三十五歩目.謁見室にて、少女は自立する
謁見室に入るのは、右足を切られた以来のこと。
私は、戻ってきたのだ。
前と違って、王宮のヤツらに許され入室しているワケではないけれど。
今は、私の意志でここまで来ている。
謁見室には、国王に第一王子、それから宰相と魔法省の長官と王宮兵士部隊隊長と、およそ名だたるメンバーが揃っていた。
何かがあったことは確かで、それが何かも私は知っている。
戦線の後退。
対捻れへの対処が追いつかなくなってしまったという状況。
「何用だ、一の魔法師。そばに仕えておる二の魔法師は拘束状態にあったはずだろう?」
「あら、このワタクシがレヴィに命じてワタクシを謁見室まで連れてきてもらった、とは考えないのね。
それとも、レヴィにお話でもあるのかしら?」
地下牢から謁見室までの道中、リーから彼女の組み上げた計画について聞いた。
急いでいたこともあって途中からは私の魔法で空中を飛んでの移動となったが、リーの話を呑み込み疑念を解消するのには十分な時間を取ることができた。
まぁ、階段ばかりの道中に嫌気が差したことも、浮いて行動する決をとった理由の一つでもあったが。
初動はリーがやることも、作戦の一つだ。
感情が表に出やすい私より、貴族らしい仮面を被れるリーの方が相応しいから。
目的は、彼らに焦燥感を与えること。
こちらに余裕があると示し、余裕のない彼ら自身の状況と比較させ、無味に焦らせる。
「貴様、一の魔法師をまだたぶらかしているというのか!」
「たぶらかすってなによ。レヴィはレヴィの意志でワタクシについているの。そろそろ認めてはいかが?」
「だが貴様は一の魔法師を隷属で縛っていた」
「解いたのでしょう?」
「……チッ。
おい一の魔法師、ちょうど良いところに参った」
リーに視線を向けていた魔法省の長官が、今度は私に向き直る。
「任務を下す。今すぐに捻れの対処に入れ。必要とあらばお主に傷を与える役の人間をつける。
もたもたしている暇はない、早急にかかれ」
魔法省の長官。
貴族出身の身とはいえ、一般人よりは魔法が使える存在。
彼一人が捻れへの対処に出向くだけで、どれだけの国直属の魔法師の辛さが軽減されるか。
そしてそれは、長官だけではない。
国王と第一王子は王族にしか伝わらぬ秘術なるものがあると小耳に挟んだことがあるし、王宮兵士部隊の隊長の剣がどれほど鋭いものであるのかも見たことがある。
宰相とて、武力はなくとも知力がある。私ら魔法師が出来る限り苦しまずに戦えるように場を作り出す思考能力くらいは、せめてそう在ろうとすることくらいは出来るはずで。
けれど彼らは、きっと今も総動員されているであろう国直属の魔法師を尻目に、この国で最も安全な捻れの囲いから一番離れた王宮の謁見室に突っ立っていた。
話し合いなら、私らが三の魔法師と戦っている間にいくらでも交わせた。
それでもなおこの場にいるということは、彼ら自身に戦う意志がないということなのだろう。
――道はもう定まっている。
それが間違いではないかの確認も、今、出来た。
いけますかと何も言わずに横目で尋ねてきたリーに、私の番だと息を吸う。
リーがいるから、怯える必要はないのだ。
「分かった。ただし一つ、条件がある」
「なんだ」
「私ら国直属の魔法師の待遇を改善しろ」
私の言葉に、魔法省の長官は訝しげな表情を浮かべる。
「今ここで話すことではない。言っただろう、もう暇はないのだと」
「確約が出来ぬのなら、私は国を捨てる」
今度こそ、王宮のヤツらの表情が一変した。
「どういうことだ一の魔法師!」
「今はあなたしか頼れる人がいないのですよ⁉︎」
「御託はいいからさっさと戦場に立てぇ!」
魔法省の長官に宰相、それから王宮兵士部隊隊。
「あんたは国を守れる責務を負っているではないか! それを捨てるというのかっ」
叫び散らしたのは、第一王子で。
「何があった、一の魔法師よ。其方がそのようなことを言うとは……未だ隣の其奴に操られておるのか?」
ただ静かに問うてきたのが、国王だ。
五者五様の対応に、私は杖をつき己の力で立つ。
「違う。私は私の意志で、この国を捨てるのだ」
「しかし其方はそのようなことを言う人間ではなかろう」
「私の人間性を、何故国王ともあろう貴方が知っていると言うのだ」
「一の魔法師はテンプロート王国における希望の要。其方のことはよく聞き及んでおったし、其方の知らぬところで儂自ら見に行ったこともあったものでな」
……どう言う、ことだ?
