ストロベリーブロンドは今日も王太子に付きまとわれている
三屋城衣智子
前編
「うおおおおお! 俺と結婚してくれっ!!」
がばりと両腕を開きながら唇をタコのようにして公爵令息が
先には、陽の光に反射し
その令嬢は身を
と、ドバキャッ! という音がしてタコ令息は
令嬢は
「寝言は、わたくしに勝ってから言ってください」
この学園のいつもの光景に、ギャラリーも事の
タコ令息にグーパンチをお見舞いしたわたくし、ことミシェルンダ=アルマリアが生まれ育ったのはここ、聖ククッタリア王国。
建国から数百年安定した
その王都にあるククッタリア王立聖メルティアン学園は、剣術、体術、領地経営、
王侯貴族の令息令嬢は十二の歳から十七まで学園で学ぶことが義務となっており、そこにわたくしも通っていた。
今は最終学年の春、いよいよあと一年足らずで成人、またそれと共に結婚して身を固める者もおり学園は少し色めきたっていて。
先程のも、その一環である。
――ほんとは、少し違うのだけれど。
「ミシェルンダ!」
名前を呼ばれて振り返ると、一学年の頃から仲良くしてくれている
「マリエッタ、おはよう」
「また求婚されていらしたの? これで入学から何組目かしら、
「いい加減に、わたくしの存在に慣れてほしいわ」
ため息をつきながら、友人の言葉に答える。
あれには少々特殊な事情がある。
言葉にしてしまえばなんだか
何が引き寄せるのかわからないが、学園に入園してからこっち、ひきもきらずに付き
そのせいで自衛するために王宮騎士団長であるお父様に教えを
「ミシェルンダの方はすっかり慣れっこになってしまいましたわね、
「あんまり、慣れたくはなかったけれど、ね」
「女子としては複雑ですわよね、強くなっても良いご縁がくるわけではありませんもの」
「わたくしもう、話が通じる相手ならどなたでも、って気分よマリエッタ。まぁ、そんな
「そうですわね、行きましょう」
そう、今日は最終学年最初の日。
先程こそ味噌がついてしまったけれど、毎年わたくしはこの日にかけていると言っても過言ではない。
「今年こそは見知った、
両手を胸の前でぐっと握り
結果だけ言えば、
人数だけならば一番知り合いが多いので文句を言う筋合いはない。
けれど今何よりも、少なくても良いから違うクラスがよかったと切実に思っている。
「君が噂の、“
言うなり既に自身の手にとっていたわたくしの手に素早くキスを落とすと、上目遣いに見てきたので、王子相手にもかかわらず手を
「王太子といえど気安く触らないでください」
手を出されたことがなかったのか、身じろぎした際に王太子殿下のキラキラしたブロンドの髪が揺れ、透明度の高いアメジストのような瞳が驚きで見開かれる。
その表情に、求婚されたわけではないのにやりすぎたかしら、とも思ったが、一人に許してしまったら後日が怖いので一貫した態度で対応せねばならず。
……そろそろストレスでハゲるかもしれない。
これまでの令息とレベルが違いすぎて、気持ちがプルプルした。
「すまなかった。魅力的過ぎて、君の輝きに吸い込まれてしまったよ。次回以降
思いがけず謝られた上に排除しても良いとのお墨付きをもらい、また声をかけても? と話しかけられ今度はこちらがびっくりする。
整った顔立ちはひどく真剣で。
思わず、
「求婚さえ、しないと言うならば」
と、了承してしまったのだった。
後にわたくしはそのことをひどく後悔することになる。
それからというもの、クラスメイトということもあり一日も漏らさずに殿下に声をかけられた。
「やあミシェルンダ! 今日もその
「あ、……どうも」
さりげなく触られては手を
「おはようミシェルンダ。その腹筋ってどうなってるんだい? やっぱり
背後からいきなりサワサワと触ってきたのでその時ばかりは、
「セクハラです王子」
「ぐはっ。良い、肘だ。つい出来心で、すまなかった。好き」
どうも、殿下はわたくしに気があるようだった。
直接的に好きと言われてしまえば、そうじゃない、と言うのも違うと思うので。
……あっている、わよね?
