三十二歩目.地下牢にて、少女は魔法を構築する



 ――ドサッ、と私の目前で倒れ伏す。

 防壁のお陰か瀕死な傷とまではいっていないが、それでも動き呼吸をするには支障の出る程の傷を負っていた。


「リーっ、とりあえず今ある魔力で治癒を」

「ゴホッ、ゴホゴホ、……そ、んな暇……ありま、せん、わ」


 呻きながら、されどリーは私に手を伸ばす。

 淡く光り出した手のひらは、彼女が何かしらの――いや、治癒魔法を使おうとしていることを明瞭に示していた。

 徐々に軽くなっていく己の体から、ことも。


「そんな、リー、なんで……」

「だってレヴィは、これから、も、傷を自ら受け入れる、ので、しょう……?」


 その声は、掻き消えそうなくらいに小さなものなのに、どこまでも力強く在ろうとしているように聞こえた。


「なら、ワタクシも、怖れない。

 貴女と歩んでいく、ため、なら……どんな苦難も、受け入れる――乗り、越えてみせます、わ」


「――……」



 止められない。


 今の彼女は、既に決意を固めてしまっている。



「……そうか」

 私が傷付くことを受け入れてくれたリーの決意を、私が受け入れないワケにはいかないから。


「ありがとう、リー」

「ふふっ、どう、いたしまし、て」


 私が出来ることを、しっかりとやり遂げる。


 それが、リーと私の決意に報いるたった一つの方法なのだ。



 魔力の塊で作った僅かな切っ先で皮膚を裂く。

 瞬間溢れ出づる魔力。

「まずは防壁。万が一対処出来なかった時用に、何度か魔法を防げるものを。

 先より強固なものである必要はない。

 すると、必要になる魔力量は――うむ、これくらいで良いな」


 澄み切った水に順路を通す感覚で魔力をこねていく。

 三の魔法師は動きを止めていた。

 いくらリーを狙ったとはいえ、本当に当たるとは思っていなかったのか。

 ないしは、自信を持って放った魔法で致命傷を与えられなかったことにショックを受けているのか。

 どちらにせよ、今のうちにこちら側の態勢を整えてしまおう。



「……ねぇ、レヴィ」

「どうした?」

「貯蓄、してあった魔力、は……もう、使いまし、たの?」


 貯蓄してあった魔力――


「いや、まだ使っていない。魔封じの枷をつけられていた時はそもそも取りに行くことも出来んかったし」

「そう。……もし、ワタクシ、の、治癒が……間に合わなく、なったら」

「分かった。使うよ」


 夜逃げをしている間に溜めていた魔力は、三次元空間ではない別次元の空間に纏めて置いてある。

 リーが治してくれた今なら大体のことは魔法で肩がつけられるとは思うが、一応頭に留めておこう。

 取りに行く時にすぐに行けるよう、目印もつけてあるし。



「迎撃用の魔法を構築。

 作るのはさっきまでのと同じヤツで良い。すると構築の方はこんなんで大丈夫だから、後は魔力を変換して」



「……目的はなんだ」



 ぽつり響いた三の魔法師の声。


「業腹だが、話せるんだろ魔法師。

 答えろ。

 一の魔法師を巻きこんでまでやろうとしていることを、さっさと吐けぇッ」


 ビリビリと震えた空気と共に、強風に舞う粉塵のように魔力が蠢いた。

 魔法が来る。

 迎撃出来るものと迎撃では威力が足りないものにあたりをつけ、足りないものに対する魔法を瞬時に練り上げる。

「とりあえず掻き消せれば良い。だから――」


 側からはあちこちで閃光が明滅しているように見えるのだろう。

 皮膚を裂いて作った魔力がどんどんと削れていった。


「うるさい、わ。ワタ、クシたちは、ワタクシたちの、ために。動いているに、すぎないのよ」


「目的を吐けと言っている。

 ――場合によっては、一の魔法師もろとも殺す許可も降りているんだからな」



 ……私も?



「そう。例えば、アンタたちが国を真っ向からへし折ろうとしているとか」


 三の魔法師の言葉に、傍らで倒れ伏したまま顔だけを上げているリーの息を吸い込む音が聞こえた。



「ふふふっ」


 それは、艶やかな――かつて私が夜逃げをする前に見せたリーの笑いと同じもので。


「間違っては、いないわよ?

