第10話

 一週間ぶりに絵空は教室の扉を潜る。流行り病で小学校を休んだ時、たった数日周りとの生活軸がズレただけで、僅かな焦燥と寂しさに襲われたあの感覚を思い出した。クラスメイトは声を掛けてくる者もいれば、静観する者もいて、種類は違えど、どちらも優しさだと絵空は受け取る。知里と蓮の席はもう無くなっており、身体の奥に鈍い痛みが走る。

 

「う、浮世さん」

 

 震える声で積木卓也が近寄ってくる。

 

「久しぶり。体調はど、どう?」

 

「大丈夫……って言いたいんだけどね。まあ頑張ってみるよ。ありがと積木くん」


 精一杯の笑みを浮かべてから、絵空は湊の席を一瞥するが、どうやらまだ来ていないようだった。今日の授業は午前までと約束してある。各教科思ったより進行していなかったので、安心したのも束の間。四限目の日本史は弥生から平安まで時代が一気に進んでおり、教師の目を盗んで隣からノートを借り、今回の分と平行して前回までの内容を必死に写した。

 

「続きは来週。では日直号令」

 

 ギリギリ写し終えた瞬間に鐘が鳴り、あっという間に昼休みとなった。久々の学校はやはり疲れる。帰り支度をする絵空の携帯が鳴った。相手は湊からだ。

 

『屋上の階段、今すぐに』

 

 屋上に行くまでの階段は封鎖されている。といっても机や椅子の簡易なバリケードがあるだけで、突破しようと思えば誰でも出来た。絵空は何の抵抗もなく、言われるまま指定された場所に向かう。埃を被った机を超え、階段を踏み上がると、屋上へ続く扉の前に湊が腰を下ろしていた。

 

「何で教室にいないの?」

 

「別に。怠かったから」

 

 湊は面倒くさそうに答える。

 

「お前の方は大丈夫だったか」

 

「うん。なんとか」

 

「……ならいい」

 

 立ち上がった湊は絵空の手首を掴んだ。

 

「昨日しなかったから今からやんぞ。さっさと服脱げ」

 

「こ、ここ学校でしょ」

 

「関係ねぇよ。早くしろ」

 

 湊はひどく苛ついているように見える。

 

「い、嫌。ここでは絶対に嫌」

 

「お前に拒否権なんかねぇんだよ。黙って俺に犯されとけ。それが本望なんだろうが」

 

「嫌っ!」

 

 絵空は湊の手を力任せに振り解いた。

 

「……あっそ。ならもういいわ」

 

 湊は軽蔑したような目で絵空を見る。

 

「他に女腐るほどいるし。たまたま身体の相性良かったから抱いてやってたんだ。勘違いすんな」

 

 鋭利な棘のように言葉が刺さっていく。絵空の心拍が一気に上がり、息が苦しくなる。

 

「もういらねぇよ。二度と連絡もしねぇ。じゃあな」

 

「……待って」

 

 今度は階段を下りようとする湊の腕を絵空が掴んだ。

 

「ごめん。あんたの言う通りするから」

 

 そう言うと掴んでいた手を離し、絵空は制服のネクタイを取り、カッターシャツのボタンを外し始める。

 

「……白状する。私はあんたに、あんたとのセックスに依存してるんだと思う。総亜への憎しみは今でも変わらない。それでも親友を失って、もう一つ辛い事もあって。毎日死にたくなる気持ちを快楽で麻痺させてるの。贖罪だとか言って馬鹿みたいによがって」

 

 涙声の絵空を湊は凝視している。

 

「そんな自分が嫌いで許せないけど、他人の熱に触れていないと、本当に死ぬ事を選んでしまいそうになる」

 

 堪えていた涙が絵空の頬を伝う。

 

「私を生かしてくれてるのは、きっと鼎湊あなただから」

 

 全てのボタンを外し終わり、彼女は濡れた目を伏せ湊に懇願する。

 

「あなたが望む事はなんだってする。だからお願い……捨てないで。嫌いにならないで」

 

 溢れ出た想い。この関係が途切れてしまえば、自分の心は本当に壊れてしまうだろうと、彼女は感じていた。

 

「……」

 

 無言で湊は絵空に近づき、はだけたシャツの隙間から手を忍ばせ彼女の左胸に触れた。それは前戯というよりも、心臓の音を確かめているようだった。

 

「……分かった」

 

 

 湊の言葉を皮切りに二人は交わる。セックスを繰り返す度にキスの回数が増していた。舌先を絡めるたびに、生殖器官の細胞が生き生きと踊っているようで心地がいい。一定のリズムで腰を打ちつけられた絵空は、口をつぐんで声を我慢し、途中で鐘が鳴るがお構い無しに、狂おしいほど溶け合う時間を骨の髄まで味わっていた。

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遺伝子の海 @v3v

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