上体を起こしながら相手の顔を見る。


「あなた……贈り物の。あれは丁寧にそちらへ送り返したはずよ!!」

「五月蝿い五月蝿い五月蝿い! あれだけのことをしてやって何も返さないのはおかしいだろう! 今すぐ返してもらおうか!!」


 もう聞く耳すらないらしい。

 話し合いが無意味だというのなら、ここからさっさと逃げ出したかった。

 が、どうやら先程足首をやられてしまったらしく、どうにも走ることはできなさそうだ。

 相手の令息はじわりじわりと獲物をなぶるように近づいてきている。

 せめて近づいてきたら残った両腕で出来うる限りの攻撃をしよう。

 そう思って何が一番ダメージが大きいか考えていたその時。


 バキャッ!


 という音とともに令息が吹っ飛んでいった。

 一発でのされてしまったらしく、飛んだ先でピクリともしていない。

 彼が元いた場所を見ると、何故か殿下が回し蹴りをした足を地面に下ろすところだった。


「何故、ここに?」

「えっと、愛のなせる技?」


 想像の斜め上の解答に思わず脱力する。

 ほっとすると、足の怪我が思いの外痛みを伴っている事に気づく。

 わたくしが顔をしかめたのが見えたのか、殿下が近づいてきて足首に触った。


「っ!」

「ひねったか、ヒビが入っているかもしれないね。保健室に行こう」


 言うなり殿下は私を横にして抱っこした。

 いわゆるお姫様抱っこである。

 慌てて降ろしてもらおうとするけれど、暴れるとますますガッチリと抱き込まれてしまった。


「暴れたら危ないからじっとしていて。しないとチューするよ?」


 わたくしの耳にささやかれたその言葉に、やりかねないと危機感がつのり思わず大人しくなる。


「君がモテるのはわかっていたことだけれど、ここまで危ないとは正直思っていなかったよ。無事でよかった。もうこんな目には遭わせないからね」


 とか一体何をするのか怖い発言までしている。

 正直歩けないので運んでもらえるのは助かるけれど、どうせなら背負って欲しかった。

 放課後なので、人が少ないことを祈ろうと思う。


 保健室までの道のりに人は少なかったけれど、いない訳ではなかったのでひたすら俯いてやり過ごした。




 ……気にだけ、なっていた。

 髪色のせいで当たり前にバレていたので、次の日からわたくし達の三角関係は面白おかしい噂になった。


 絡まれる前まではまだ平和だったのだな、と感覚が麻痺してきている。


「ミシェルンダ、おはよう!」


「ミシェルンダこれも美味しいよ食べてごらん?」


「ミシェルンダ」


「ミシェルンダ?」


 殿下もあれから、有言実行でまとわりつくのを強化したらしく休みごとにそばにきてはせわしない。

 正直噂がひどくなるのでやめてほしい。

 本人にも伝えたが、後もう少しだから辛抱してもらえたらありがたい、とかいう訳のわからない返事が来たのでどうにかしてもらえると思う方を、やめた。


 慌ただしく日々が過ぎる中、グループワークも無事成功に終わり、毎回終了の際にある学期末パーティーの日が近づいてきていた。




「ロズレイル=ククッタリア! あなたと婚約破棄致しますわ!!」


 ざわり


 会場に集まっていた生徒達は突然の宣言に声のした方を探している。

 わたくしも驚いて、思わず声を発した方を凝視してしまっていた。


 そう、今日は学期末パーティー当日で、あいも変わらず王太子殿下はわたくしにつきまとっていたので、すぐ横にいたのだ。


「今日には必ず、明日にはきっと! もう聞き飽きましたの」


 ……なんだかまずい展開に、そろりそろりと後退あとずさり、くるりと百八十度回転して一目散に出入り口へとダッシュした。

 こういったことは初速が大事である、わたくしは知っているのだ。

 なので、


「わたくしは大丈夫ですので心置きなく、あなたを返品いたします! どうかお二人で幸せになってくださいまし、心から応援しておりますわ」


 と言った、朗らかな声の彼女の話はわたくしの耳には不幸か幸か聞こえなかった。

 まぁ、聞こえたところでこの後の結果は変わりはしなかったのだろうけれど。




「はぁっ、はぁっ……っ、ここまで、くれば大丈夫、かしら」


 わたくしは、がむしゃらに走ってホールとは逆の教室の辺りまで来ていた。

 みんなパーティーに出席しているので生徒はおらず、がらんとしている。

 ほっと一息ついたその時。


「ミシェ」


 バキャッ


「まったく、油断も隙もない」


 以前わたくしを襲った相手が、最後まで名前も呼べずにまたもや吹っ飛ばされていった。

 吹っ飛ばした当人である殿下はパンパンと手を打ち払うと、私をまたもやお姫様抱っこしにかかる。

 逃げたけれど今度は出遅れてしまった。

 しかもそのタイミングで、あろうことか他の人がこちらにやってくる声がする。


「ロズレイル! ロズレイル?! どこにいますの、まだお話の途中でしてよ!」


 どうやら殿下を探しているらしい。


 まずい。


 そうしている間にも相手の女の子はこちらにやってきてしまっていた。


「いましたわね。もう、いきなり出ていくのですからびっくりいたしましたわ。まぁ、あなたの事だから愛しのストロベリーのことだろうとは思っていたし、別段良いのだけれど」