 レヴィもワタクシも、笑える世界を、作るには……今の王宮を、変える必要が……あり、ま、すもの」


 思考をほんの少し、リーの話に傾ける。

 国をへし折るとは、つまるところ、国の制度を変えるという認識で良いのだろうか。


 すると、リーがしたいのは。


「……クーデター?」


 いつぞやの本で読んだことがある。

 重圧に苦しむ民が王族らに反旗を翻して、主権を握ること。すなわち、クーデターのお話を。


「レヴィ。そこまでする、つもりは、ないわ」


 だがリーは私の呟きに否定の言葉を示す。

 ――必要なのは、レヴィがこの国で最強であるという証拠。

 「その証拠が、あれば、レヴィの、脅しも、届きやすくなる。

 対捻れの体制が、崩れている、今は、特に」



「俺を踏み台にするつもりか」


「そうよ。

 貴方は、ワタクシたちの、踏み台に、なるの」



 王宮が私ら国直属の魔法師に求めていることは、捻れの空間から生まれる化け物を殺すこと。


 だから多分、今は特にとリーは言っているのだろう。


 背に腹は変えられないと王宮が判断を下せば、私らの主張も通る。

 私とリーがこの国で一番の実力を持っていれば、今は揺らいでいる対捻れの体制も強固なものになるかもしれないと、示すことが出来れば。



「……許さない、そんなことは許されないぞ二の魔法師ッ」


「貴方の、許さないは、私怨で、しょう? レヴィに、いつまで経っても勝てない、自分に対する」


「私怨だろうがなんだろうが、アンタの言っていることは許されることではない。

 だから、今ここで、俺が止める。

 俺は今の王宮で生きるために苦しくても我慢してきたのだ。今さら制度が変わるなんてこと、絶対に許さないからな……っ」



 そうか。


 リーの目指していること、リーを信じで進む私の道は、彼の突き進んできた道に土をかけて見えなくする行為と同じようなものなのか。



 ……それでも。


「三の魔法師」


「なんだ、一の魔法師。今さら怖気ついたのか?

 もしそうなら、アンタだけなら許されるかもしれんぞ? 叛逆を企てた二の魔法師は、今から俺が殺すがな」


 私は。


「怖気付いていない。私はもう、怖がらない」


 私の道を進むのだと、決めたのだから。



「ふん。

 一の魔法師、アンタが止まらないというのなら、アンタこそ俺の踏み台になるといいッッ」


 そう言って三の魔法師は両手を振り上げる。

 途端にして空気を満たす魔力。

 しっかりと練られたそれらは、途端にして私らを襲わんと牙をむいた。


 ただ突っ立っているワケにはいかないな。


「全方向において囲まれている。

 すると同心円上をイメージして対策の魔法を構築すれば良さそうか。

 所々二、三重になっているところだけ別で対処するとして――迎撃はこれまでのものと同じで大丈夫そうだな。

 こことここ、それからここにはもう二つ重ねる。……よし、構築は完了した。

 すぐに魔力を変換させて、後はタイミングを合わせれば」


 私も合わせて魔法を発動させる。

 チカチカチカッと閃光が円状にぐるり走る。魔法同士がぶつかった証拠だ。

 眩しさに細めた目の代わりに、察知の魔法へと気を配る。

 どうやら三の魔法師は続け様の魔法を用意しているようだった。


 そろそろ攻撃に転じる場面だろうか。

 座り込んでいて痺れてきた左足を移動させる。

 地下牢の狭さ的に、動いて魔法を使うより座ったまま攻めた方が下手に思考を割かなくても良い。

 私の近くで倒れ伏しているリーの様子を伺う。

 少しは自分に対しての治癒を行ったらしい。紅色の液体はもう、流れていなかった。


「とりあえず、私の声がアヤツに届いて対策されない為に、音を遮断する魔法を構築……大きな音を出したら空気がビリビリすることから、空気の震えが伝わらないように細工すれば良いんだな。

 よし、そしたら魔力を変換して――」


 この場の目的は、三の魔法師を撃破すること。

 殺すことではないから、無理に殺傷能力の高い魔法を使う必要はない。


 撃破する、つまり戦闘不能にすれば良いのだろう?

 ならば使用魔法のイメージは、睡眠系……いやだが精神に作用させるものは、本能のみで生きている野生の動物とは違い、はっきりと意志を持つ人間相手には効きにくい。

 そうすると、外的な要因で魔法が使えなくなれば良いのか。



「……妹の方を狙う」



 既に自身を恐怖によって放心状態にさせている彼女なら、眠らせることも、或いは上手くいくやもしれん。


 そして三の魔法師は、妹無しでは今のように魔法を連発することが出来なくなる。




「方針は固まった。

 これより魔法の構築を始める」


 再度放たれた三の魔法師からの攻撃を、あらかじめ編んであった迎撃用の魔法で受け止めた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る