エピローグ
仮想空間から戻ってきた合図は、絢爛たるシャンデリアの光であった。
ぼんやりと視界から覚醒すると、先程まで立っていたはずのパーティー会場が映る。
一斉にこちらへ貴族達の視線が向けられ、なんとも達成感の前に居心地の悪さを感じた。
そして—――
「サクく~~~ん!!!」
「あぶしっ!?」
腹部に激しい衝撃が襲い掛かる。
九の字に曲がったサクは重さと勢いに耐え兼ね、はしたなくも地面に転がってしまう。
(何かね!? 勝者に対する嫉妬とは見苦しいぞうぅん!?)
顔を上げ、貴族だろうが文句を言ってやろうと息巻いたサク。
だがそれも、一瞬で水をかけられたかのように鎮火する。
「あ、ごめん……大丈夫、サクくん?」
「お嬢、もうちょっとくっついていい感触くぅ~!」
「私は変態さんに抱き着いてしまったようだ!」
シュタ、と。
持ち前の運動神経で文字通り身の危険から離れるカルラ。
だが、表情に浮かんだ笑みは戻らないままであった。
「す、凄いよサクくんっ! 勝っちゃったよ、また勝っちゃったよ!」
「ふっ、俺にかかればこんなもんですよお嬢」
「始まってから一回も見てないから呆気なく可哀想にダサく負けちゃってたのかと思ってたごめんちゃい!」
「あれ? 俺を信じてくれてたとかっていう美談はないの?」
途中、サクがいなくて不安がっていたような気がしなくもないが……ここは触れない方がよさそうだ。
「おめでとうございます、サク様」
カルラの言葉に涙が出そうになっていると、そこへソフィアが現れる。
「ありがとうございます、ソフィア様」
「しかし、まんまとまたしても負けてしまいました。私、これでも不敗が自慢だったのですが」
これでソフィアがサクに負けたのは二度目。
とはいえ、今回はソフィアとサクはカルラの決闘を勝たせるために同じチームになった者同士。
実際には誰かが勝った時点で決闘には勝っているのだが、ソフィアの中ではそういうわけではないようだ。
「ふふっ、ますますサク様がほしくなってしまいました♪」
「この唐突な物発言に俺は一体どうすれば……ッ!」
「サ、サクくんは渡さないよっ!?」
ソフィアとサクの間に、カルラが慌てて割って入る。
「おや、これは嫉妬ですか?」
「ち、違いますけど!? これは、その……そうっ! 有能な人材がいなくならないように―――」
「何ィ!? お嬢の嫉妬だとぅ!?」
「だから違うってば!」
頬を脹らませ、興味津々に鼻息を荒くするサクの胸を殴るカルラ。
全然痛くない、むしろ嬉しい。ソフィアは微笑ましい様子に笑みを浮かべる。
その光景を見ていた貴族達は一気にざわつき始めた。
そして、あのようにソフィアとカルラが親し気に話している姿がどこか異質に見えたからだ。
そこへ、周囲の空気を壊すかのように二人の男がサク達の下へやって来る。
「おめでとう、執事くん」
ロキ・バレッドはどこか清々しい表情を浮かべながら手を叩く。
横ではザラス・バレッドが不満気な表情を浮かべていた。
「ふんっ! たまたま運がよかっただけでし!」
「こら、兄さん」
「ねぇ、この豚照り焼きにしちゃだめかな?」
「お嬢、それなら燻して燻製にするのがいいかと」
「こら、兄さん! 余計なことを言ってると燻されるよ!」
貴族に対する礼儀もクソもなってないが、とりあえず目が笑っていない二人を見て兄の命の危機を感じ取ってしまったロキであった。
「あ、そうだ! 約束は約束だからね、ちゃんとあの子に謝ってよ!?」
カルラが思い返したのか、ザラスに向かって決闘の対価を口にする。
ザラスは一瞬苦虫を嚙み潰した表情を浮かべたが―――すぐに背を向けてしまった。
「……決闘の約束は破れないでし。今日にでも謝りに行くでしよ」
