迷子の風船

米太郎

迷子の風船

 ‌ゆらゆらと空に漂う赤い風船。

 ‌持ち主に手を離されてしまったのだろう。


 ‌あんなに目立つのに、誰からも相手にされない。

 ‌無視されてしまう。

 ‌もう、誰の手にも届かない高い空にいる。

 ‌元は誰かのものであっても、 もう誰のものでもない。


 ‌綺麗な赤い風船。

 ‌あのまま空を漂って、誰からも看取られること無く死んでいくのだろう。

 ‌あの風船は、何か悪いことをしたのだろうか?

 ‌自分の生きたいように、上に上に進みたかっただけではないのか。


 ‌どうしてちゃんと持っていなかったのだろう。

 ‌そうやって、 元の持ち主が後悔してるといいな。



三船みふねさんって、綺麗なのに結婚していないんですか?」

「最近付き合ってた彼氏にフラれちゃったらしいよ、あの歳で可哀そうにね」

「声大きいですよ、聞こえちゃいますよ」



 ‌久しぶりに忘年会が開催されるからって来てみれば、また陰口。

 ‌全部聞こえている。


「あんな歳まで付き合って、結婚しないなんて可哀想に……」

「結婚よりも仕事を選んだそうよ」

「バカな選択をしたものね。出世することの何がいいんだか……」



 ‌全部聞こえてる。そう、私はバカです。

 ‌だけど間違ったとは思わない。

 ‌誰にも縛られない広い大空で自由にふるまう。

 ‌死ぬまで一人でも構わない。

 ‌そう決めたの……。



 ‌若くして昇進した鈴木部長が、私の前の席に座った。

 ‌元々は後輩だったが今は同じ立場。


「お疲れ様です。ここいいですか? ‌最近張りつめているようですね? ‌大丈夫ですか?」


「……迷子の風船って可哀想よね。持ち主に見放されて、そのまま孤独に死んで行くのよ……けど、そう生き方もありよね……」

 ‌

 ‌鈴木は少し考えたようだったが、優しい笑顔で話をしてくれた。


「風船って上空で破裂するものもありますが、張りつめていた空気が徐々に抜けて、地上に返ってくる風船もあるんですよ? ‌長い長い旅の末、どこか地上に落ちてくるものもあります」

「……へぇ。そういうのもあるんだね」



「しわしわになっても、地上で幸せに暮らす道もあります。張りつめすぎて、割れないようにお願いしますよ? ‌仕事に疲れたら、誰かのもとに降りてくるのも生き方だと思います」

「……拾ってくれる人なんていないよ」


「……こんなこと僕に言われたくないでしょうけど、僕はしわしわでも、頑張って冒険をした風船が好きです」


 ‌見つめてくる真面目な瞳にドキッとした。

 ‌その時、張りつめていた気持ちが抜けていくのを感じた。

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迷子の風船 米太郎 @tahoshi

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