「国王陛下」
「すまない、二の魔法師。つい洩らしてしまったが、今は何が潮時なのかと言うことについて説明している時間はない」
そして国王は言った。
「よかろう、一の魔法師。其方の要望を呑む」
……?
なぜ、これほどまでにあっさりと?
「い、いいのか?」
「ただしこちらからも、一つ、追加条件がある」
覚悟を示せ。
先までよりも迫真に迫った表情で、国王は告げる。
「一の魔法師よ、其方の条件はこの国の歴史を根幹から覆すものでもある。
この道を進むならば、下手をすると、これまで以上に其方が傷を負わねばならぬ時もあるやもしれぬ。
それでも進めると言うのなら、その覚悟を行動で示してみよ」
――歴史を、覆す。
テンプロート王国には、一体何が眠っていると言うのか。
けれどそれを聞くには時間がないこともまた、事実なのだろう。
傷を負ってでも己の道を突き進む覚悟。
……ああならば。
この場で一番相応しい、覚悟の示し方を。
「リー」
「なんでしょう」
魔力で象った大ぶりの刃を空中に出現させる。
杖に寄りかかり、根本しか残っておらぬ右足の周囲を開けて。
「万が一の時は、頼んだぞ」
夜逃げの間に溜めておいた魔力は、道中に回収して全て私の体内に取り込んだ。
王国民に迫り来ている脅威――捻れから生まれている化け物どもを全て蹴散らしたとて、魔力総量的には足りるはずだ。
それでもやっぱり、リーが隣にいるだけで心も万全に挑めるから。
「まさか……いえ、頼まれましたわ。
失敗しても、ワタクシが治して差し上げますから。どんと行きなさい!」
「――ああ!」
少し前。
私はここ謁見室で、右足を切り落とされた。
同時に何もかもを折られた私はもう、いないのだ!
だから。
今ここで、全てを取り戻す。
「見ていろ、国王。これが私の覚悟だっ」
グッと、今しがた更なる条件を重ねたこの国のトップを見据えつつ。
私は、己の右足の付け根を断つ。
一瞬、高揚に清々しい心地が胸を穿った。
「ッアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ‼︎‼︎‼︎」
灼けるような痛み。
熱い痛い熱い。
痛い痛い痛い。
途端に溢れてきた魔力で呑まれそうになる。
「ゥヴ、ア……ッ」
思考がまとまらない。
溶ける。
ぐじゅぐじゅになる。
「っは、あ」
いたい
あつい
さむい
「う、う」
なにを、わたしは、何を……
「……ぃを、」
ぎしりと握り込まれた右の二の腕に、ほんの僅かだけ、頭が澄む。
右を握った左手には若干の滑る液体の感触。多分、血が出ている。
「道を、進むのだ」
そうだ私は。
今。
「たん、ちの魔法を構築。展開、テンプロート王国全土における化け物の位置を把握!」
己の生きる道を進む為に、ここにいるのだっ!
「魔力は十二分。遠隔に魔法を設置、――吹き飛べぇッ‼︎」
私が作る。
リーも私も笑顔になれる世界を。
その為になら、国の一つくらい、救ってやるッ!
「治療の魔法の構築を開始。参照にするのは体の構造の知識。修復を行う」
だから、今。
前へ、己の力で進む為にも。
取り戻す!
「魔法を行使! 治れ、右足ッ」
超速度で骨が造られ肉が練られる。
右足を失ってからこれまで、ずっと抱えていた違和感が、ようやく消える。
「国王! これが私の覚悟だぁ!」
怯えることは己に許した。
けれどだからと言って立ち止まるワケではない。
痛みに苦しみ、見えぬ未来に怯え、それでも前に進む覚悟。
「化け物も生み出されたものは全て殲滅した。これ以上何か文句があるというのなら、言ってみろ!」
視線の先。
この国で一番権力を持つ大人は、呆けたような顔を浮かべて。
哀しくも、けれどどこか期待の込められたような笑顔で表情を染めた。
「分かった、其方の要求を認めよう。
そして、頼んだぞ。テンプロート王国の未来は、其方の手に委ねるとここに宣言する」
両の足で立ったこの場で。
ようやく私は、私を貫くことが出来たのか。
「――何が何だかは、正直まだ分からぬが、任せろ!」
「ああ、任せた。其方と、それから二の魔法師にはこの王国に眠る全ての情報を解禁す流ことも約束する。
聞きたいことはなんでも聞くといい」
そして、どうやらまだまだやるべきことは残されているらしい。
「なぁ、リー」
「安心なさって。ワタクシはどこまでもレヴィについていきますわ」
「うむ。ありがとう」
きっとこれからも、乗り越えるべき障壁は山ほど襲いかかってくるのだろう。
けれどその度に、私はリーと前に進む。
だってこれが、これこそが、私の生きる道なのだから!!
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