変わりゆく関係

   * * *



 夜も更けてきたので、オカ研の皆とアイシャも帰宅していった。

 俺はルカの屋敷に残り、一緒に庭に出て夜風を浴びていた。

 なんとなく、ルカと一緒に心の整理がしたかったのだ。

 本当に、いろいろあったからな。


「なんというか……激動の二日間だったね」


 ルカが俺の心を代弁するように言ってくる。


「そうだな。正直、まだ頭や心が追いついてない気がする」


 俺なんかは前世のペットたちが霊獣となって、力に目覚めた。

 ルカも『禁呪』をすべて解き、妖魔八大将なんてとんでもない連中の力を振るうようになった。

 極めつけに、世界の命運をかけた戦いに足を突っ込むことになった。

 覚悟は固めたつもりだ。

 それでも、まだどこか実感が湧きにくい。

 はっきりしていることは、これからさらなる激しい戦いが始まる。

 それは、きっと避けられない。

 でも……いまの俺たちなら、きっと乗り越えられると信じている。

 邪心母と影浸の戦いを生き抜いた、俺たちなら。


「……私さ、いままで少しだけお母さんのこと憎んでたんだ。どうして私を置いて亡くなってしまったのって……どうして私にこんなワケのわからない霊装を押しつけたのって……」


 庭の花にそっと触れながら、ルカは寂しげに言った。


「でも、いまならお母さんの気持ちがわかってあげられる気がするの。きっとお母さんは最期まで、私にこんな運命を背負わせたいわけじゃなかった。でも……皆の未来のためにも託すしかなかったんだ。きっと、たくさんの『ごめんなさい』って気持ちと……でもそれ以上に、私を信じてくれたんだと思う。だから──私はなるよ、お母さんの代わりに、新しい希望に」

「ルカ……」


 振り返ったルカの顔には、凜とした落ち着きがあった。

 己の運命を受け入れて、一歩大人の階段を昇った貫禄があった。

 ……それでも、やはりルカはまだ不安定な少女で「ああ、でも……」と呟き、その美貌にわずかな翳りが生じる。


「そうしたら、私は本当に人間とは違う何かになっちゃうかもしれないんだよね。もし、そうなったら……ダイキは私のこと嫌いになっちゃう?」

「──え?」

「あ、というか、すでに私の体の中には無数の妖魔がいるんだった。怖いのがダメなダイキとしては、いやだよね? こんな女の子のこと、気味悪くて……きゃっ!?」

「俺は! 一度だってルカのことを気味悪いなんて思ったことはない!」


 ルカの両肩を握り、俺はハッキリと伝えた。


「体の中に妖魔だって!? 人間じゃなくなっていくだって!? ……関係ねえ! そんなことで俺の気持ちは消えたりしねえ! ルカはルカだ! 俺はルカがどうなろうと、どんな姿になろうと受け入れる! キスだって、抱くことだって、いくらでも……あっ」


 勢いでとんでもないことを口走っていることに気づく。

 ルカも顔を真っ赤にして、俺に潤んだ瞳を向けている。


「ダイ、キ……」

「……」


 いつもなら、ここでヘコたれて「まあ、それぐらいルカが大事ってことさ!」とか言って、この妙な雰囲気から抜け出していたかもしれない。

 だが……もう、そんな風に誤魔化さない。

 ルカを失いかけた俺にとって、もう出すべき答えは決まっていた。


 深くルカを抱きしめる。


「……ルカを失いかけて、本当に怖かった。ルカのいない世界なんて、耐えられない。もうどこにも行かないでくれ。俺の傍にいてくれ」

「ダイキ……」


 月明かりの下、俺たちは見つめ合う。

 ……ルカは綺麗だった。

 本当に、なんて綺麗なんだろう。

 守りたい。愛したい。

 積み上げてきた思いが、一気に弾ける。


 夜風が吹き、花びらが舞う。

 月明かりに照らされた俺とルカの影は、ひとつに重なった。


 新たな戦いを経て、新たな力を得て、俺たちの運命は大きく変わりだした。

 そして──俺とルカの関係も、この夜で、大きく前進した。



    * * *








 ── 見 ツ ケ タ 


 ソレは、辿り着いた。

 固執する男の魂が居る次元へと。

 狂おしい感情の導くままに、その壁をいま越えようとしていた。


 ──■シテル、■シテル、■シテル!! モウ、ドコニモ逃ガサナイ!!


