迷子の風船

夕日ゆうや

呪いの風船。

 サンタのバイト中、俺は変な女性と出会った。

 サンタと言っても風船を背にケーキを販売するバイトだ。クリスマスならではのバイトだ。

「空を飛んでみない?」

 その女性は黒髪ロングを腰まで伸ばし、蝶々のような髪飾りをしている。

 見た目は20歳くらいの綺麗な美人さん。モデル体型とでも言うのか、引き締まっているところもあり、膨らんでいるところは膨らんでいる。

 黒いサンタ衣装を身に纏い、俺の前に立ちはだかる。

「ふふふ。楽しませて、ね」

 ぱちんと指を鳴らしたと思った刹那――ふわりと身体が宙に浮く。

 浮遊感に身をゆだね、どんどんと景色が下へ下へと流れていく。それは浮いている証拠だった。

 俺は風船になったのだ。

 そう理解する頃には空高く飛んでいた。

 嗚呼ああ。このまま、俺は死んでしまうのだろうか。

 思えば迷子のような日々だった。

 両親が亡くなって、そして一人残された俺は親戚の家に預けられる。そこでは肩身の狭い思いをした。

 行く場所なんてない。居場所なんてどこにもない。

 そんな少年時代を過ごし、大学生になり、おばちゃんとおじちゃんの力も借りずにバイトしながら勉強にいそしむ毎日。

 どうやらもう限界がきてしまったらしい。

 居場所なんてない――そう告げているのだ。まるで迷子の子猫のように。

 今は風船だから迷子の風船というのが正しいのか。

 ともかく、俺はもう終わった。

 次世代に託す。それくらいはしたかった。

 本当の両親の顔は今でも覚えている。愛情深い両親だった。

 料理を教えてくれた母、パソコンを教えてくれた父。

 愛はもう受け取っていた。

 十分なほどに。

 おばちゃんとおじちゃんも決して悪いようには扱わなかった。

 これまでの二十年間を走馬灯のように振り返る。

 辛いことも、悲しいこともたくさんあった。でも俺は両親の思い――愛を伝えていきたい。そう願った。

 ふと先ほどの女性がほうきに乗り、近寄ってくる。

「あら。割れずにここまでくるなんて初めてかしら?」

 どういうことだ? と言いたかったが、俺は風船。しゃべれない。

「ふふ。愛情でいっぱいなのね。じゃあ、帰してあげる」

 どういう意味だ?

「これはね、本当のサンタになるための試験だったの。本当の愛を知っている者にしかなれないのよ?」

「ということは。俺は?」

 いつの間にか解けた風船の呪い。

「これからは本当のサンタよ。わたしと一緒にきなさい」

 俺は差し伸べられた手をつかみ取る俺。

 新たな世界が産声をあげた――そんな気がする。

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迷子の風船 夕日ゆうや @PT03wing

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