【掌編】迷子の風船【1,000字以内】

石矢天

フーセンガム


「なあ、あんた。これやるよ」


 さっき会ったばかりの男が言った。

 俺は「ありがとうございます」と感謝を伝えつつ、男から小さな箱を受け取る。


 フルーツのイラストが描かれた箱には、丸いガムがひとつだけ残っていた。

 口に含むと、懐かしい香料と駄菓子独特の甘さがいっぱいに広がっていく。


「すみません。この御恩は必ずお返しします」

「なぁに。困ったときはお互い様だ」


 外は吹雪ふぶいている。

 日帰りのつもりだったから、余分な食料はない。


 つまり、俺は遭難している。

 突然の吹雪に視界を奪われたことで、ルートも外れてしまったに違いない。


 そんな中で、偶然山小屋を発見できたこと。

 さらには、同じく吹雪から避難してきた男と居合わせた。


 これは幸運としか言いようがない。


 俺もなにかお返しをしなくては。

 そう思い、なにやらリュックをゴソゴソと漁っている男の背中に声を掛けた。


「あの、実は俺、フーセンガム得意なんですよ」

「え? なにそれ?」


 首だけをこちらに向けた男はポカンとした表情。

 俺は彼の問いには答えず、フーセンガムをふくらます。


 小さなフーセンを一つ、二つ、三つ、四つ。


「四つ葉のクローバーです」

「お、おお」


 反応がイマイチだ。もう少し大技を見せてやろう。

 俺はフーセンを一つ作り、それにくっつける形でもう一つフーセンを作った。


雪だるまスノーマン


 一度戻して、フーセンを大きく膨らませ、間を指で押す。


「ドーナツ」


 さらに膨らませると、パンと割れたガムが顔にベッタリと貼り付いた。


フクメンふふへん


 一連の芸を見ていた男がブッと噴き出した。

 男は「くだらねぇ」と言いつつ、お腹を抱えて大爆笑している。


「ほかにもレパートリーありますよ。もう少しガムがあれば、もっとできること増えるんですけど……」

「マジか。やるやる。ほら、ガムな」


 男はリュックからフーセンガムの箱をいくつも取り出して、俺にくれた。

 山を登るのに、こんなにフーセンガムを用意する必要があるのだろうか。


 疑問に思いながらも、俺はフーセンガムを受け取っていくつも芸を披露する。

 しばらくそうしていると、吹雪も止んだ。


「いやぁ。面白い兄ちゃんだったな。それじゃ、行くわ。またな」


 男は山小屋を出て行った。

 なんとも不思議な出会い。奇縁に感謝をしつつ、俺も下山道を探して無事に帰ることが出来た。




 俺が遭難したあの山で、女性の変死体が見つかったのは、その年の冬が終わる頃。口にはフーセンガムがパンパンに詰められていたそうだ。




      【了】

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【掌編】迷子の風船【1,000字以内】 石矢天 @Ten_Ishiya

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