三十三歩目.地下牢にて、少女は怯える
「狙いは三の魔法師の妹。対象の位置は固定として良い……いや、万が一動かされた時に備え、追尾の機能もつけておこう。
睡眠系は精神に作用する魔法。だから構築としては、疲労感を植え付けることで誘導すれば良いよな。
疲労自体は本物でなくていい。そう感じさせることこそが重要だ――っと、三の魔法師の放とうとしている魔法、感知している魔力量からして手持ちの迎撃では間に合わんよな。
一旦睡眠の魔法構築は置いといて、こちらに対応せねば」
常より使わぬ魔法は構築に時間がかかる。
対象を眠らせる魔法など、捻れの空間から生まれる化け物相手には使わぬからな。
まぁくよくよ嘆いていても仕方がない。時間がかかるからと手を抜いて失敗するより、時間をかけてでも確実さを優先するべきだ。
「どうした一の魔法師、何もしてこないのか?
先ほどから口だけが動いているが、やっているのは俺の魔法を掻き消すことだけ。
俺を踏み台にすると言っておきながら、ずいぶん余裕じゃないか!」
言動とは裏腹に、容赦ない魔法をバカスカと撃ち込んでくる三の魔法師。
重力系で押し潰そうとしてくるものには反重力を。
細い針でこちらを突き刺そうとしてくる攻撃には的確に横からの殴りを入れて針を折ることで。
横薙ぎに切り裂かんとしてくる刃には、同じく刃で弾き返す。
物量は多いが、一つ一つはそこまで重いものじゃない。
三の魔法師は膨大な魔力量による手数の多さを武器としているのだろう。
化け物相手なら、それで十分通じる。
単純な攻撃を重ねたところで、考える力がなければ避けられる、もしくは今のように対処されることがないから。
けれど、今彼と相対しているのは、対策を練ることの出来る人間たる私なのだ。
「……これくらい」
普段の化け物退治に比べたら、あちらから向かってくる分、幾らか楽とも言えよう。
「三の魔法師の攻撃に対する迎撃魔法を構築し直す。
ここまでの戦闘を鑑みて、種類を二つから五つに変更。それぞれの種類における威力も調整。数は大量に……む、魔力がギリギリだな」
次の魔法を使う時には、どうやら補う必要がありそうだ。
魔力の補充には傷を負う必要がある。
先ほどつけた切り傷は、既に瘡蓋で覆われていた。
次の魔力の補充も、切り傷で十分だろう。足りなくなったらまた切れば良い。
今はリーがいてくれる。リーに頼り切りになることはあまり良くないが、いるといないとでは心の構え様が大きく変わっていた。
迎撃用の魔法を仕立て直し、睡眠の魔法構築を続ける。
「本物ではないにせよ、疲労を感じさせる必要が……待て。今の彼女は意志を喪失している状態だ。そもそもが疲労を受け取れないのではないか?