 赤い服の女。

 ソレの目は、しかと捉えている。

 ずっと会いたかった少年の姿が。

 少年は、銀色の髪の少女と抱き合っていた。


 ──■■■■!!!!


 張り裂けるような絶叫が上がる。

 怨嗟と嫉妬を混ぜた叫びが。


 ──渡サナイ! 渡スモノカ! アノ人ハ私ノモノ! 私ガ一番、彼ヲ■シテイル!! ダッテ……私タチハ、ズット昔ニ!!


 男を取り戻すため、赤い服の女はその両手を伸ばした。

 ……その瞬間。


 ──捕まえた。


 幼げな、楽しげに声をした何者かに、赤い服の女は囚われた。


 ──っ!? っ!?


 赤い服の女は困惑する。

 次元を彷徨う自分を捕らえる存在がいることに。


 ──初めましてだね? やっとここまで来たんだ。会えて嬉しいよ?


 やめろ。離せ、と赤い服の女は暴れる。

 だがどれほど暴れても、赤い服の女の体はどんどん黒い靄に覆われ、動きを封じられる。

 まるで、蛇が巻き付くように。


 ──あなた、向こう側に行きたいんだよね? でも、ちょっと待ってほしいんだ。私、お父様にお願いされたの。あの男の子を消して、って。


 ──っ!? ナン、ダト?


 聞き捨てならないことを聞いた。

 殺す。殺してやると、赤い服の女は殺意を芽生えさせる。

 ワケもわからない奴に、彼を奪わせない。

 彼の命を、魂を、好きにしていいのは……自分だけなのだから。


 ……だが幼い声は哀愁を込めて、赤い服の女に囁く。


 ──……でもね? そんな悲しいこと私、したくないの。だって皆、私の家族になって仲良く暮らすんだもん。お父様はあの男の子のこと嫌ってるけど……嫌われないように変えちゃばいいと思うんだ!


 嬉々と弾んだ声で、ソレははしゃいでいた。


 ──だからね? そのためにも教えてくれない? あの男の子のこと。あなた、よく知ってるんでしょ? だって、ここまで追いかけてくるほどに夢中なんだもんね?


──……離セ! 彼ハ、誰ニモ、渡サナイ!


 ──わぁ! 凄い力だね! ……でも、だ~め! 私のほうが強いもん! だから私のお願いを聞いてね?


 ──っ!? ギエェアアアァァァアア!!


 赤い服の女は感じた。

 己の在り方が変異していくのを。

 闇という闇が入り込み、別の何かに改変されていく。


 ──とりあえずお色直ししようか! 任せて! 私があの世界に相応しいカタチに変えてあげる!


 ──ヤメ、ロ……


 ──遠慮しないで? 私、お洒落にお着替えさせるの得意だから……って、あれ? あれれ? この感じ……あなた、もしかして……。


 闇は、首を傾げた。

 妙な違和感を覚えて。

 ……やがて闇は、三日月のような形を口元に浮かべる。


 ──なぁんだ! あなた、そうだったの! だったらもっと気合い入れてお洒落にしないと! だってそうすれば……あの男の子も喜ぶものね!


 狂おしいほどの歓喜を浮かべて、闇は赤い服の女を蝕んでいく。


 ──安心して! 私があなたを今よりもずっと素敵な姿にしてあげる! 私の新しいお友達のために……いいえ、違うわね。あなたとは、もうとっくに友達だったわね!


 どこまでも無邪気な声で、闇はご機嫌にはしゃぐ。

 無理もない。

 今宵は実にめでたい日なのだ。

 彼女──常闇の女王にとっては。


 ──ごめんなさい。私たちが交わすべき挨拶は『初めまして』じゃなかったわね! こう言わなくちゃ!


 常闇の女王は囁く。

 赤い服の女を愛しげに抱きしめながら。


 ──! たくさん、たくさん、長い旅をしたね!



 囚われのルカ、覚醒する力・了



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【悲報】ビビリの俺、ホラー漫画に転生してしまう 青ヤギ @turugahiroto

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