三十一歩目.地下牢にて、少女は決意を聞く
小綺麗な解錠音が響いてから張ってあった防壁が鋭い音を立てて砕け散るまでにほぼタイムラグは無かった。
ギリギリのところではあるが、リーを解放出来たことは良しとするべきだろう。
だがほんの僅かな時間で治癒を可能とする程リーの魔力が回復するのはいささか無理があった。
だから腹の傷とは別にもう一本、私は自身に傷を付けた。
「……申し訳ありません、レヴィ」
「魔封じの枷がかけられていたんだ、仕方がない。
……左斜め上に迎撃の魔法を設置、発動ッ。ったく、夜逃げをしていた時より多くないか?」
ここは室内だと言うのに。
或いは、王宮側もなりふり構っていられない理由があるのかもしれない。
故にこそ、三の魔法師に室内を壊しても良いと許可を出しているのか。
何にせよ、襲撃される側としては傍迷惑な話だ。
現在、魔法で防壁を展開しつつ、流れ弾に対処する方法で均衡を保っている。
まだ反撃はしない。
徹夜明けで既に何箇所か傷を負っている私の体力を温存する為だ。
「何をしているんだ、一の魔法師。そのままでは策が尽きることくらいわかっているだろう?
そもそも、王宮に逆らって何になる。今度こそ殺されかねんぞ。
大体、急に反旗を翻すとは、どういうことなんだ? 昨夜二の魔法師に会ったという話は聞いていたが、やはりそいつのせいなのか?」
三の魔法師の疑念が魔法と一緒に次から次へと飛んでくる。
だが私に対応している暇はない。
「前方、右に二十五度へ――今度は砲弾型の迎撃魔法の発動。それから後方三十度左方向には捕縛式迎撃魔法の設置、発動を」
魔法の構築、並びに魔力の変換自体は先に纏めて済ませてある。ジリジリと手札が削られていく。
私が焦らずにいられるのは、隣にリーがいてくれるから。
リーの魔力が回復したら、反撃に出られる。
リーの魔法は、体力までもを取り戻す。
痛みに辛さと苦しさを感じない今なら、きっと私は頑張れる。
「三方向へ同時に設置――発動ッ」
貯蓄した魔法は、残り十。
「やはり二の魔法師になど会わせてはいけなかったのだ。
前も、二の魔法師が誘ったから、一の魔法師は王宮から出ていった。全部全部全部、二の魔法師が悪い。
なぁ一の魔法師、おそらくアンタは騙されている」
「騙されてなどいないッ! 直線二十メートル先に砲弾型魔法を発動」
残り、九。
「騙されているだろう? でなければ、あそこまで落ち込んでいたアンタが急に立ちあがれる訳がない」
「右斜め四十五度、左下二十五度。私が抗うことを選んだから、私は立ち上がったのだ」
残り、七。
ぎりぎりと防壁の魔法の踏ん張る音が響いている。
「なぜだ。一の魔法師、アンタは殺されることが怖くないのか⁇」
「怖いさ、怖いに決まっている」
「じゃあなぜ!」
「今の王宮で生きていく方が、死ぬより何倍も辛い生き地獄になっているからだっ。
後ろ斜め五十七度方向、砲弾型の魔法を発動ッ‼︎」
残り、六。
「リー、様子はどうだ?」
「――あと少しあれば、レヴィの傷を癒すことができましてよ」
「わかった。真上に砲弾型を追加で発動」
残り、五。
――ダンっ、と。
唐突に空気を震わせた音に視線を向けると、三の魔法師が近くの壁を殴った様子が見受けられた。
「意味が、わからない。一の魔法師、アンタは今の状況を理解しているのか?」
「今の、状況? 前方に捕縛型の魔法を設置っ、……発動」
残り、四。
リーの後少しが、間に合わなかったら。
…………大丈夫、覚悟は出来ている。
「そうだ今の状況だ。いや理解しているから、俺のことをここで迎え撃っているのだろう?」
「……? っ左斜め七十八度と上方右に五度方向へいずれも砲弾型で対処を」
疑問に暮れる私の思考と。
そしてそれに答えたのは、三の魔法師ではなく隣で魔力回復に努めている少女だった。
残り、三。
「貴方をここで迎え撃つ判断を下したのはワタクシよ、三の魔法師」
「二の魔法師……? やはりアンタが一の魔法師を」
「ワタクシを信じてくださったレヴィの心を馬鹿になさらないでッ!
あのレヴィが、何でもかんでも一人でやろうとしてしまうレヴィが、初めてワタクシのことを頼ってくださった、その勇気を‼︎」
「そんなことどうでもいいだろうっ。
今、少なくとも俺には、アンタが一の魔法師をたぶらかせたようにしか見えないんだ!」
「……貴方とは一生話が合わなさそうね」
それで、レヴィ。
「今の状況、あくまでワタクシの推測にはなってしまうのですが」
「どうせ二の魔法師のことだ、あっているんだろう?」
リーらの話に耳を傾けつつ、防壁の様子を探る。
三の魔法師が繰り出してくる魔法の威力を鑑みるに、もって数発程度か。
追い詰められつつある現実に、肌が泡立つ感触を覚えた。
「貴方に話しかけてはいないつもりなのですけれど……対捻れの体制が崩れつつあるのでしょう?
だから貴方は逃げ去るレヴィをすぐに追うことができなかった。
きっとレヴィのことですもの、既に出てきていた化け物は殲滅していたに違いありませんのに、貴方はその場を離れることができなかった」
「よくわかっているではないか。
ああ、それにしてもアンタは本当に苛立たしいな。何もかもを見透かしたような言いようをする」
「あら。貴方が苛立たしい理由は、貴方よりワタクシの方が偉いからじゃなくって?」
「……黙れよ、二の魔法師。俺がその気になれば、アンタなんぞ一瞬で殺せるんだぞ?」
リーが彼と話しているのは、恐らく彼の意識を逸らす為。
証拠に、三の魔法師が放っている魔法の威力が落ちている。
このままリーの魔力が回復さえすれば、乗り切れ――
「まぁいい、
一の魔法師も、きっとアンタさえいなくなれば目が覚めるだろうし」
――殺す、許可?
「ッ、リー‼︎」
魔力の波動を感じた。
先までとは比べ物にならない程、強い波動を。
「幾つだ、発動予定の魔法は、」
あ。
「……
貯蓄した魔法の残りは、
…………迷っている暇はない。
回復していた僅かな魔力をナイフの形に仕立て上げる。
これで腹を刺せば、リーに狙いを定めて今まさに放たんとされている魔法への対処も間に合う。
そこまで考え振り下ろそうとした右手は、しかし暖かい掌で遮られた。
「大丈夫」
覆いかぶさってきたのは、
「……リー?」
「ワタクシも、覚悟は決めているわ。
――貴女だけを傷付かせない。
これ以上、ワタクシのせいで傷付く貴女を見たくない」
だから、ワタクシに向けられたものはワタクシが受け止める。
止まった思考では、傷を負って魔力を回復させることはおろか、貯蓄してあった魔法を発動させることすらままならなかった。
――そして魔法が降り注ぐ。
儚く散った防壁の破れる音が、どこか遠くで響いた気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます