わんこVS裸族
「フォーは相変わらずもふもふだねえ」
ぶんと尻尾が一振りされる。
「今日もコーヒーおいしい」
レイオンからのプレゼントのコーヒーミルを使ってコーヒーを淹れて、隣に座るフォーに寄りかかる。特段嫌がる素振りはなく一人と一匹、タープの張った泉の前の秘密基地でのんびりすることは変わらなかった。
フォーがレイオンであっても秘密基地で一緒にまったりする。
けど、今日どうしても固辞すべき案件があった。
「フォー」
撫でるぐらいなら全然大丈夫。問題はその先だ。
フォーがぐいぐい私の懐目掛けて顔を身体を寄せてくる。ぎゅっとしての合図だ。
「フォー、だめ」
言ってもぐいぐいくるので、座ったまま一歩引いて、フォーの身体を軽く押す。すると、どうしたのかと言わんばかりに首を傾げた。こんな可愛い子のおねだりを断るのは良心が痛むけど仕方がない。
「あの、ね……もう抱きしめるの、やめようと思って」
再び首を傾げる。
「ぎゅってするの、もうやめようかな、って」
たどたどしく訴えると、暫し反応を見せずじっとこちらを見ていたフォーが、言葉の中身に気づいたのか、ぼっと毛を逆立て次にしおしおと尻尾も耳もさげた。一瞬にして広がった毛並みもするする平たくなっていく。
下がり気味の顔、じとっとした目だけをこちらに向け訴えてきた。非難の瞳だ。
「だって、フォーをぎゅってしたら、レイオンにもぎゅってしなきゃいけないじゃない?」
フォーがレイオンだと知れてから、フォーでやることをレイオンでもやるようお願いされるようになった。撫でるぐらいなら何も言われないのに、ぎゅっと抱きしめることや挨拶の口付けあたりは屋敷に戻ってレイオンにやってとおねだりされる。
フォーでやってるんだからいいじゃないと言っても聞いてくれないし、持ち前の頑固が発動してやりきるまで離してくれない。レイオンでやるってなると恥ずかしいので、ここはフォーとのスキンシップを控えようと決意したのが今日。
かなり良心が痛む結果だけど、ちゃんと言えた自分えらい。ガアアアンと効果音ついて落ち込んでいるフォーが見られないけど、こればかりは仕方ないよね。フォー可愛いんだもの。
「何故だ」
「だってレイオンとじゃ全然違、え?」
「何がいけない」
目の前のフォーがいなくなった。代わりに同じ銀色がかった灰色の髪とくすんだ緑の瞳を持つ不機嫌がじりじり迫り来ていた。
「え、ちょ、え?!」
「フォティアで抱きしめるなら、私で抱きしめても問題はない」
「問題ありだって! 服! 服着て!!」
目の前の夫は服を着ていない。フォーの時は着替えを持参してるのに急にレイオンに戻ったものだから着替えが念頭にないようだ。というか、彼は今私がぎゅっとするのを固辞した件を追及する為にぐいぐいきている。
「裸はだめでしょ!」
「ここには人が来ない」
「そういう問題じゃないんだって」
人払いも魔物や害獣避けもしてくれている泉だ。レイオンが整えてくれているのは知っているけど、だからといって急に裸で迫ってくるのが良しとされるわけもない。
「フォティアで抱きしめてもらえないなら、今自分で抱きしめてもらえばいいかと思って」
「はい?!」
「今ここで抱きしめてくれれば、フォティアでも抱きしめてもらえる」
「なんと?!」
順番逆になっただけでやること一緒! レイオンでやるのが恥ずかしいから断ったのに!
「メーラ、抱きしめて」
「無理! せめて服着て!」
しきりに服着ろを連呼する私に、きょとんとして首を傾げる。
「いつも裸だろう」
「ええ裸族ですので! って違うの! そうだけどそうじゃないんだって!」
「何が違う」
だめだ、この人。何も問題ないって顔してる。説明してもなにも響かない時の顔だわ。
頭抱えて唸る私にさらにもう一つ距離を詰めてきた。油断も隙もない。頼むから離れて服着て。
「水浴びするか?」
「はい?」
「ずっと叶えてなかった」
フォティアとはしただろうと言う。以前にレイオンとしてやりたいことの一つで掲げていたわね。
確かに裸族レベルカンストを成し遂げた私とレイオンには可能なことだと思うけど、今はそれどころじゃない。
「しないよ。そうなると私も裸にならなきゃじゃん」
「君は裸でいたいんだろう?」
「そうだけど、今はそうじゃない」
現在進行形で裸族やっているからね。でもそれはメイン寝室だし、かつてここで裸で水浴びした時と状況と心境が全然違う。
私の回答にレイオンが顎に片手を添えて首を傾げている。
どうでもいいけど先にさっさと服着ようよ。
「もう……着替えないならフォーに戻っ」
「嫌だ」
食い気味にお断りされた。抱きしめてもらえるまで、このままでいると言い出す。この人、拗ねてるんだわ。それで頑固になって譲らない。
「メーラ」
ぐぐいと近づいてくる。これ以上はタープの端で限界だ。逃げようがない。
「ち、近いって」
「抱きしめるのだから当然だろう」
「ちょっとおおおお」
ぐぐぐいと裸の男が迫って来る、もう恥ずかしさにどうにかなりそうだった。
「わ、分かった!」
ぴたりとレイオンの動きが止まる。
「分かったから! ぎゅってするから!」
「今?」
「レ、レイオンには後で屋敷でする!」
「本当に?」
「する! するから! それでいいでしょおおおお!」
顔を真っ赤にしてるだろう私の訴えに、レイオンは無表情に見下ろしつつも、ほんわかした空気を出して目を細めた。
「ああ」
うっわすっごく嬉しそう。ぱっと見ても分かる人少ないけど、ひどく満足げだ。
こっちは羞恥やらなんやらで息切れしてるっていうのに、余裕の体でいるレイオンに納得がいかない。
そして私の言葉を受けて裸族の男は無事大型わんこのもふもふなフォーに戻った。当然のようにぐいっと顔と身体を寄せてくる。
「もおおおおお」
自棄っぱちとばかりに抱きしめてもふもふを堪能する。ああやっぱりフォーをぎゅっとするのは癒されるなあ。
見れば尻尾をぶんぶん振って私に抱かれていた。嬉しいのが丸わかりだ。悔しいのでぎゅっとする腕に力をこめた。
「満月の日はレイオンでもぎゅってしてるのに」
全くぎゅっとしなくなったわけじゃない。頻度が高くなるから今回のお断りなのに。ぎゅっとしてる時もあるのに譲るつもりはどこにもない。
言葉を発せないフォーは当然無言で、それでもぎゅっとされてご満悦なのか尻尾はまだぶんぶんしている。
「もう……」
レイオンだと意識しちゃって恥ずかしいから頻度を減らしたいのに全然気持ちを汲んでくれない。
屋敷に戻ったら戦いだなと思いながら、フォーを抱く腕に力をこめた。
辺境伯に嫁いだけど、自宅裸族なのを隠したい 参 @novelname_mairi
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