到達地点.とある飲食店にて、少女は――



 心地の良い風が駆け抜けていく。

 なつかしい風だ。

 幼い頃いつも浴びていた、心の何処かがほっとするような、そんな風。


「ここにレヴィと来るのは二回目ね」

「そうだな。前は、夜逃げをしている最中だった」


 夜逃げ途中、不可抗力で寄らざるを得なくなって寄った町。

 ウォルンシス町と銘されたそこに、今私とリーはいる。

 今度は王宮からの許可を取った上での行動だ。

 休暇の一環として自由行動を許されているとはいえ、今日の目的からして無断で来るのはちょっと不味かった。



 母さんと父さんに会う。



 二人に私の記憶はないけれど、一言二言話したい、せめて彼らの声を聞きたいと、私から言い出したことだ。


 そしてそんなワケの分からないにしてはデメリットの大きい所業にゴーサインが得られるくらいには、私、ひいては国直属の魔法師らの待遇が改善した。



 想定よりあっけなく、しかし確かに私の要求が国王――王宮に通ってからのこと。


 まず、形から改革が始まった。


 数字を冠した魔法師には、数字以外に個別の名称が与えられた。いわゆる二つ名というものだ。

 数字を持たない魔法師には、それぞれが自由に己で考えた名前で行動することを許された。

 本名は明かさないようにすること、しいてはその理由は深く説明をしたらしいが。

 流石の私も、本名を公開して意にそぐわぬ隷属をさせられるのは避けるべきと考える故、そこに異論はない。

 ただ、一定値の魔力量を有している人は、国からの許可を得さえすれば個人に対しては本名を明かして良いとのこと。


 これまで単なる魔法師という記号だけで生きてきた私らが、人間として固有の名を持てるようになったこと。

 ただの名称の変化には過ぎないが、少しずつでも国直属の魔法師ら本人の心持ちに変化があれば良いと、思う。

 自身をこき使ってただただ苦しみながら生きていく以外にも道はあるのだと、示せていたら良い。


 ちなみにリーの二つ名は『理論の聖母』。

 彼女の魔法何もかもが理論で組み立てられた治癒系だからという理由みたいだ。

 あと、彼女の外面が貴族教育で鍛えられた優美さを持っているからでもあるらしい。

 本人はなんともいえない微笑を浮かべていた。

 私としては、とてもリーに合う名称だと聞いたときには感じたが。


 私の二つ名は『虹の決起者』とかいうものだ。

 数多な魔法を操り決意を固めた行動者が由来とのこと。

 まぁ、言われてみればその通りなのだから文句の言いようもない。


 それ以外にも、今の私らみたく自由時間を許されたり、予算の面でまだ細々とではあるが任務の働きに応じた報酬も出るようになったなど。

 テンプロート王国は様々に変わりつつある。

 なんというか、要求したこちらが呆気にとられてしまうくらいには。



「レヴィのご両親の営んでらっしゃるのって、確か料理店でしたよね?」

「そうだな。私も時々、料理や配膳を手伝っていた」


 両親は私の記憶をかつての王宮によって消された。

 そして消した記憶を戻すことは出来ない。

 リーも言っていた。記憶を宿している脳の細胞が――といった感じに。


 それでも私は、母さんと父さんに、会いに行きたかった。

 三の魔法師と妹という、家族関係を未だ保っている彼らにあてられているのかもしれない。

 リーは家族にあまり良い思い出がないから会いに行こうとは思いませんと、少し哀しく笑っていたけれど。



「……はぁ」


「あら、緊張してらっしゃるの?」

「んぅ……まぁ、な。前にリーとこの町に来た時は店を遠くから見るくらいだったし。

 その、ご飯を食べに行くという名目上はあるが、その、彼らが私のことを覚えていないと分かってはいるのだが……」


「わかりますわよ。

 レヴィにとって大事な人に会うのですから」

「大事な――」


 ああ、そうか。


 彼らは、十まで私を育ててくれた、心の真髄に刻まれている人で。


「……元気にしていると、良いな」


 かつての私に沢山の笑顔をくれた、大事な人なのだ。









 前に杖を買った店から少し歩いたところに、私の両親の店はある。

 ちょうどお昼時ということもあってか、店の大きさにしては賑わっているようにも見えた。


 店内に入るとちらほら、見覚えのある顔を目にする。

 昔、ことあるごとに祝いだ何だとかいってお菓子をくれたおじちゃんに、学校帰りいつもおかえりって手を振ってくれたおばちゃん。いつも気難しそうにしている近所のお兄さんも、食事中は顔をほころばせてたんだっけ。

 とても懐かしい、幼き日々だ。


「ぁいいらっしゃい! なに食べるか決まったかい?」


 そうぼんやりとしていたら、横から唐突に声をかけられる。



 ……知っている。


 私はこの声を、覚えている。



 声の主に向き直ると、そこには元気そうに強気な笑顔を浮かべた母さんがいた。



 ―――ああ。


 普通に、生きてくれている。


 平穏に、生きてくれている。



「……――」



 良かった。


 頑張ってきて、良かった。



「注文、どうなさいます? レヴィ」


 リーからの問いかけで、周囲のざわめきが耳に戻ってくる。

 少し、呆けていたらしい。

 頬が上気したかのように熱くなっていた。


 ふと、声が響く。




「レヴィー……ディス」




 それは聞き覚えのある声で。


 聞き覚えのある、呼び方で。



「……、えっ?」


「あ、ああごめんごめん。ディスなんて、別にディスるってわけじゃないんだ。その、なんて言えばいいんだろうね。ポロッと出てきたというか、無意識だったというか」

「い、や、別に」


「おっおい、どどどどうしたんだい!? 急に泣き出すだなんて」

「ほっほんとに、気にしないでいただきたい。なんでもないんだ、本当に」


「そ…うかい? だが」

「いいんだ。本当に、気にしないでくれ」



 軌跡はここに残っていた。


 私の母さんに私の記憶がなくても、そこには確かに『私』が在って。



 ……間違ってなかった。


 私が私として選択してきた全ては、あっていた。


 自分を信じて、良かったのだ。



「レヴィ」


「あ、ああそうだったな。注文、良いか?」

「あ、ああ。なににするかい?」



 今はまだ、道半ばだけれど。


 私が私として選んだこの生きる道を進む限り、いつかは答えに辿り着く。


 その答えが良いか悪いかは、まだ、分からないが。



「じゃあ――」



 どんな結果にぶち当たっても、私は今日の結果を忘れないだろう。



「親子丼定食で」


「はいよ! そっちの嬢ちゃんはどうするかい?」

「ではワタクシは、生姜焼き定食で」


「ほい。んじゃ、親子丼定食と生姜焼き定食ひとつずつ!!!!」


 声を張り上げた母さんに答えたのは、厨房にいる父さんの「はいよぉっ!」という声で。



 まさしく今、私とリーは笑えている。




【完】





―――――――――――――――――――


 ここまで読んでくださり、ありがとうございました!!

 実は最初は2万字くらいの短編であげようと目論んでいた本小説、気づけば10万字を超えていて……。

 作者本人としては納得の行く作品にできたと思います。


 今これを読んでくださってるあなたに、少しでも届いていたらいいな。


 最後になりますが、

 下にスクロールしたところにある☆の評価、

 ならびに感想等いただけると、作者こと私、とても嬉しいです!


 それでは。

 数ある作品の中から本作品を読んでくださり、本当にありがとうございました!!!


2023/3/4 叶奏

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これが私の生きる道 叶奏 @kanade-kanai

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