エピローグ

 凍てつくような寒波が、予報通り街に雪を運んでくる。

 ふわふわと舞い降りてくる粉雪を体に受けながら、一樹は一人、並木道を歩く。足を出す度、身を切るような冷たさが隙間から入り込み、震えてしまう。


 吹きすさぶ風が余計に責め立てるなか、ポケットのスマートフォンが震えたことに気付き、取り出した。

 安い手袋では画面が反応せず、渋々我慢しながらかじかむ手で操作し、電話に出る。


「どうも、お世話になってます。はい、はい――え、なに?」


 電話の向こう側からは、どこからテンションが高い男の声が響いている。

 元ホームレスにして現編集者の坂上さかがみが、なんだか妙に嬉しそうにまくしたてた。


「え、ええ、まあ……まじですか、それ、本当にやるんですか?」


 歩きながらどこか眉をひそめ、どうにもずれたテンションの坂上に応対していく。

 どうやら先程打ち合わせしていた“合同企画”が、思いの外、良い方向に転がりだしたらしい。

 だが一方で、それによる一樹らの負担はさらに増していくのだが、察するに坂上が二つ返事でそれを了承したらしい。


 もう何を言ったところで、どうなるわけでもない。一樹はあきれてしまい、わざと聞こえるように大きめのため息をついた。


「分かりました、はい……了解です。なら今日から、本腰いれて仕上げますね」


 結局、押し切るように了承を得て、坂上は上機嫌のまま電話を切ってしまった。

 スマートフォンの画面には、これでもかと不機嫌な自分の顔が映りこんでいる。


 しかし、なんだかんだで悪い話ではない。後ろ頭をかきながら、それでも一樹は再び、自宅を目指して雪の舞う道を歩き出す。

 

 スケジュールはかつかつで、恐らく作業はかなりの猛スピードを要求されるのだろう。そう思えば、帰宅したところでゆっくりと煎餅布団せんべいぶとんに横になるような余裕は、用意されていなさそうである。


 雪の降る静かな夜に、これから来る慌ただしい毎日を予感し、苦笑してしまった。

 以前の自分に比べたら――“幽霊ゴースト”であったあの日々に比べれば、なんとも騒がしい日常になってしまったように思う。


 だがそれを、煩わしくは思わない。

 辛い時も、だるい時もある。逃げたくなるような苦難もあるし、トラブルだってしょっちゅうだ。


 そんな日々を、それでも一樹は素直に“楽しい”と思えるようになった。

 自分が進む未来に、“納得”できるようになっていた。


 なにかを喜ぶのも、悲しむのも。

 風に舞う粉雪と、凍てつく空気の冷たさを感じ取れるのも。


 一樹がしっかりと“生きている”ということの、証なのかもしれない。


 白く舞い散る冬の結晶を振り払い、変わらぬペースで並木道を進む。

 足を出す度、微かに積もった雪の上に、一筋の足跡が刻まれていく。


 繰り出す足が、軽い。

 きっとそれは、一樹が心の中に“彼女”を連れてきたからだろう。


 歩む足音は、たった一つ。

 だが彼の心の中にいつまでも、自分に寄り添うもう一つの“足跡”が響いていた。

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ゴースト×ライター 創也 慎介 @yumisaki3594

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