けれど約束通り求婚はして来ないし、朝の挨拶さえ
一線をきちんと
最終学年にも
四人ずつに分かれて、各々王国のことについて調べ発表するというものだ。
わたくしは殿下と、今年初めて同じクラスになった男女一名ずつとグループになり、一緒に行動することになった。
……そうそう都合良くいく訳がないので、殿下は一緒のグループになる為に何がしか裏で手を回したようだ。
正直、殿下の風上にも置けないと個人的には思うけれど、
机を移動させて島を作り、初めましてということもあってそれぞれ自己紹介をする。
「じゃあ俺から始めさせてもらおうか。ダリル=ガマランテ、公爵家の者だ。ミシェルンダ嬢を愛している」
ああ、まただと思いながらそのまま引き継いでわたくしも自己紹介をする。
こういった事は
「ミシェルンダ=アルマリアです。男爵家の者ですがガマランテ様とは一切の関係が無くかなり迷惑です」
「え、えっと? その、リリアージュ=スルシャルです。侯爵家の者で、婚約者がおります?」
ガマランテ様が
「ロズレイル=ククッタリアだよ。この国の王太子だけれど、学園のルールに則って、生徒の間は気やすく接してもらえると嬉しい。あと、ミシェルンダが大好きだ」
と、彼がなぜか照れながら勝手な告白をする事態になり、不意をつかれたわたしが顔を真っ赤にしながら王太子殿下を吹っ飛ばすという
最終学年くらい、平穏な日常が欲しかった……。
この先を思うと頭が痛く感じ、眉間に
ちらりとスルシャル様を見やると、少しの困惑と好奇心が見てとれ、彼女とは悪い関係にはならなさそうなのだけが救いだな、と思った。
それからの日々は、なかなかに穏やかだった。
グループワークのテーマも建国記の時代ごとの
「それならこの文献が必要ではないかな?」
「ロズレイル殿下、なかなか冴えていますね。それならこちらも
「なら、これはどうだ? 要点が
「しませんお断りします」
ガマランテ様が安定の
間髪入れずになぜか殿下が口を開き、
「ガマランテ
熱弁を振るう。
その、容姿ではなくまるでわたくしのこれまでの努力を認めてくれるような物言いに、思わず心が震えた。
気恥ずかしくなってスルーしたけれど。
ちょうどその時良いタイミングでスルシャル様が気になる事を言った。
「あら、こちらの文献にちょっと気になるものが載っていますわ、皆さんちょっと目を通していただけませんか?」
「スルシャル様よく見つけて来られましたね、これは盲点だったかもしれません。ここを読み解けば面白くなりそうですよ」
「スルシャル嬢の見つけてきた文献を、早速見てみようか。あと補足的に、こちらにも目を通すといいかもしれないね」
「そうだな」
こうして約一名程おかしなことを言う人はいるが、
それ以外については、陰で二、三名ストーキングしてくるものの流石に殿下の意中の相手に
それだけでもわたくしにはほっとできる事だった。
何せ、多い時で五人は背後に張り付いていたのだ……トイレにまでついて来られているように感じたので、あの時ばかりはマリエッタに入り口を見張ってもらって、思えば友人にはだいぶ苦労をかけたな、と思う。
平穏をもう少しばかり
そんな思いは、すぐに打ち砕かれたのだけれど。
「あの、アルマリア様」
「はい。あ、ミシェルンダで良いですよ、クラスメイトですし。なんでしょうスルシャル様」
「えっと、じゃあ私もリリアージュで。その……前から、お聞きしたかったんですけど、王子殿下には婚約者の方がいらっしゃったと思うのですが、それがミシェルンダ様、ですか?」
「婚約者の、方ですか? …………少なくとも、わたくしではないですね」
うん、全くもって違う。
というか婚約者がいるのにわたくしに告白していたとか、ギルティものだわ。
約束の相手がいた方が都合がいいというのに、なぜだかわたくしの脳裏にはそんな言葉が浮かんだ。
スルシャル様に言われ、周りの話に初めて耳をそば立てると、確かに殿下には婚約者がいるらしかった。
噂では、婚約者とわたくしに二股をかけているのではとまことしやかに囁かれていて。
その御令嬢は、ティアローズ=ウィンダルデ公爵令嬢というらしい。
長く伸ばしたまっすぐのプラチナブロンドに、少しだけつり目がちな瞳は澄んだ湖のような色をしており、奥深い森のように
なんだって、そんな方がいるのにわたくしに声をかけたのだろう。
という言葉が頭に浮かぶくらいには、思いの外ショックを受けて。
しかもそんな時に、たまたまマリエッタと行った食堂でお二人の仲睦まじい姿を見てしまった。
気安そうに、照れながら受け答えをしているのだろう殿下がいて。
その彼にウィンダルデ様は頬を膨らませながら何事か話しかけている。
見たくなくて、メニューを選んで食事を受け取ると、絶対に視界に映らないだろう場所をとってご飯をかき込み、食べ終わるや否やマリエッタを連れて逃げるようにその場を去ってしまった。
釘を刺すにとてもいいタイミングだったのに。
「ミシェルンダ、あなた顔が真っ青よ?」
「大丈夫よマリエッタ。わたくしは大丈夫」
この身勝手な考えを知られたくなくて、わたくしは親友とも呼べる相手に初めて嘘をついた。
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