三十四歩目.地下牢にて、少女は立ち上がる
魔法と魔力は、厳密には異なる存在。
故に、魔力しか遮らない三の魔法師を取り囲んでいる防壁は、魔法を通してしまう。
「威力が増してる? っ、右斜めと上に」
「クソッ、魔力が……ッ⁉︎ おい一の魔法師、アンタいったい何をした!」
唐突に魔力の供給がなくなったというのに、三の魔法師は変わらぬ――むしろ練度の高い魔法を繰り出してきている。
数字を冠する魔法師は、やはり伊達じゃない。
けれど私とて、負けてられない。
「魔法は通る、か。なるほど魔力だけを遮っているということか、一の魔法師っ」
なぜだと、三の魔法師は叫ぶ。
「なぜアンタは王宮に逆らう。なぜアンタは、俺の邪魔をするっ? なぜアンタは、俺らが必死に上り詰めてきた社会そのものを壊そうとするのだッッ」
ガッと波状で襲い来る魔法の波。
それを反射的に打ち消し、私は息を吸い込んだ。
「私は苦しむことを強いられたくない」
傷はもう、リーが癒してくれているから。
私はまだ、戦える――っ‼︎
「社会が苦しみに満ちているというなら、せめて私は己の選択した苦しみで生きていきたい。
だから!
縛られた苦しみしかない今の社会は、王宮の制度は、私が壊すっ」
「苦しみが選べる……? 何を、言っているんだ?
苦しみは選べないからこそ苦しいのだろう⁇」
「違う」
「何が違うというのだ!」
「私はこれまでたくさんの苦しいを抱えて生きてきた。
今だって、自分で自分を傷付けることは痛い。自分で選んだ傷なのに、泣きたくなるくらいに苦しんだ。傷は痛む。時には、呼吸をすることだって、苦しくなる」
三の魔法師を覆う防壁を作るために負った傷は、確かに痛くて、苦しくて。
怖くて。
「それでも私は、進むことを選びたい。
いや、選んだ」
「…………苦しいを、自ら選んだ……?」
「ああそうだ」
「なぜ、なぜ一の魔法師アンタは……」
一人の少年が放つ魔法は、しかし私らの側をすり抜け淡い音を立てて星に散る。
「苦しいことを、自ら選ぶことができる⁉︎」
だって。
「嫌じゃないか! 苦しみたくなんて、ないに決まっている。
俺だって苦しみたくない。平穏に生きていきたい。
妹を苦しめて、魔力を操るのだっていつもいつもいつも限界を通り越して苦しいというのに、それでも王宮がそう命じてくるから!
俺らが、しょせんはいらない子だった俺たちは、この生き方しかできないからっ。
苦しいを耐え忍んでいるというのに!」
ガンっ、と空気が震えたのは、三の魔法師が己の拳を壁に叩きつけたからで。
「なぁ一の魔法師。なぜアンタは、苦しいことを自ら受けいれられる?」
弱々しい声音。
ああ、そうか。
三の魔法師も、苦しいことは嫌だったのか。
それでも苦しまなければ生きていけないから、彼は彼なりに苦しいことに対処していたのか。
辛い苦しいと叫ぶことを、必死に堪えていたのか。
「それは、私に――」
なぜ、苦しいことを自ら受け入れられるのか。
答えはもう、見つけている。
「叶えたい夢が出来た」
十歳。
王宮直属の魔法師となった最初の頃は、有名になれるかもと心が躍っていた。
けれど待っていたのは、傷を自ら付ける義務を負わされた苦しみ、辛さ、痛み。
嫌だと抗って、けれど最終的には右足を奪われ立ち向かう何もかもが折られた。
「紡ぎ出したい未来が出来た」
それから、沢山の経験をした。
二のがリーア・エレウテレスという名を持っていることを知り、夜逃げをして。
傷を負うことを強制されない日々が、どれほど幸せなものかを体感して。
捕まって。
「進みたい、道が出来た」
リーは本気で私のことを案じてくれていたと気付けた。
リーが私の心を救ってくれていたと、気付けた。
今度は、私がリーを救いたい。
リーも私も笑える、そんな世界を作りたい。
そう、想った。
「これが私の生きる道」
だから私は、苦しみを乗り越える。
怯えを乗り越える。
己を傷付ける怖さを、乗り越えていく。
「そう定めた道を歩む為なら、私は現実に在る何もかもを受け入れ、呑み込み、そして乗り越えられるから」
一人で無理なら、リーと共に。
私は歩み続ける。
「それが私の出した答えだ、三の魔法師」
宣言を発した先、三の魔法師はもはや攻撃の魔法を打つことすらしていなかった。