すると眠らせるのは難しい……?」
やはり人に対する魔法を考えるのは勝手が違うな。ただ物理的に攻撃すればいいものとは違い、懸念しなくてはならないポイントが幾つもある。
思い返せば、私は基本同じような魔法しか使ってこなかった。
それ以外を必要としなかったから。
しかし、どうしたものか。
「眠りを誘導出来ないのなら、気絶させる他にあるまい。
魔法でぶん殴って強制的に意識を失わせる方法もあるが……いや、流石にそれは出来ん。
既に苦しんでいる彼女に、これ以上の苦しさを味合わせるなど」
だからと言って突然に現状が変わることはない。
ジリジリと魔力が減っていき、先ほど作成した迎撃用魔法のストックも消えていく。
――レヴィ、と涼らかな声が耳を叩いた。
「お悩み、でして? 目論見は、三の魔法師の魔力源をなくすことかしら」
「リー、無理に話すと傷が」
「もう大丈夫ですわ。
レヴィがあまりにもワタクシを頼ってくださらないものですから、回復した魔力で緊急処置を施しましたの」
だからもう、大丈夫。
そう言ってリーは、本当の本当に軽やかで朗らかな笑みを浮かべた。
「それで? 悩んでいるのでしょう?」
リーの傷は、確かに彼女が言う通り無くなっていた。
だがこの短い時間で体の奥底から全てを癒し切ることは出来ない。
それだけの魔力を回復させるだけの時間は無かったから。
……けれど。
リーが大丈夫と、そう言うのなら。
「ああ、悩んでいる」
論理的に物事を考えることはリーのが得意だ。
ならここは一つ、尋ねてみよう。
「リーの言う通り、三の魔法師の無力化を図りたい。妹をどうこうするにも良い方法思いつかず、困っているんだ」
「やっぱりそうでした?」
「うむ。……何か良い案は無いか?」
問いに、そうねとリーは笑う。
「三の魔法師の魔力源をなくせればいいのでしょう? なら、切っちゃいえばいいじゃありませんこと?」
「……は?」
「ですから、切ってしまえばいいのです。
魔力の流れそのものを断ち切ってしまえれば、三の魔法師はこれ以上の魔力を使うことができなくなる」
「魔力の流れを――……」
リーの言ったことをぐるり一回転した思考で呑み込む。
妹をどうにかするのではなく、妹から三の魔法師へと魔力を供給する為にあるであろう魔力の流れを切る。
言われてみれば、肌を触れさせている訳でもない三の魔法師が己の妹から魔力を得るには、離れた空間を繋ぐ魔力の導線が必要のはず。
――ああそうか、ならば。
「切るのではなく、途切れさせる。
ここまで探知系の魔法を使っても見つからなかったということは、相当な練度でもって魔力の導線を隠しているのだろう。
だというなら、別に導線自体を見つけなくっても良い。
三の魔法師を覆う、魔力の流れを断ち切る壁さえ作って仕舞えば、目標は達成出来る!」
見えてきた。
これなら、いける。
「解決したかしら?」
「ああ! ありがとう、リー‼︎」
方向性は固まった。
あとは、魔法を構築するだけだ。
魔力は――必要量が分かってから、回復すれば良いだろう。
「魔法の構築を開始」
いつものように、口ずさみながら魔法の形を練る。
必要なのは筒状の壁。三の魔法師をほぼ密着させる形で覆う壁。壁というより、ドーム。
小さなドームを三の魔法師の周囲に作る。
一番重要なのは、魔力を通さないこと。
次に大事なのが、強度。
すぐに壊されたら意味がない。何度も何度も作り直すのはご法度。こちらにも限りがある以上、この一回の魔法で済ませたい。
しかし強度とは、どれほどのものを――と考えたところで、思い至る。
「捻れの空間の終着点に使われていた強度を参考にしようか」
少なくとも、私が一人では立ち上がることはおろか座ることすら出来ないほどの傷を負わねば壊せそうになかった防御壁。
あれは恐らく捻れの魔物ないしは物理的な通り抜けをも阻害する非常に高度な防壁だったのだろうが、今必要なのは何もかもを通り抜けさせない完全無欠の鉄壁を作ることではない。
というか、そんな防壁を作ろうものなら、どれだけの傷を負わねばならんのか。
下手すると、私一人では足りないやもしれん。
だから、機能を絞る。
「最も優先すべき事項、すなわち魔力の流れのみを断ち切る壁を。強度は例の防壁を参考に。
すると、必要な魔力量は……ざっくりを、一回分か」
最低限の魔法にしても想像以上に魔力を喰うな。