 わたくしにとってキャパオーバーの情報を、その可愛らしい唇で小鳥のようにさえずったのは、殿下の婚約者であるティアローズ=ウィンダルデ公爵令嬢で。


「だってしょうがないだろう。俺のミシェルンダレーダーが、危ない! って知らせてきたんだぞ?」

「レーダーだかなんだか知らないけれど、相変わらず居場所がわかるのね。ロズレイルが変た、アルマリア様を愛していらっしゃるのはわかるけれど。……彼女、困っていてよ?」


 暗に、ウィンダルデ様が「運搬方法くらい変えてあげたらいかが?」と提案してらっしゃる。

 なんてお優しいのかしら。

 わたくしはこの愛くるしい方を好ましいなと思いつつ、成り行きを見守る。


「断る。ちょっと目を離した隙に仕込み以外の野郎がきてこんな事になったんだぞ? もう我慢しない。俺だって好きにしたい」

「アルマリア様の了承は?」

「勿論後でもらう」

「美しく幕引きをはかるという当初計画はどうしますの」

「九割方達成しているじゃないか、あとはそっちで頑張ってくれ。頼むよ、勿論あいつへのフォローはする」

「……仕方がありませんわね、それで手打ちで良いですわ。わたくしからそちらへのフォローは?」

「今手短に説明してくれ」

「こうと決めたらほんっとせっかちですわね。ま、わたくしもいちいち場を設けるのも骨が折れますし、いいでしょう」


 なんの事だかわからなくて頭にはてながいっぱいのわたくしに、ウィンダルデ様が視線を合わせてきた。

 そして、ふっ、と優しげな表情をするとゆっくりと簡単に、お二人の事情を話し始める。

 それはとても短かった。


「アルマリア様初めまして。わたくし殿下の幼馴染で政略結婚相手のティアローズ=ウィンダルデですわ。実は彼とはお互いに好きな人がいてその人を手に入れようって今まで結託しておりましたの」

「えっ?!」

「二人とも幼馴染の感情以上は持ち合わせていませんので、ご安心なさって?」

「へ?」

「こんなど変態ですけれど、あなたへの愛は深く高いですわ。めげずに頑張ってくださいましね? わたくしのためにも」


 言外に、わたくしへの返品不可、と赤い文字が点滅して見える、気がする。

 だけどいつからとか何故とかいう説明がないため、とりあえずお二方がフリーで恋人手中計画を実行していたくらいしかわからなくて。

 質問をしたかったが、それは殿下にさえぎられた。


「もういいだろう、俺はミシェルンダと二人の空間のその空気が堪能したい」

「そろそろ通常運転に戻らないと、嫌われましてよ。わたくしに返ってこないようにせいぜい気をつけてくださいな」

「五月蝿く言われなくてもわかってる」

「ではわたくしはこれで失礼致しますわ。アルマリア様も、お身体お大事になさってくださいまし」


 ウィンダルデ様は略式の礼をした後、颯爽さっそうとその場を去っていかれた。

 わたくしと、殿下だけが残されてなんだか少し上にある彼の顔から、幸せオーラとでもいうべきものが出ているのが感じられる。


 わたくしは、困っていた。


 けれどそれに構わずまるで宝物でも運ぶように抱きかかえながら、殿下は学園の外へと足を向けるのだった。




「いつから、ですか」


 あえて固い声を出して殿下を責める。


「……入学当初、からかな。一目惚れというか何度でも愛が積み重なっているよ」

「?!!」


 わたくしはきっと、彼に

 これはその確かな答えだ。


「これまでのご令息も全部殿下が?」

「いや、五割といったところだよ」

「婚約者は」

「あれは親同士の決めた本当だけど仮だった。解消の下話まで済んでいる」

「筋肉は?」

「ジャスティス」


 厄介な相手に見初められてしまったものだ。


「ミシェルンダの事だから、こんな答え合わせをしなくとも先程の会話でおおよそ見当はついてるんだろう?」


 歩きながらもチラリとこちらにとろけるような瞳を向け、殿下が尋ねてくる。

 そのわかってる感がとにかく悔しくて。

 わたくしはその後の結果を織り込んだ上で、決死の覚悟でもって。


 かぷっ


 と彼の鼻先をかじる事で返事にした。


「っ、ミシェルンダ?!」


 驚いた殿下はわたくしを思わず落としかけた。

 その隙をついて腕から抜け出しダッシュで逃げる。


 癪なので、言葉での返事はお預けだという気持ちを込めて、逃げながら振り返ってあっかんべをした。




 その後、殿下とわたくしがどうしたかは――わたくしだけの、秘密だ。

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ストロベリーブロンドは今日も王太子に付きまとわれている 三屋城衣智子 @katsuji-ichiko

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