呆然とした様子でこちらを見つめていたかと思うと、へたり、その場に座り落ちる。
「……強いんだな、一の魔法師は」
「強い?」
「強いじゃないか。
アンタ、これまで何度も何度も王宮に抗ってはなんの手応えも得られなかったんだろ? それに、傷を負わないと強力な魔法を使えないにも関わらず、俺より忙しくこき使われていた。
知っているさ、アンタがどれだけ苦しんできたかくらい、俺だって」
肩をすくめ乾いた笑みを洩らした彼は、一つ溜息を吐くと、そのまま続けた。
「俺は無理だ。
妹がいなきゃ、魔力すら碌にない。
これ以上アンタを止めようと刃向かったところで負ける未来しかないから諦めようと、そう思ってしまう」
「私とて、一人では歩みを止めてしまいそうになる時もある。
実際、今もリーがいるから己を奮い立たせられたんだ」
視界を落とす。目元を細めて笑うリーに、私も頷き返した。
大きな溜息の音が響く。
「……もういい。そこまで言うならやってみろよ、一の魔法師。
迫り来ている化け物の群れも、立ちはだかる王宮の奴たちも、全部乗り越えると言うなら乗り越えて見せてくれよっ‼︎」
喉が一瞬にして乾いた気がした。
「いい、のか?」
「いいって言ってんだろ。別に防壁を解きたくないんならこのままでも構わない。
だが妹の頬を三回、叩いてやって欲しいんだ。それでコイツは苦しみから解放される」
三の魔法師に釣られて彼の妹に目を向ければ、確かに彼女はひくり肩を震わせては不気味に笑い続けている。
「わかった。
なぁ、リー。少し、肩を借りることは出来るか? その、立ち上がりたい」
「大丈夫ですわ。それと、ワタクシも傷をあらかた癒し終えておりますので、気を使うことなく寄りかかってくださいまし」
「うむ、ありがとう」
リーに手伝ってもらい、どうにか立ち上がる。
三の魔法師の横を通り、妹の頬を三回叩いた。
「……ん?」
「あら」
しかし妹は、不気味に笑い続けている。
……あれ?
「三の魔法師、お前の妹の様子、変わらんぞ?」
「は? ……まさかコイツ、俺じゃないと目が覚めない?」
「他の人で試したことはなかったのか?」
「あるわけないだろ。コイツから目を離して、もしコイツに何かあったら危険じゃないか」
つまり、この状況で妹を苦しみから解放するには、三の魔法師の防壁を解かねばならないということか。
……なるほど。
「わかった。なら三の魔法師、お前が妹を解放してやれ」
「だが防壁を解除したら、俺が再びアンタの前に立ちはだかるかもしれないんだぞ?」
「乗り越えるのを見せてくれと言ったお前の言葉を信じるさ。流石に私も、自分が笑顔になりたいからと目の前で苦しんでいる人を放っておけない」
そんなことをしてしまっては、私が王宮の二の舞になるだけだから。
「な、なぁ二の魔法師。アンタもそれでいいのか?」
「レヴィがいいと言うのでしたら、ワタクシもそれに倣いましてよ。レヴィの寛大なる心に感謝なさい」
「……アンタ、そんなトゲのある性格だったか……?」
「貴方が忘れているだけでしてよ」
「忘れて……? ま、まぁそれはいい。本当にこれを解除してくれるのなら、すぐ頼む」
勢いで立ち上がった三の魔法師。
彼の威勢も、妹を守るために作っていたものなのかもしれない。
「少し待て……よし。これで」
「助かる」
私の言葉を遮り、彼は飛び出す。
妹の元にしゃがみ込むと、優しく三回、頬に触れた。
瞬間、先までは不気味な笑い声を上げ続けていた妹の動きが止まる。
「ごめんな、シル。いつも辛い思いをさせて」
三の魔法師の手でしか恐怖から解放されない妹も、心の底では兄の手を安心するからこそ他の人を受け付けないのだろうか。
「じゃあ、私らは行くからな」
「さっさと行けばいいじゃないか」
妹を心配そうに抱き抱え、三の魔法師は吐き捨てる。
「そうだな。
それで、リー。これから、どうする?」
私の問いかけに、リーはニヤリと微笑んだ。
「ワタクシに任せてくださいまし。
レヴィにもお願いしたいことがありますので、レヴィにも道中計画をお伝えしますわ」
さぁ、とリー。
「仕上げをしに、謁見室へ向かいますわよ!」
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