……痛いのは、今でも嫌いだ。
けれどここで立ち止まったリターンでやってくる辛さの方が、何倍も嫌だ。
――なら。
「やるしかない」
震える手でナイフを構える。
魔力を固めて作ったそれは、酷く薄く、けれど強固な鋭さを誇っている。
そのことを、これまで何度か己を傷付けてきた経験からも、よくよく理解していた。
怖いと狙いを定められない私は、やはりどこまでいっても臆病者で。
今更荒れ出した呼吸が、耳の裏を高速に走る血流が、チカチカと瞬き出した視界が、進まねばならない私の邪魔をする。
怖い。
恐い。
こわいこわいこわい。
「レヴィ」
――ふと与えられた右に重ねられたそれは、酷く暖かかった。
「大丈夫。ワタクシが貴女を治すから」
染みる。
冷たく凍えた心に、じんわりと優しい熱が寄り添う。
「貴女が苦しいのは、酷い傷を治されなかった過去があるから。
でも今はワタクシがいる。
貴女が信用してくれた、リーがいる」
ああそうか。
今の私が怖かったのは――
「レヴィの恐怖はワタクシが消す」
――右足を失って、その上夜逃げをし捕まった後に与えられた、一生癒えることがないと叩き込まれている日々だったのか。
だって傷を負うことは、ほんの切り傷程度を負うことなら、必要とあらば躊躇わない。
そうやはり、今怖かったのは、大きい傷を負うことで。
負ってから生じるであろう、継続的な苦しみに怯えていた。
リーを助ける為と腹を刺すことが出来たのは、一種の気分の高揚によるものだろう。
冷静になってみれば、こんなにも怖い。
「……うむ」
けれど今は、私の隣にリーがいてくれる。
「じゃあ、」
なら私は、大丈夫だ。
「任せたぞ、リー」
「はい、任されましたわ。レヴィ」
小さく、息を吸い込んで。
そして私は、己の左前腕に魔力のナイフを突き立てた。
「――――ッッ」
瞬間にして全身が燃え上がるような痛みが襲位かかってくる。
脳内が真っ赤な血をぶちまけたような灼熱で覆われる。
ああ痛い。
痛い、痛い。
ぶわり増加する魔力。
制御を――制御をしなければ。
でないとリーすら巻き込んでしまう。
「ッ、ま、りょくの、変換を開始。
普段とは違うところには注意を払って……ここを、こう、あとそこをそうして、……いや、ちょっとズレてる、一度この部分はやり直しを――うむ、これで良い。――ッ」
咄嗟に手を伸ばし急ピッチで練り上げた魔法を使って対処する。
迎撃体制を洩れた三の魔法師からの攻撃だ。ふと目を向けると、彼は今も余裕綽々といった様子で魔法を操りこちらを狙っていた。
実際、妹からの魔力供給という名の搾取さえあれば、三の魔法師は半永久的に魔法を使える。
対捻れで鍛えられた忍耐力と魔力操作能力をもってすれば、こちら側を擦り切れるくらいまでなら保つのやもしれん。
彼は私を踏み台にして更なる高みを目指すと言っていた。
それが彼の定めた彼の生きる道で、そんな彼を、彼と妹を、私は倒して進もうとしている。
「……魔力の変換、完了」
痛みが今も悲鳴を上げている。
それは脊髄をつんざいては、キリキリとした束縛で私を締め付ける。
これまでは、それだけだった。
いや、王宮という絶対的な立ち位置から命じられた仕方のないことだという逃げもあった。
故に、無理矢理にでも魔法を使わなければと口を動かせた。
――今は、違う。
「魔法の発動準備開始。平面座標の固定――完了。続いて上下の位置を固定。
……よし、ここまで来たら」
あとは発動させるだけ。
今更、ここまで来たのに止まるなんて……などという言い訳はしない。
それでも三の魔法師――一人の人間の意志から真っ向に立ち向かうことは、想像よりもずっと勇気のいることで。
でも。
だけど今は。
隣にリーがいてくれるから!
「……あら? どうなさったの、レヴィ。急に手を握るだなんて」
「少しだけ、このままでいてくれないか?」
「別に構いませんけれど」
握った彼女の手は、暖かった。
震えもいつの間にか、止まっていた。
息を吸う。
「発動」
視線の先、そして三の魔法師は防壁に包まれる。
「……、――ッ⁉︎ おい一の魔法師、いったい何をしたあぁッッッ‼︎‼︎‼︎」
怯えてもいい。
だがその度に、私は私を乗り越えてみせる!
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