第9話
男女二人だけで出掛ける事をデートと定義するのならば、絵空にとってこれが人生初となる。
「幸助はスカウトでウチに入ってきてな」
電車の乗降口にもたれている湊が言った。
「そんな部活動みたいなことやるの?」
「昔はヤクザが有名な不良とかを囲ってたらしい。暴対法のおかけで、今は半グレに人が流れてんだと」
住んでいる世界が全然違うのに、こういう話を聞くと意外と身近に感じてしまう。
「とにかくガサツで
それだけ言うと湊は再び沈黙モードに入る。口数が多い方ではなく、最低限の言葉しか発しないので、この時間が絵空にとってかなり気まずいものだった。
「(セックス)してる時は結構喋るのに」
「……なんか言ったか?」
独り言のつもりが予想以上にデカくなってしまい、湊が睨む。慌てて絵空は「別に」とはぐらかした。
絵空は三駅先にあるリバイバル専門の映画館を教えた。湊は暇つぶしが出来ればなんでもよかったようで、二つ返事で承諾する。
「これにすっか」
映画館に到着し、湊が選んだのはまさかのインド映画。絵空にとって全く興味の無いジャンルだったが他に見たい作品もなく、最悪寝てしまえばいいやとチケットを買った。
『きっと、うまくいく』
インドの社会問題や教育問題をコメディタッチで描く作品。なかなか重めのテーマを扱っているが、上手く笑いと融合され、長尺の上映時間を苦にする事は無かったし、今まで見てきた中でも屈指の名作だと、映画好きの絵空が舌を巻くほどだった。
「映画中に便所休憩ってあるんだな」
外に出た湊の第一声。特に昔の映画を見るとよくある事なので、絵空はそれほど不自然には思わなかった。日も暮れ出した帰りの電車内。湊が座席に腰掛け欠伸をする。一人分のスペースを開け、隣に絵空は座った。お互いに映画の感想を言い合うでもなく、夕刻の街を走る車両に揺られながら、車輪がレールの繋ぎ目を踏む音をただ聴いている。ふと絵空は正面を向いた。目に入ったのは膝枕で眠っている女児。その頭を優しく撫でながら微笑む母親の姿に、幼少の自分がダブる。母、真由子はペーパードライバーで、遠出はいつも電車だった。遊び疲れクタクタになって寝落ちした肩を抱き寄せ、いつも安眠を与えてくれていた。
「親がいるってどんな感じ?」
その言葉に絵空は我に返り、隣の湊を見た。彼もまた同じ光景を眺めている。
「ガキの頃に親父とお袋は死んだみたいだから、家族とかそういうの分かんねぇんだわ」
「……」
返答に困る。ひとりぼっちは一緒でも、初めから無かった彼と、後から無くした自分とでは境遇が違うからだ。
「普段はそう思わないのに、無くした時、すごく大切だったと思える人……とか?」
「へー」
湊は身を乗り出し背中を丸めた。
「なら、お前が羨ましいよ」
その儚げな横顔に、思わず絵空は右手で口元を覆った。
湊と別れ、絵空は自宅に戻る。ベッドにうつ伏せで倒れ込み、今日見た映画を思い返した。インドでは若者の自殺が問題になっているという。作品には残された者の悲しみ、そして怒りが描かれていた。
(私が死んだら……誰か悲しいのかな)
母も親友もいない。強いて言うなら友里くらいだ。目線の先にアイロン掛けが終わった制服が学習机の上に畳んである。忌引きの間、母に代わって家事をしてれた友里には頭が上がらない。それでも、彼女は母の代わりにはなれない。
(
たかが一週間の関係性。都合のいい女が居なくなるのは口惜しいとは思うが、悲しくはないだろう。絵空の気持ちとは裏腹に。
彼の横顔に心蔵が高鳴り、慌てて緩んだ口元を手で隠してしまったが、時間が経つにつれて激しい憤りが頭の中に充満する。
(結局は顔が良いから? 背が高いから? セックスが上手いから? 私も女で、優れた遺伝子を求める雌だから?)
ああ気持ちが悪い。知里や蓮が苦しみ痛んでいるというのに、その元凶と同類である男に魅力を感じ、明日も学校で会える事を楽しみにしている浮世絵空という人間がすこぶる気持ち悪い。
(やっぱり死んだ方がいいのかも)
絵空は枕に顔を埋め、己への罵倒を繰り返し呟いた。
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