弟が負けてしまったことが悔しいのか、平民に謝らなければならないのが嫌なのか。これ以上顔も見たくないといった様子で去っていく背中を見送る三人。
ロキはそんな兄に対して大きなため息を吐いた。
「はぁ……まったく、兄さんは。申し訳ございません、兄が失礼な態度を」
「いえ、失礼なのは終始なので」
「……否定ができない」
きっぱりと言い放つカルラに、ロキは苦笑いを浮かべる。
「改めて、おめでとう執事くん。悔しいけど、完敗だ」
「ありがとうございます」
「僕も結構本気でやったんだけどなぁ……まぁ、あのままだと執事くんだけじゃなくてソフィア様にも負けてたし、僕もまだまだってことだね」
サクがいなかったとしても、先入観によって生まれた隙を狙われたソフィアが玉座に座っていただろう。
どちらにせよ、言い訳のできないほどの敗北であった。
「それじゃ、このあとの収拾もあるし僕は行くよ。あ、褒美は期待しててね。いいものを用意してるからさ」
そう言って、ロキは小さく手を振ってザラスが向かった方向へと去ってしまった。
その後ろ姿が、ようやく
だからからか―――
「……お嬢」
「ん? どうしたの、サクくん?」
サクは少し緊張気味に、口を開いた。
「今日の俺は……その、かっこよかったですか?」
頭のいい人が好きだと言ったカルラ。
そんな一人の女の子に好かれるため、頑張って勝利をもぎ取ったサク。
才女を倒し、
気にならないわけがない。
いつもおちゃらけているサクにしては珍しく、真剣に問う。
それに対して、カルラは―――
「え、見てない」
「おじょぉ!?」
「だって、私は最後までサクくん見られなかったんだもん」
そう言われてしまえばそうなのだが、と。
それでもサクは頑張りが一瞬にして無意味だったと知り、思わず膝をついてしまう。
だが、すぐさまカルラが小さく噴き出した。
「ふふっ、冗談だってば」
そして、カルラはサクの顔を覗き込み……少し頬を染めながら、満面の笑みを浮かべた。
「今日もかっこよかったよ、サクくん」
カルラの言葉に、サクは一瞬呆けてしまう。
だが、彼女の笑みが嘘を言っているようには見えなくて、失ったはずの苦労が報われたような気がして。
サクは胸の内に温かいものが込み上げてきた。
(あぁ、やっぱり……)
好きだなぁ、と。
花の咲くような見惚れるような笑顔を見て、サクは再びそう思ってしまった。
「お二人共、いちゃつくのは構いませんが、そろそろ目を気にしてください」
「い、いちゃついてないよ!?」
今の今まで傍観していたソフィアに指摘され、カルラは顔を真っ赤にさせる。
先程の胸の高鳴りは消えることはなかったが……なんだか、いつもの空気に戻っていったような気がして少し安心した。
―――こういうのも悪くない。
サクは立ち上がり、カルラをからかうように笑みを見せた。
「いちゃついてましたよね、お嬢?」
「乗っかるの、ここで!?」
「いやぁ、嬉しいなぁ~!」
カルラがどこかに行くのを阻止して。
想い人にいいところを見せられて。
サクはこの時———この場にいる誰よりも清々しい気持ちになっていた。
だが、これで終わるわけにはいかない。
(……まだまだ、俺はやるぞ)
最終的に、自分はカルラと結ばれたい。
好かれて、想いをぶつけて、幸せな未来を掴みたい。
そのためには—――
(待ってろよ、貴族共。お嬢に好かれるために踏み台としてやるからな)
―――これは、一人の少年と一人の少女が貴族の遊びに参加するお話。
一人の少年が想い人に好かれるため、多くの貴族にその名を知らしめていく……そんな一途な恋の物語である。
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